第32話 不穏


家に帰って携帯端末で『グレイ・ハウンド』と検索した。

すると出るわ出るわグレイ・ハウンドの功績が。


ローザ・ノクティスのマリア・トレス(裏切り者だとは書かれていなかった)。

サングリアと繋がっている政治家、アンナ・ベルク。

薬を売り捌いていたサラ・ヴェイン。

そしてサングリアの上級幹部達。


それだけなら未だしも、噂が噂を呼んで10年以上昔の事件もグレイ・ハウンドの仕業だと主張する書き込みもあった。

……どういう事だ? こんな詳細に知ってるのはローザ・ノクティスの関係者ぐらいしか居ない。

けれどグレイ・ハウンドの事が広まるのはローザ・ノクティスにとってマイナス面が大き過ぎる。

裏切り者か、どこぞのジャーナリストの仕業だろうか?



◇◇◇◇◇



「ふぅ……」



翌日、ミナのお見舞いに行った帰り。

クラリスじゃなくて自分のチョイスで選んだぬいぐるみは不評で、その事に落ち込みながら帰路に着いている最中。



「もしもし、少し宜しいでしょうか?」


「はい?」



私に声を掛けて来たのは二人の婦警。

……何だか嫌な予感がする。



「なん、でしょうか?」


「いえね、グレイ・ハウンドを名乗る愉快犯による連続殺人事件の調査をしていまして」


「何か知っている事はありませんか?」



……バレてる? いや、カマを掛けているだけか?



「グレイ・ハウンド? そんな恐ろしい殺人鬼の事なんて、私知りません……」


「はぁ、ですが貴女がローザ・ノクティスに出入りしている事を見た人が居ましてね。

どんな些細な事でも良いんです。何か知りませんか?」



ローザ・ノクティスの関係者だってのはバレてる、か?

まぁ、車で送迎されるまでは普通に歩いて行ってたからな……

ただ、グレイ・ハウンドになってからはマンションの地下駐車場から出ているから、それはバレてない筈だ。

差し当たって、どうこの場面を乗り切るか……



「実は……私、マフィアに借金してしまって奴隷にされてるんです!

私が行ってるのってローザ…ノクティス? って所なんですか?

お願いですお巡りさん! 助けてください……っ!」


「え、いや……」


「ちょっと待っててください! えぇと……これだっ」


『……なに?』


「私、もう貴女の奴隷辞めますっ! お巡りさんが来てくれて……今からそっちに行って逮捕して貰うんだからっ!」


『だれ? そんな命知らずは。名前は?』


「っ、お巡りさん! 来てください!」


「い、いえ! マフィアであろうと捜査状無しには動けませんので……」


「他にも聞き込みに行かなければなりませんので……何か思い出したらご連絡ください」



警官をマフィアの元に連れていこうとすると、にわかに焦り出してそそくさと帰り出した。

いつもそうだ。警察は本気でマフィアと喧嘩しない。

私が生まれるよりずっと昔。

警察とマフィア連合の抗争があって……勝ったのはマフィアだった。

それ以降マフィアはお互を貪り食い合いながら、リュミエール・ノワールを我が者顔で闊歩している。

さすがに決定的な証拠があったり、デカい組織に脅されたりで別のマフィアをしょっぴく事はあるけれど……少なくとも、私達の時は警察は助けてくれなかった。



「……ま、今はあんな奴等より自分の事だ」



自宅に戻り、盗聴器の類が無いか調べて……再び携帯端末を手に取る。



「今平気?」


『問題無いわ。さっきのは警官?』


「うん。目を付けられてる」



連絡先はさっき電話した……クラリス。

いきなり電話しちゃったけど、上手く合わせてくれて助かった。



「グレイ・ハウンドの事がネットで広まってる。どうなってるの?」


『この件はこちらも調査中よ。クロノに協力してもらっているわ』


「クロノが手伝っているなら安心、か?

犯人探しは任せるけど、問題はこっちだ。

今回はどうにか撃退出来たけど、もし家宅捜査されたら終わりだ。

この部屋には着け髪や指紋書き換え機がある。

これを見られたら言い訳出来ない……カエリ・ユエナとグレイ・ハウンドが結び付いてしまう」


『それは由々しき事態ね……すぐに人を手配して変装機材を別の場所に移す。

今後変装する時は車でその場所まで送迎させるわ』


「面倒だけど……仕方ないか」


『気を付けなさい、カエリ。警察が目を付けていると言う事は、目敏いマフィアもまた検討を付けていると言う事よ。

貴女がグレイ・ハウンドだという確証が無くても、奴等はグレイ・ハウンドの候補者と言うだけで殺しに来るでしょうね。

当然護衛は付けるけど……グレイ・ハウンドの噂を広めた犯人が見付かるまでは不用意な外出は避けなさい』


「ミナのお見舞いにいかないと。次仕事が入ったらまた長期間帰れないかもだし」


『ミナちゃんまで狙われるかもしれないわよ?』


「ぐぅ……っ」


『恐らく内部犯。すぐに見付かるでしょうから少しの間だけ我慢なさい』


「……分かった」


『良い子ね』


「子供扱いしないでよ」



クラリスはその言葉に軽い笑い声で返して……通話を切った。

くそ、いったい誰がグレイ・ハウンドを広めたんだ?

そいつのせいでミナのお見舞いに行けなくなった。



「判明したら、どんな目に遭わせてやろうか……」



姿形すら分からない犯人。

ミナとの時間を奪い、グレイ・ハウンドの邪魔をする不届者。

いったいどんな奴なんだろう。


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