第21話 頭痛の種

 打ち上げは例によって閉店時間にお開きとなり、俺はいつもと違って泥酔しなかったメリナと二人で帰路に着いた。ルクシアは「ビジネスの話をしてきますよ」とどや顔でレンの家に二人で向かってしまった。


「頭痛い~……」


 帰宅すると、メリナは工房に入って椅子に座った。泥酔するとそのまま眠れるが、今日は定期的に水を飲ませたからそこまで酔い潰れなかった。


「ほら、これ飲んでください」


 却ってしんどい思いをさせてしまったと後悔しつつ、俺は汲んできた水をメリナに渡した。


「ありがとうございます」


 一口飲んで、一息。頭痛はまだ続いているのか、うんうんと唸っている。


「そんなに酔っ払ってないから、明日には頭痛も収まりますよ。今日はもう休んでください」


「はい……って、ショートさんは寝ないんですか?」


「僕はもう少し粘ってみますよ。納品まで時間はあるし」


 顔認証は問題ないが、筆跡の認証がまだ少し粗い。コンペに向けた納期は一週間後。つまりはまだまだ精度を上げられるということだ。


 俺は作業台に座って、キーボードに手を置く。水晶板にかけられた魔法が、Pythonのソースコードに化ける。


 精度に難がある原因は分かっている。筆跡認証も顔認証と同じライブラリを使っているからだ。顔と同じく文字も形を学習させ、二つの形を比較させているだけ。専用のライブラリを使えばもっと精度は上がるだろうが、それには時間が足りないと思って妥協した。


 今からなら実装に2日、テストに1日と見積もって、ギリギリ間に合わせられる。顔認証への影響を出さないために関数はもう切り出してあるから、デグレのリスクもほぼない。


「じゃあわたしも、ショートさんと一緒に起きてますよ」


 状況を再整理して、筆跡認証の処理に目を向けると、メリナがとなりに座った。


「寝てて良いですよ? こんなの趣味みたいなものなんですから」


「わたしのこれも趣味みたいなものです」


 そう笑って、メリナは水を一口飲む。


 となりに女性が座っている状況で仕事をするなんて、初めてだ。何となく落ち着かないが、俺は修正作業を始めた。メリナには作業の内容は見えていないだろうに、彼女は俺の手元を静かに見つめている。


「今は何を直してるんですか?」


「筆跡認証の精度を上げようとしてます。今だと離れすぎると判定できないし」


「確かに」


 距離が一定ならよほど汚い文字でもなければ問題はないだろうが、コンペとなればどんな観点で評価されるか分かったものではない。この辺はルクシアにも相談したいところだ。


「わたしが魔法でその辺上手くできれば良かったんですが」


 しょんぼりするメリナ。


「アイデアを出せただけでもすごいですよ。前にも言いましたけど、僕はそういうのを思いつける人を尊敬してます」


 俺にはそんなことは考えられない。プロジェクトマネージャーや親会社の担当者を見ていて、いつも思っていたことだ。


「前に話してた、お師匠さんのことですよね。その人にもショートさんに直してもらった魔法具を見てもらえたらなぁ」


 メリナは口惜しげに言って、訊いてほしくないことを投げかけた。


「お師匠さん、今はどちらにいらっしゃるんですか? お手紙くらいは書いてみたいです」


「先輩は……」


 少し迷った。適当に誤魔化した方が良いのかもしれない。


「先輩はもう、亡くなりました」


 ただ、メリナに嘘をつくのは気が咎めた。


「自分が作りたかったものを、勝手に作り変えられて……それで、自殺しました」


「そう、だったんですか……」


「先輩が作りたかったものを、僕は守れなかった。だから、僕のせいで先輩は死んだんです。僕が殺したようなものです」


 開発ができればそれで良い。コーディングとテストが好きなだけで、要件定義だの機能設計だのはどうでも良かった。


 だから先輩が一人で設計した営業職員向けのサービスを、本社の担当役員の鶴の一声で正反対の仕様に変えるよう命令されても、俺は気にしなかった。上司もあっさり仕様変更を受け入れたし、それで何十億という案件を受注して、社内表彰まで決まったし、昇進も内定したのだから、言うことないじゃないか。


 そう思っていたのは俺達だけで、先輩は違った。だから自殺した。俺の目の前で、電車に飛び込んで。


「だから僕は、先輩みたいなメリナさんの役に立ちたいんです。じゃないと、異世界まで来て生きてるのに、先輩に申し訳ない」


 先輩のような才能を持ったメリナを助けて、それで何か変わるわけでもない。罪滅ぼしになるわけもない。


 ただ、あの時の何も考えてなかった馬鹿な自分を許すには、そうでもしないといけないから。そんな身勝手な理由だ。


「勝手なこと言ってすみません」


 巻き込んでしまったメリナに謝る。引かれても文句は言えない。


「わたしでお役に立てるなら、喜んで手伝っていただきますよ」


 そう言ってメリナは笑いかけてくれた。


「変な言い方ですね、今の」


「そうかも」


 照れるメリナに、気持ちが軽くなった。

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