第10章 回想
──ピッ、ピッ、ピッ。
病室にあるベッドサイドモニターが規則正しい音を鳴らしていた。
ベッドには目を覚まさない40代の男性。その側に初老の男性1人と、どっしりした体格の男性が1人、硬い表情で立っていた。
その反対側には、少女が1人──小学6年生の莉々安がいた。
半年前の10月、うちは父ちゃんが眠っている病室にいた。
全員が黙り続けているからか、父ちゃんの細い呼吸だけがやけに大きく聞こえた。
「…君のお父さんは、本当に優秀なボディーガードだったよ」
初老の男性が、重い口を開くと、うちにそう言った。
「おかげで私はこの通り無傷で生きている。──君には悪いことをしてしまったね」
その言葉に、うちは思ったままに答えていた。
「バカ親父のことだから、『俺は仕事をしただけだ』って言うと思います」
その言い方が父ちゃんに似ていて面白かったのか、力抜けたようにその人は笑った。
「そうだね。御影くんなら言いそうだ」
その人は父ちゃんの顔を見て、寂しそうに笑った。
「こっちこそ、入院費とか、全部ありがとうございます」
「これくらいしか出来ないからね。元はと言えば、私が狙われたのが原因だからな」
うちも、もう一週間目を覚まさない父ちゃんの顔を見た。
(父ちゃんは、ほんとにバカだったんだな…。こんな悲しそうな顔させちゃダメじゃん)
「自分のできることはこれだけだから」が口癖だった。
いつも仕事の話をしてて、ボディーガードに誇りを持っている、それが父ちゃんだった。
父ちゃんの仕事を不安に思ったことはなかったし、文句もなかった。
だって、毎日ケロッと帰ってくるから。
(こんなふうになるまでやっていたかった仕事って、どんなだったの?ねえ、父ちゃん)
うちは拳をギュッと握って、初老の男性の後ろに立っている人に声をかけた。
「林さんって、父ちゃんの部下の方でしたよね?」
「…そうです」
「うちを、ガーディアン学園ってところに推薦してくれませんか?」
「なっ」
林さんは弾けるように驚いた顔を見せた。
「前に父ちゃんに聞いたことがあるんです、ボディーガードを育てている学校があるって。その学園を知っている人からの推薦がないと、受験が出来ないって」
酔っ払ってる時に言ってたから信じてなかったけど、この反応は知ってるっぽいな。
「ボディーガードになりたいのかい…?」
「まだわかりません。でも何もせずにはいられないなって」
うちは固唾を飲んで、爪が食い込むほど手を握った。
「父ちゃんはちゃんと強かったです。…でもこんな姿で帰ってきた。だったら、うちも、…うちは、自分を守れるように強くなりたいです!そのために学園に行きたいです!」
この思いを誰にも止められないように、一気に言い切った。
こんな姿で帰ってきた時に悲しむ人間がいるのなら、そんなことは起こさせたくない!
だったら、うちがうちを守れるようになるしかない!
「でも、先輩が目を覚まさないのに…。第一、あの学園は危険が伴うし、そんなこと…」
「私が推薦しよう」
「櫻島さん…!?」
父ちゃんのクライアントであり、今は林さんが護衛についている初老の男性──櫻島さんの発言に林さんが驚いた。櫻島さんは、…ここだけの話、元総理大臣だった人だ。
「私でも推薦者として不足はないだろう。どうだい、私でもいいかい?」
「ですが、そんなこと勝手に…!」
「御影くんの娘さんにできることがあるのなら、喜んで引き受けるよ。学費も気にしなくていい。君が受けたいのなら、私の名前を使って受験したらいい」
「ぜひ、お願いします!」
うちは決意が揺らがないうちに、大声で返事をした。
櫻島さんは、一回瞬きをすると、しっかりと頷いた。
「ああ、引き受けた。頑張っておいで」
そう言って櫻島さんは目尻のしわを深くさせた。これが、うちの半年前の話。
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