第5話

 土曜日の朝10時。

 わたしは私服姿のハル先輩と一緒に、10階建てのビルを見上げていた。

「ここが、ぶいしゅご!の事務所……!」

 今日はいよいよ、メンバーになって初めての顔合わせ。

 東京都渋谷区にあるこのビルまでは、わたしの家からだと電車で二時間以上かかる。

 だけど実際は、一分前にわたしの家を出発したばかり。

 玄関までハル先輩が迎えに来てくれて、それからは——

「まさか、ワープでここまでくるなんて思いませんでした」

「ビックリしただろ?」

 スマホをポケットにしまいながら、ハル先輩が笑う。

 前にも体験した、バーチャルワールドのワープ機能。

 守護者のみんなは、現実世界のどこからでもバーチャルワールドに“ログイン”“ログアウト”できる。ワープと組み合わせれば、こんなことだってできちゃう——

 今日のわたしたちは、まず家の前からバーチャルワールドにログイン。事務所の前までワープしてから、ログアウト。あっという間に、現実のぶいしゅご!事務所に到着!

 しかもその間やったことといえば、スマホを三回タップしただけ。

「この“しゅごナビ”って、すごすぎません? どうなってるんですか?」

 わたしは奇跡の大発明を見てしまった気持ちで、ポップな剣と盾のアイコンを見る。

 守護者専用アプリの“しゅごナビ”。

 バーチャルワールドへのログインやワープだけじゃなくて、通話やメッセージのやりとり、ディスログを検知して出動通知を鳴らすことまで、守護者の活動に必要な便利機能がギュッと詰まっている。

 わたしのスマホにも送ってもらって、ハル先輩にやりかたを教わりながらワープしてきたんだけど……すごすぎて驚きっぱなしだよ。

「仕組みが気になるなら、あとでゼロに聞いてみなよ。作ったのはゼロだからな」

「は、はい……」

 ゼロの名前が出て、わたしは少しドキッとする。

 ワープの衝撃で忘れかけてたけど、今日はこれから、ハル先輩以外のみんなと現実で初めて会うんだ。

 この前バーチャルワールドで会った時は、ハルくんの天然王子様攻撃のせいであんまり話せなかったから、緊張する……!


 わたしたちはピカピカの廊下のエントランスを通りすぎて、エレベーターで五階に向かう。

 五階全体がぶいしゅご!の事務所になっていて、ハル先輩が順番に案内してくれた。

 配信用のスタジオ、ラジオや歌を収録するためのレコーディングブース、編集や事務作業をしてくれるスタッフのオフィス、会議室、社長室。

「そんでここがカフェテリア。ドーナツがすげー美味いんだ!」

「わぁ、おしゃれ……!」

 中に入ると、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。

 ペンダントライトの柔らかな光と、観葉植物が、落ち着いた雰囲気を作り出していた。

 事務所の中にこんなおしゃれなカフェがあるなんて……!


「晴くん、琴葉ちゃん、こっちこっち〜!」

 声のするほうを見ると、テーブル席に女の子が二人と、男の子が一人座っていた。

 中でも一番小柄な女の子が、ぴょんっとイスを下りて近づいてくる。

 ぱっちりした目、かわいいツインテール。フリルがいっぱいついたワンピースを着た——

「もしかして、ここねちゃん?」

「ピンポーン☆ ここねだよ〜♪」

 ここねちゃんはウインクして、わたしたちをテーブルに案内してくれた。

「ここねは、小学五年生☆ ほんとの名前は音永おとながここねだよ!」

「ここねちゃん、改めてよろしくね!」

 かわいい笑顔は、現実でもバーチャルワールドでも同じ。髪と目の色は茶色だけど……全体的な雰囲気がここねちゃんすぎる。


 ってことは、もう一人の女の子は……

 わたしは黒髪ストレートで、切れ長のクールな目をした女の子に目を向ける。

「私がジェイド・グラフィカ。本名は九条翠くじょうみどり、中学一年生よ」

「えっ、わたしと同い年!」

 翠もジェイドの姿と雰囲気が似ていて、めちゃくちゃ大人っぽくてかっこいい。

 腰まである髪は全体的に黒だけど、毛先に緑のグラデーションがかかっている。

「翠ちゃんはKUJOグループのお嬢様なんだよ〜!」

「KUJOって……スマホとか作ってるあの!?」

 翠がうなずいて、わたしはびっくりする。

 KUJOグループは、世界的に有名な電子機器メーカー。パソコン、スマホをはじめとして、マイク、ヘッドホン、カメラなんかも作っている。

 普段の配信から、優雅な雰囲気はあったけど……まさか本当に大企業のお嬢様だったなんて!?

