※ 第4話 初めての……
私がクラリスのペット……奴隷になって早一週間。
人前だろうと娼婦の様な服装で作業させられる。
時には拘束され、オブジェの様に飾られる事もあった。
そして……夜の相手も。
憎むべき相手に奉仕するのも、滅茶苦茶に責められて無様に喘がされるのも屈辱だったけど、ミナを人質に取られている以上は逆らえない。
幸いだったのは、ローザ・ノクティスにおいてペットというのは共有財産ではなく、あくまで個人の所有物であるという事。
私を見下し、嘲笑いつつも実際に手を出す者は居なかった。
クラリスには他にも奴隷を所有しているし、メンバーも幹部クラスなら1人か2人程の奴隷を飼っている者も多い。
「ん……」
そんなローザ・ノクティスの事務所である洋館。
その一室でクラリスは優雅にグラスを揺らしワインを嗜んでいる。
奴が気軽に飲んでいるアレが、私の給料何年分になるかなんて想像すら出来ない。
「カエリ」
「はい」
「妹が心配?」
「……はい」
「ふふ、そうよね。収入が途絶えて入院費すら払えないんだものね」
「……っ」
「ふふ、やっぱり良いわ貴女。私達のペットになった子は皆諦めが早くてね。
数日もしないうちに奴隷としての自覚を持って媚びるものだけど、貴女は違う。
ペットの分際で私を睨み付けるんだもの。ますます屈服させたくなっちゃう」
「……何とでも言え」
「昨日の夜はあんなに鳴いてた癖に……いつまでその威勢が持つのか見ものね」
「……」
クラリスはクスクスと笑い、またグラスに口を付ける。
そんな奴を私は黙って睨み続ける事しか出来ない。
……悔しい。
悔しいけど、今はどうする事も出来ない。
「……飽きたわね。カエリ、掃除しなさい」
そう言うと、クラリスはグラスを傾けて組んだ足の爪先に零した。
一杯何十万とする液体がクラリスの足を通じて絨毯に染み込んでいく。
「かしこまりました」
私は……跪いてクラリスの足に舌を這わせる。
掃除、というのはそういう事だ。この後で絨毯も舐める事になるんだろうな。
「ほら、足ばっかり見てないで上を向きなさい?
その屈辱に満ちた顔をもっと良く見せて?」
「……ふぁい」
舐めながら上を向けば、クラリスは此方を見下ろして嘲笑う。
「ふふ、素敵よカエリ……貴女の様なペットが欲しかったの」
そう呟いたクラリスの言葉と表情は心から楽しそうで……それが私の神経を逆撫でする。
私はただ無心で舌を動かす事に集中した。
「ん……」
「ふふ、本当に良いペットね貴女は」
そう言って私の頭を撫でるクラリス。その行動一つ一つが私が奴隷に堕ちた事実を自覚させて来る。
「次はどんな事をさせようかしら。
裸で街を歩くのはどう? それとも……あら?」
クラリスが楽しそうに次の遊びを口にした直後、ドアがノックされてクラリスは言葉を中断させた。
「カエリ、出て」
「……はい」
「失礼します」
私がドアを開けると、険しい表情の女がキビキビとした動作でクラリスの前に立った。
「お忙しい所失礼致します。例の裏切り者を捕らえました。現在は地下牢にて幽閉しております」
「そう、あの子が……行くわよカエリ」
クラリスは立ち上がり、笑みを浮かべる。
「はい」
私は突然の事に戸惑いながらもクラリスの後をついて行くしかなかった。
◇◇◇◇◇
「久しぶりね、エルナ」
「ぼ、ボス……お許しを……」
エルナと呼ばれた女は両手と両足に手錠をかけられ完全に動きを封じられていた。
顔の痣は殴打によるものだろうか。
「私は貴女を信頼していた。なのにサングリアに私を売るなんてね」
「ご、誤解です! 私は裏切ってなどぎぃっ⁉︎」
「黙りなさい。これ以上私をイラつかせないで」
「ゔぅ……」
「ボス、どう処分しましょう。ゆっくり痛め付けて嬲り殺すにも幾つか方法はありますが……」
「そうねぇ……」
クラリスは思案する様に顎に指を添える。
クラリスが考え込む時の癖だ。
数瞬の後、クラリスは目を細めた。
「カエリ」
「……?」
「エルナを殺しなさい」
「……は?」
「聞こえなかった?」
「いえ……何故、ですか?」
「ただの戯れよ。やりなさい」
「……っ」
私は困惑したままエルナへと視線を移す。
彼女は恐怖で歪んだ表情をしていた。どうすれば良い? なにが正解なんだ……
「殺せばお小遣いをあげる。ミナちゃんの一月分の入院費をね」
「……分かりました」
あぁ、なんだ。
それなら悩む必要は無い。
拘束された女を一人殺す。それだけでミナは一ヶ月生き永らえる。
それだけで十分な理由だ。
「ま、待って! お願いボス私が悪かった!
