第12話 アンナ・ベルク


「じゃ、くっ付けるよー」


「ん……!」



噛まされたタオルを噛み締める。

クロノは私の右脚を持って接合部に近付ける。



「行っくよー」


「んぐ……っ!!」



カチッ、と音がして。

義足と神経が繋がる瞬間の激痛が、私を襲った。



「~~~~~~~っ!」



声にならない悲鳴と脂汗が、身体から止め処なく溢れてくる。

こんなの、下手な拷問よりも地獄だ……!



「ふいーっ、まずは一つ完成っと」



やがて痛みが収まっていき。私は天井を見上げたまま全身の力を抜く。



「あ……ぅ……」



もう言葉を発することも出来ないくらいに疲れ果てた私に、クロノは嗜虐心を隠そうともしない。



「んひひぃ……じゃ、次は左脚ねぇ〜?」


「ん……」



本当に性格が悪い。歪んでいる。

腕より先に脚を付けたのも、私に接続作業をさせない為だろう。



「えーい!」


「んぐ……っ!!」



再び、神経が繋がれる痛み。



「ん……っ!んぐ……!」



その痛みに悶える私を見て、クロノは恍惚とした笑みを浮かべる。



「あは、良いね良いね〜♪ そのカオ、最高にそそるよ〜」


「……っ!」


「ほらほら、まだ終わってないよ? 次は左腕だよ?」


「……」



どの道腕は付けなければならないのだ。

観念して目を閉じる。



「ん……っ!」


「じゃ、最後の右腕〜」


「んぎ……っ!」



もう何度目かも分からない激痛に悶えて。

だけど、やっとこれで終わりだ。



「わぁ、ホントに継ぎ目分かんなーい」


「ぷはっ……終わったし仕事の話をしたいんだけど?」


「おけおけー。で、アンナ・ベルクの何が知りたいの?」


「全部。どれが近付くチャンスに繋がるか分からないし」


「りょーかい。ちょっと待っててね〜」



クロノはパソコンに向かい、慣れた手付きでキーボードを叩く。



「ん〜……ざっと見た感じ隙無さそー

自分がマフィアの手先やってるって自覚してる。

秘書はガチガチに固めてる……っていうか、秘書の中にも何人かサングリアの連中が居るし」


「何かフック無いの?」


「難しい〜! もしくは直接殺るか……聴衆に紛れて暗殺、ってのはカエリちゃんの趣味じゃないでしょ?」


「趣味がどうこうじゃなくて、そんな事したら絶対捕まるじゃん。他に無いの? 家族の情報とか」


「家族ぅ? 妻とは結構昔に別れてて、今は娘が一人……およ?」


「何かあった?」


「秘密裏に家庭教師探してる」


「家庭教師? 秘密にする必要あるの?」


「そりゃあアンナのプライドが許さないからでしょー。

娘ちゃんの名前はエミリーって言うんだけど、最近成績が落ちたらしくてさー。それでアンナ大激怒!」


「娘の成績ごときでプライドがどうこう……そんなに大事なものなの?」


「アンナ自身がエリート志向で、ガリ勉で首席取って今や議員だからねぇ。学校の成績こそが全てって感じてるのかもね」


「ふーん……」


「だからアンナとしてはエミリーの成績が下がった事、家庭教師を雇ってる事は絶対人に知られたくない。

だから大々的に募集せず、何なら氏名すら公表せずに家庭教師を探してる」


「私を家庭教師に捩じ込める?」


「簡単だよ。電車で隣に座ってたのがマフィア。

庭の手入れをしに行ったらマフィアのアジト。

マフィアマフィアマフィア……この街じゃあ何時どこでマフィアとエンカウントするか分からない。

家庭教師やれるぐらいの知能持ってたらこんな匿名の仕事なんて受けない。

真っ当な仕事より、どっかに売り飛ばされる可能性の方が高いもん」


「身元調査は?」


「しない……というか出来ない。アンナ自身にはそんなスキル無いし、人に頼むにしても「なんで家庭教師を雇うの?」って話になる。

たぶん秘書とかサングリアの連中も、エミリーちゃんの成績が下がってる事は知らない筈。

中々集まらなくて焦ってる筈だし、それっぽい履歴書送れば喰い付くんじゃないかな」


「決まりだね。私は家庭教師としてアンナの家に潜入してチャンスを伺う。履歴書やアンナへの売り込みは任せて良い?」


「おけおけ! 家に帰ったらそれっぽい格好して写真を送って。

仮宿も良さげな所を押さえておくから、すぐに向かって。

あたかも最初からそこに住んでましたよって顔で」


「分かった。至れり尽くせりだね」


「だって何時でも達磨っ子で遊べるんだよ?

どれだけお金出してもそう簡単に出来る事じゃないもん。

んふふふぇ……今回の仕事が終わったらまた遊ぼうね?」


「うん。クロノの為ならそれぐらい幾らでもやるよ」


「ふふ〜ん! 嬉しいなぁ。どこまで本心かは分からないけど。

じゃ、こっちも色々作業があるから、カエリちゃんは自分の準備しててね?」


「分かった」


「あぁ、それともう一つ。エミリーちゃんの通う中学校ってめっちゃレベルの高いとこでさ。

カエリちゃんが通ってた高校より勉強難しいよ。家庭教師役、出来る?」


「一夜漬けで詰め込むよ。エミリーの苦手な教科とか分かったら教えて」


「にへへ〜、りょーかい!」



ひらひらと手を振るクロノ。

それに対し私も軽く手を降って部屋を出る。


……大丈夫。舞台に立ってた頃は直前に台本が変わる事だって何度もあった。

それと同じ。教科書の内容を頭の中に叩き込むだけで良いんだ。


……手足外したから、一応ロマニアの所に行かないと。



「怒られるかなぁ。怒られるんだろうな……」



何で任務の前にこんな憂鬱な気分にならないといけないんだ。



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