第17話 徹夜
ソースコードの修正は順調。レンが試作品の水晶を持ってきてくれて、実際に動作させながらの検証が始まると、進捗は一気に加速した。
「おー、ちゃんと判別できた!」
水晶の板が青く輝くのを見て、レンは驚きの声をあげた。
彼女と彼女の写真を横に並べて、水晶の板に写すと、生体認証の処理が実行される。同一人物と見なせば青く光り、違うと判断すれば赤く輝く。
「じゃ、これならどうだ?」
レンは続けて別の写真を水晶に写す。被写体の女性はレンとよく似ているが、雰囲気が違う。
違うのだが、水晶は青く光ってしまった。
「あー、まだ甘いな」
残念そうにレンが肩をすくめた。
「その写真はご家族ですか?」
「そうだよ。あたしの母さん。似てるだろ?」
ルクシアに見せる。
「いやぁ、雰囲気だいぶ違いますよ?」
「そんなことないだろ。失礼だな。ショートはどう思う?」
写真を差し出されて、俺は返答に困った。ルクシアの言う通り、雰囲気がかなり違う。わんぱく小僧と淑女くらいの差がある。雰囲気だけなら他人の空似だ。
「お父さんに似たんですね」
「それ似てないってことか!?」
「まあまあ、落ち着いて」
メリナが宥めて、
「もう少し正確に判定できるようにしたいですね。よく似た別の人が来ても大丈夫なようにしないと」
数値の微妙な調整でどうにかなるだろうか。時間はまだある。やれるだけやってみよう。
◇
結論から言うと、どうにかなった。
一重にPythonのライブラリが優秀なことに尽きる。さすがAIと分析の申し子だ。
「わたしとお母さんもちゃんと見分けられましたね。完璧です!」
メリナは母親が写った写真を手に、笑顔を弾ませた。
「あとは文字識別だけだな」
紙に書き起こした不具合の一覧に目をやる。顔認証は問題ない水準のものになったし、ルクシアに見つけてもらった不具合も解消しきった。
あとは筆跡の判定機能だけ。二日もあれば終わるだろう。
「ありがとうございます、ショートさん」
「いえいえ」
気にすることはない。そう思って応じると、メリナは隣に座った。
「魔法を直せるのって、本当に不思議ですね」
「僕もそう思います」
ソースコードに見えるからできているだけで、そうじゃなければこんな芸当はできない。それにしても、「魔法を直す」というのは、確かに奇妙な感覚だと思う。
「魔法でこんなことができるんだから、すごいのはメリナさんの方ですよ」
「そんなこと……ショートさんに直してもらわないと、動きませんから」
「ベースが作れることが何より大事なんですよ。僕のやってることなんて、僕の地元なら誰でもできましたから」
「そうなんですか? ショートさんの地元って、すごいんですね……」
圧倒されている様子のメリナに、少し言い過ぎたかと反省する。いやでも、俺がやってる領域は生成AIにそのうち代替されそうだし……。
「とにかく、メリナさんがすごいんですよ」
ここには生成AIは存在しない。俺は嫌な想像を強引に断ち切った。
「それをいうなら、わたしじゃなくてお母さんです」
メリナは首を振ってから言った。
「この魔法だって、お母さんに最初に教えてもらった魔法だったんです。鏡にかけると、その人が幸せな時の笑顔を写し出す魔法です」
それは夜中に見たら恐い気がする。
「落ち込んでる時にその鏡を見たら、元気になれるんですよ。自分が一番幸せな時の笑顔に、勇気をもらえるんです」
一理ある気がした。他人の笑顔や笑っているところを見ていると、自然と自分も笑えてくる。それが自分の笑顔ともなると、効果覿面だろう。
「お母さんは、わたしの憧れなんです。街の人達のことをいつも考えてて、注文されたらその人のために魔法具を作る。お母さんみたいな職人になりたいって、ずっと思ってました」
写真を見つめながら、メリナは穏やかな声を紡ぐ。
「僕にも、憧れてた人がいました」
そんな姿に感化されて、俺は自然と口にした。
「僕に仕事を教えてくれた人です。メリナさんのお母さんみたいな人で、僕よりもずっと開発が得意で。営業でも何でもこなせる、すごい人でした」
「ショートさんよりすごい人ですか? 想像つかないですよ」
「ほんと、僕なんか足下にも及ばないような人です。その人が考えた魔法具、すごいんですよ? お客さんの健康状態から必要になる商品が何かを提案して、それを売り込むための台本まで用意するんです。売り込む人は成績が上がりやすいし、お客さんは喜ぶ。みんなが幸せになれる魔法具です」
「それは、すごいですね! そこまで考えて作るなんて、さすがショートさんの師匠です!」
心から驚いて、それでいて尊敬の念まで抱いてそうな様子だった。俺もそんな人に仕事を教わって、一緒に開発ができたことが、今誇りに思っている。
そんな人を死なせたことを、心底後悔もしている。
「お師匠さんにも、ショートさんがすごいことを分かってもらうためにも、頑張らないといけませんね!」
メリナは目を輝かせながら言った。それはそうだ。あの人にはもう届かなくても、あの人から教わったことは、メリナのために活かしたい。
「任せてください、メリナさん」
俺はそう答えて、キーボードを叩き始めた。
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