今度こそ絶対に裏切らない! 本当です! だから殺さないでっ!!」
「駄目よ」
「そ、そんな……! ぐぎゃっ⁉︎」
「そんなに命乞いしないでよ。クラリスの気が変わったらどうするのさ」
「な、なに、を……っ」
エルナの腹に馬乗りになって首に両手を掛ける。
絞殺のやり方なんて知らない。だけど道具は無いし、素手で殴り殺せる程腕力に自信がある訳でも無い。
だから、多分これが一番効率的だ。
「か、あぁ……や、やめ……ぐ……ぅぅぅ……」
「死ね」
「ゔ……あ………………」
力を込めて、体重を掛けて、更に締め上げていく。
上手くやれてるのかな?
ミナの為にも早く死んで欲しい。
「……っ」
「………………っ」
「…………………」
「………………………ぁ」
どれぐらい時間が経っただろう?
五分? それとも十分?
最後に激しくバタバタを痙攣して……やがてエルナの体から力が抜けた。
「もう良いわよカエリ」
「はい」
「素晴らしいわ……そうね、ご褒美にご馳走してあげる。コレは片付けておきなさい」
「はっ!」
「来なさい、カエリ」
◇◇◇◇◇
その後連れて行かれたのは超高級料理店。
両親が存命の頃でさえこんな所には来た事が無い。
クラリスは高級ワインを嗜みながら楽しそうに微笑んでいる。
「さっきはお疲れ様。楽しかった?」
「……別に」
「ふふ、そう。まぁいいわ。特別上等な肉を用意させたから堪能してちょうだい」
「肉……?」
疑問符を浮かべていると、熱せられた鉄板に乗せられたステーキが運び込まれてきた。
匂いも、油が跳ねる音も、そしてその威容も……この高級料理店には似付かわしくない。
「わざわざ貴女の為に用意させたのよ」
「……何の肉?」
「心配しないで。超A級マツザカ牛の霜降り肉よ」
「……じゃあ」
ナイフとフォークを手に取り一口大に切って口に運ぶ。
「ん……美味しい」
「でしょう?」
柔らかな食感の中にしっかりとした噛み応えのある肉はとてもジューシーでソースとも相性抜群だ。
付け合わせのポテトもホクホクとしていて塩加減もちょうど良く食欲を刺激してくる。
あっと言う間に全て平らげてしまった。
「素晴らしいわ」
「何が? 食べっぷり?」
「それもあるわね。普通死体を見た直後は食事も喉は通らないものよ。
自分で直接殺した後なんてとても肉なんて食べられないわ」
「褒めてる?」
「褒めてるわ。貴女には猟犬の才能がある」
「猟犬?」
「早い話が始末屋ね」
「私に殺しの技術なんて無いのに?」
「殺す手段なんて何でも良いのよ。ナイフで斬っても、銃で撃っても、私の時みたいに、潜入して毒を盛っても良い」
「失敗したけどね」
「それは貴女が暗殺者の顔をしていたからよ。
初めての殺しだから無理も無いけど。でも今は違う。
貴女は暗殺者の仮面を被る事なく、妹の為にただのカエリ・ユエナとして人を殺した。
今やればキャバ嬢の仮面を被ったまま毒を仕込めたでしょうね」
「だから始末屋になれって?」
「対象に近付く胆力と精神力。妹の為なら難なく人を殺し、妹以外を歯牙にかけない精神性。
貴女は間違いなく猟犬の資質を持っているわ」
「拒否権は?」
「無いわ。それに貴女にとっても悪い話じゃない筈よ。
私が指定するターゲットを始末すれば最低100万。場合によってはもっと出すわ。
無給でペットを続けて、偶にお小遣いをもらう生活よりは稼げると思うけど?」
「やる」
「ふふ、本当に妹の為なら躊躇いもしないのね。
なら、契約成立ね。ペットの貴女を失うのは惜しいけど……とんだ掘り出し物かもね」
「何だって良い。私はミナを守れればそれで良い」
100万クレジット。ミナの入院費三ヶ月分以上。
殺し続ければミナの手術費用にも届くかもしれない。
だったら、私はやる。やってみせる。それでミナの命を救えるなら。
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