丘の上の教会へ続く小径/タイマーが止まる時(再)

アイス・アルジ

第1話 丘の上の教会へ続く小径

 私は一人、小さな教会の上に立っていた。


 父は丘の上の、この教会で友人たちに囲まれ彼女を待っていた。新婦(母)は、丘の小径こみちを家族と共に教会へ向かっていた。

 この光景をどこから見ていたのだろう。


 私は母に手を引かれ教会の隣の学校へ向かっていた。私の小さな足では、ついて行くのがやっとで、私は足元ばかりを見ていた。


 ボフォゥボフォゥと丘の方からフクロウが低く鳴き、私は、教会から小径を下り街へ向かう道に出た。都会へ向かう長距離バスの停留所には一人の女性が待っていた。


 私の胸はときめき、生まれたときの笑顔でモロコシ人形を取ろうと手を伸ばしたように、夢を掴もうとしていた。私の眼には力が灯り彼女の姿しか映らなかった。

 街も教会も色あせ、夜気の中に霞んでいった。そして、月日は小径のように廻り揺れ、その道をたどった。


 私は街から丘の小径を上っていた。教会へ、父の葬儀へと、何年ぶりかの故郷の道をたどった。暑い夏のハレーションのなか、教会が見える頃には、頭から首筋へと流れた汗が胸のあたりまで濡らしていた。


 星が降るように月日は積もり、私は枯れ枝のような体で教会の礼拝へ向かおうと戸口を開いた。

 急に目眩めまいを感じ倒れ込んだ。どうにか体を起こそうと頭を上げる。視線の中の丘の上の教会が見えた。


 世界は変わった。国も変り都市は郊外へ溢れた。しかし、この田舎町は取り残されたままだった。人は父から子、孫へと移り変わったが教会の姿は昔と変わらず、小さくとも確かにここにあった。


 もうこの手足では、教会への小径をたどることは出来ないと悟った。私は目の前の敷石に落ちた、みずみずしいヨモギの花束を掴もうと手を伸ばしたが、届くことはなかった。

 涼しい香りに包まれ、そして姿は消えて行った。私の葬儀は、丘の上の教会でささやかに行われることだろう。


 今もまない。

 一廻ひとめぐりりのつむじ風が吹き回った。

 学校の裏庭ではブランコが揺れ、ブランコが揺れるたびに、戻り記憶が蘇った。

 一人の男の子がブランコを揺らし、燃えるような夕焼けに向かってブランコを漕いだ。


 男の子は幼い女の子の手をしっかりと握り、父と母の待つ家へ向かって走った。

 夕焼けはストーブのようにますます赤く明かりが灯り始める頃、このとき、丘の上の小さな教会の鐘は、けたたましくも優しく耳に響いた。




  (2025/09/18 アイス・A)


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