「ここではみんな対等な仲間だから、普通に接してくれると嬉しいわ」

「分かった。よろしくね、翠!」

 わたしがそう言うと、翠は微笑んでくれた。

 クールに見えるけど、笑った顔はめちゃくちゃかわいい。


 そして最後は、メガネをかけた黒髪の男の子。

「コード=ゼロ。巽颯真たつみそうまです。改めてよろしくお願いします」

「颯真くん、よろしくね!」

 颯真くんはメガネをかけた優等生な雰囲気で、もうそのままゼロの色違いって感じ。

 すごく姿勢よく座っていて、イスの横に置いてあるランドセルまでピシッと立っている。

「……えっ、ランドセル? ゼロって小学生なの!?」

「はい。小学六年生ですが」

 そう言ってメガネをかちゃりと押し上げる。あっ。よく見るやつだ。

「僕は小学生ですが、プログラミングなら誰にも負けません。しゅごナビは僕が作りましたし、ほかにアプリ開発で収益も得ています」

「す、すごすぎる……!」

 みんなの紹介が終わったところで、ハル先輩がポンッとわたしの肩を叩いた。

「みんな琴葉を待ってたんだよ。ようこそ、ぶいしゅご!へ!!」

「ハル先輩、みんな……ありがとうございます! わたし、精一杯頑張ります!!」

 わたしはみんなの顔を見渡して、大きな声でそう言った。

 さっきまで緊張してたけど、みんなが歓迎してくれたおかげで、じんわりと胸があたたかくなる。


「それじゃ、さっそくなんだけど。琴葉のアバターを描いてきたから見てくれる?」

 翠がそう言って、わたしの前にタブレットを置いた。

「わあっ……! これがわたし……!?」

 髪の色はピンクベージュで、わたしと同じ長めのボブ。

 瞳は夕暮れの空みたいなグラデーションで、セーラー服の上にピンクのカーディガンを着てる。

 首にはヘッドホンをかけていて、手にはスマホ。

 そしてスマホについてる……ぶいしゅご!五人のミニキャラぬいぐるみ。

 めちゃくちゃかわいい、ぶいしゅご!オタクの女の子が、そこにいた。

「すっごくかわいい! 最高だよ!! 翠ありがとう!!」

「それじゃあ、この子の名前を決めましょう。琴葉は何か考えてる?」

「うーん……今まで使ってたリーフが気に入ってるから、できればそのまま使いたいかな……」

 みんなもわたしのことはリーフで覚えてくれてたし、この名前は気に入ってる。

 これにはみんなも賛成してくれた。

「リーフは名前だろ。名字はどうする? オレみたいにかっこいいのつけようぜ」

 ハル先輩にそう言われて、わたしはドキッとする。

 推しのハルくんと同じ“陽斬リーフ”なんて……

「琴葉? なにニヤニヤしてんだ?」

「なっなんでもないです!!」

……さすがにそれは、妄想の中だけにしておくとして。

「この子の目の色、夕暮れの空みたいだから、“夕暮ゆうぐれリーフ”はどうかな?」

「夕暮リーフ……いいじゃない!」

「かわいい!」

 みんなが賛成してくれて、わたしはホッとする。

 真昼の太陽みたいな陽斬ハルくんと、夕暮れ色の目の夕暮リーフ……これくらいならいいよね?

「あっ!!」

 ハル先輩がいきなり叫んだから、わたしはドキッとする。

 やっぱり、ダメだった……?

「そういえば、父さんが琴葉にこれ書いてくれって、預かってたんだ」

 ハル先輩はそう言って、わたしのスマホに書類を送ってくれた。

 そこには、ぶいしゅご!で活動するために決めなきゃいけない色んなことを書き込むようになっていて……


VTuberネーム……夕暮リーフ

イメージカラー……ピンク(夕焼け空の雲みたいな色!)

やりたい配信……雑談配信、推し語り、みんなとコラボ

配信の目標……ぶいしゅご!の魅力を伝えること!!

守護者の能力……スマホでディスログの過去が見れる。推しポイントを見つけて浄化する!

守護者の目標……ぶいしゅご!のみんなの役に立つ!


 わたしは迷うことなく、そう入力して、水無瀬社長に送信した。

 社長はすぐに見てくれたみたいで、社長室からカフェテリアに来てくれた。

「素敵ですね。この内容でいきましょう」

 そう言ってもらえて、わたしはほっとする。

 だけど社長は、「ただ……」と付け足した。

「配信の目標と守護者の目標ですが、ぶいしゅご!の他のメンバーとは関係ない、立花さん自身の目標はないですか?」

「えっ?」

「元々ぶいしゅご!が好きで、魅力を伝えたいと思ってくれているのは知ってます。でも、そうではなく、自分自身の目標も見つけてほしいんです。立花さんは、どんなVTuberになりたいですか?」

 いきなりそんなことを言われて、わたしは戸惑ってしまう。

 わたしは大好きな推しの近くにいけて、ちょっとでもみんなを助けられたら、それで十分。

 翠が描いてくれた夕暮リーフはかわいくて魅力的だけど、立花琴葉っていう人間は、どこにでもいる普通の中学生だし……

 ぶいしゅご!のみんなを推してる時は人生がキラキラ輝いて見えるけど、そのほかの毎日は平凡で、配信で伝えたいことだって何もない。

 みんなとは関係ない、わたしだけの目標なんて……そんなの思いつかないよ。

「すぐに答えが出なくても大丈夫です。でも、考えてみてください」

 社長はそう言ってくれたけど、わたしの心にはモヤモヤが少し残った。

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