第20話 通信高校の天才? 笑わせる

 ――新聞に載って浮かれてから、三日後。




 俺たちの「天才高校生」なんて見出しは、地元でちょっとした話題になった。親戚から電話が来たり、近所で冷やかされたり……けれど、リリアの冷徹な声に釘を刺されて以来、俺たちは妙に現実的な顔つきで過ごしていた。




 そんな頃。




 朝の通学路。灰色の雲を背に、進学校の制服を着た成田俊は足を止めた。




 手にしていた新聞の片隅に、小さな記事が目に入ったのだ。




 ――『16歳の高校生、方言アプリを開発 “天才”と評判』。




 モノクロの集合写真。その中に“工藤誠”という名前がある。




(……工藤、誠? 聞いたこともない名前だな。どこの誰だよ)




 俊は鼻で笑いながら、胸ポケットの校章に触れた。


 成田俊――蒼護中央高校の二年。学年でも上位を維持し、市長の息子として周囲からも期待を背負っている。幼い頃から「エリート」と呼ばれて育ち、いつしかそれが自分の当然の立場だと信じて疑わなくなった。




 記事を読み進めると、一文が俊の目を射抜いた。




 ――「今回のアプリはMVP(最小実行可能プロダクト)。今後は正式リリースに向けて改良を進める予定」




「はっ……MVP? 正式リリース? 高校生のガキが気取って使う言葉かよ」




 俊の胸に、昨年の記憶が蘇る。


 進学校の発表会で「方言とデジタルの融合」を熱弁した。だが、市長である父にさえ鼻で笑われ、教師にも仲間にも相手にされなかった。




 ――それが今、どこの馬の骨とも知れぬ凡人が“天才”なんて呼ばれて新聞に載っている。




 俊は唇を歪めた。プライドが高く、人を見下す癖がある。だからこそ、自分より評価される存在が現れることに耐えられない。




「……通信高校?」




 記事末尾に小さく記された校名に、俊は思わず吹き出した。




「はは、マジかよ。よりによって通信制? そんなとこ、勉強もロクにできない奴が集まる場所だろ。――そこで“天才”? 笑わせんな」




 俊は新聞をぐしゃりと潰し、また丁寧に伸ばす。記事の紙面をにらみつけ、口の端に嫌味な笑みを浮かべた。




「正式リリースねぇ。面白そうじゃん。だったら俺が仲間ヅラして入り込んで……全部ぶち壊してやる。凡人の勘違いなんざ、俺が証明してやるよ」




 父の力なんて借りない。自分の手で、直接こいつを叩き落としてやる。




 俊は新聞を折りたたみ、鞄にしまった。足取りはわざと軽やかに。だが笑みは、冷ややかで歪んでいた。




(“天才”工藤誠、ねぇ……。せいぜい今のうちにちやほやされとけ。お前がただの凡人だってこと、俺が証明してやるからな)




 そう思いながら校舎へ向かう俊の背に、朝の光が冷たく落ちていた

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