1-2 ままならない人生

 イヤーカフ型の端末が主流となった昨今。

 骨伝導ユニットによるBMI(ブレインマシンインターフェース)で、脳波によって直接的に端末を操作できる時代である。


 信号は双方向に作用する。

 脳から端末回路へ。逆に、端末から脳神経へ。

 これを利用して、ユーザーは自分の視界にMR複合現実の操作画面を展開することも可能となった。

 端末からの信号は、視覚のみならず、聴覚や味覚、運動機能にまで働きかけることができる。もともとは医療分野での活用のために開発された技術だった。


 AIエージェントを併用する人もそこそこいる。俺のように自律式小型ドローンを連れている人も、少数派ではあるがさほど珍しくはなくなった。

 イヤーカフ端末とも連携できるAIエージェントは、生活や仕事、あるいは趣味など、現代人の日常のさまざまなシーンで利用されている。




 いつまでもだらだら残暑の続く、雲一つない晴天の日。

 築二十年の安アパートから駅前のコンビニを目指すうち、メメが俺の肩の上で扇風機よろしくプロペラを回し始めた。冷却運動だ。


「暑いね。現在の気温は二十九度。今日は最高気温三十五度の予報だって。もう九月も後半なのにね。こんな気温じゃ、ボクもあっという間にオーバーヒートしちゃうよ。バッテリーにも負荷が掛かるし」

「今さらだけど、でっかい冷感日傘とかあるといいかな。通販で買うか」

「候補を挙げとくよ」


 地球温暖化は留まるところを知らないが、コンビニの店内は変わらず涼しく保たれている。

 メメは肩から離れると、店内に設置されている急速充電ポートに繋がりに行った。

 俺はカップ麺やら菓子パンやらを適当に見繕って買い物カゴに放り込み、レジの列の最後尾についた。


 レジカウンターの上方には、大型モニターが三枚並んでいる。

 お馴染みのCMソングに乗せてコンビニチェーンのプロモーション動画が流れ、からあげサマの期間限定瀬戸内レモン味の紹介から、アイドルグループのライブチケットのお知らせへと、次々切り替わっていく。


 モニター上に、そっくりな二人の若い女の子たちが現れた。

 緑色のパンダのキャラクター二体と共に、両腕を波打つように揺らすダンスが始まる。

 聞き覚えのある洋楽の曲に合わせてワンフレーズをキレよく踊った後、彼女らはモニターのこちら側に向けて笑顔で手を振る。


『チャンネル登録、よろしくねー!』


 メメが俺の肩に戻ってくる。


「双子インフルエンサーの【ゆめ♡ゆあ】だね。売れっ子はこんな場所にも広告を打てる」

「はぁ……あの子ら、まだ二十歳かそこらだろ。すげえな」

「JKだよ。彼女らによる経済効果、今やバカにできないからね。有名インフルエンサーが紹介したグッズがヒットすることも多いでしょ。企業はそういう人たちと契約して、自社商品を宣伝してもらうんだ。配信者はその対価として、店舗内で流すCMの枠をもらう」

「なるほどね、よくできてる。ところであの緑のパンダ、最近やたらとよく見るな」

「今いちばんバズってる『パンダミーム』だね。いろんな人がKirashキラッシュとかの動画共有系SNSに腕振りダンスの【踊ってみた】を上げてる」


 よく見れば、レジの列に母親と並んでいる小さな女の子も、先ほどのパンダの動きを真似て踊っている。

 ネット環境にない幼い子供にまで浸透すると、バズりを通り越して社会現象感がある。


「何が流行るか分からんな」

「おっさんの感想じゃん」

「否定できねえわ」


 会計の順番が回ってきた。俺は店員に愛用のタバコの番号を伝える。

 タバコは年々値上げしており、財布に打撃を与えている。かと言って、やめられるものでもないのが悲しい。タバコで健康を害するより、貯金が尽きてタバコが吸えずに発狂するのが先かもしれない。

 レジの精算画面に表示されたコードを視線で読み込み、自分の端末から電子マネーで支払いを済ませる。金を使った実感もないまま、残高ばかりが減っていく。


 肩の上のメメを直射日光から守るようにレジ袋を掲げながら、自宅へと戻る。


「アキトさ、まーた不健康なものばっかり買ったよね。栄養偏るよ。料理初心者にもやさしいレシピを検索してあげるから、自炊してみない? その方が節約にもなるし」

「えー……面倒くせえ」

「時間あり余ってるくせに。自炊した方が節約にもなるよ」

「まあ……考えとくよ」


 自炊はあまりする気にならないが、節約のためと言われると心が揺らぐ。コンビニ飯やカップ麺は割高だし、正直ちょっと飽きてきたところだった。


 家に着くなり一服して、朝メシ兼昼メシの準備にかかる。

 やかんを火にかける時間は虚無そのものだ。カップ焼きそばの湯切りをしながら、不意に暗い気分になる。

 こういう生活はいつまで続くんだろう。生産性もないのに、腹だけはしっかり減る生身の身体が恨めしい。

 自分が途轍もなく無益な存在のように思えてくる。『どこからでも切れます』とか書かれたソースの袋もぜんぜん切れないし。


 どれほど科学が発達して、あらゆる物事が便利になったところで、人生は一向に楽にはならない。

 どうせならば俺の代わりにAIが何もかもをやってくれたら、ごちゃごちゃ面倒なことを考えなくて済むんじゃないだろうか。

 そうなったら、いよいよ俺の存在意義も危うくなりそうだ。


 混ざりきっていない焼きそばを、ボロい折り畳みテーブルの空きスペースに置き、不均衡に割れた使い捨ての箸で一口目を掬い上げたところで。

 ピコン!と通知音が鳴った。


「アキト、OlsisオルシスでDMを受信したよ」


 メメが俺の周りを一周した。


「依頼だ! 確認してみて!」

「えー、このタイミングでー? せめて一口くらい……って、え? 依頼?」


 相棒の小さなプロペラが巻き起こす風で、焼きそばソースの匂いが拡散する。

 俺は慌ててOlsisアプリを展開した。

 いつもの事務所スペースが映る画面上で、俺のアバターであるオレンジ色のアライグマが郵便受けから手紙を取り出すアクションをしている。


「マジか」

「きっとボクの出した広告のおかげだね!」

「すげえ、ほんとに来るもんなんだな。えーと、どんな依頼? ……へえ?」


 開封したDM本文の冒頭部分を見て、俺は思わず眉根を寄せた。


『パンダミームに呪われました。助けてください』

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