第陸話 ガラスの器たち(肆)

 その日は結局、風凜の好意で佐神のお屋敷に泊めてもらうことになった。  

 まるで旅館のような屋敷には数名使用人として人を雇っているらしく、旬の食材を用いた料亭のような食事が運ばれてきた。風呂も源泉掛け流しと至福に近い時間を味わい、至れり尽せり。もう一生分の幸福を味わっているのではないかと思いたくなるほどに、おもてなしの心に溢れていた。



(本当に、いい旅行だなぁ)




 客室としてあてがわれた部屋は、こちらも和風で纏められていた。客間より若干狭く感じたが、それでも六畳の広さはある。一人で過ごすには十分すぎた。 

 寝る時以外は座卓に座布団といった感じで整えられていたが、食事を終える頃には寝支度が済んでいた。まさにプロの仕事である。



(田舎だからか、空が遠いな)



 夜風に当たりながら星を見て、気が済んだら床につく。於爾に遭遇したせいで疲弊した身体には、このおもてなしがありがたすぎるほどに骨身に染みた。

 これなら明日も楽しめそうだと眠った翌日、恭介はけたたましい叫び声を聞いて目覚めることとなる。




「……朝から、なんなんだ……? 」

  




 ちょうど恭介が寝泊まりしている部屋の真下。そこから男女が言い争うような声が聞こえてくる。ひとまず気になりつつも身支度を整え部屋を出ると、隣の部屋から目を擦りながら出てくる永遠子と目があった。




「……おはよう。何の騒ぎ? 」




 綺麗に支度が整っている永遠子は、少しゆるゆるとした声で挨拶してくる。まだ昨日の疲れが残っているのか動きが緩慢だった。

 よくよく見てみると、しっかり身支度を整えた割には髪に寝癖の跡が残っている。




「――さぁ? 俺もあの声で目が覚めた」



 


 少し跳ねた髪がかわいく感じて、一房手に取ってみる。サラサラとした綺麗な灰色の髪。見た目は全く癖がないように見えた髪質は、丁寧なブラッシングの賜物だったのだろう。寝ぼけ眼で行ったヘアセットは詰めが甘いところにその痕跡を残したまま。



 

「――っ!! 」



 

 やがて完全に目が覚めたらしい永遠子は、恭介が寝癖のある部分をやわやわと触っているのに気づいて顔を真っ赤にした。声にならない叫び声を上げ、飛ぶように部屋に戻っていく。数分ほど中からばたばたと走り回るような音がして襖が開く頃にはいつも通り完璧に整った彼女がいた。


 


「――さっきのは、見なかったことにして……」


 


 少し頬を朱に染めながら、永遠子は目線を逸らした。もじもじと両手を擦るようにして小さく呟いた彼女だったが、さらに大きな音が下から響いたことによって冷静さを取り戻した。



「行きましょう! 」




 勝手知ったるように屋敷内を駆け出した永遠子に続いて、恭介も走り出した。木製の階段を滑るように降りて、音がする部屋の襖を勢いよく開ける。


 


「――何事だよ」




 音がしていたのは、昨日通された客間だった。だが昨日とは明らかに様子が違う。

 綺麗に誂えられていた生花は倒れ、座卓はひっくり返っていた。朝食と思しき残骸が辺りを汚し、綺麗な模様が施された皿が無惨に割れている。いろいろなものが混ざり合ったせいで発した嫌な匂いが、部屋中に広がっていた。


 


(これは、ひどい)




 そんな部屋の中には、二人の人物がいた。一人は風凜かざり。驚いたように目を見開き、畳の上で腰を抜かしている。割れた皿で切ったらしく、指から血を滴らせていた。



 そして彼女の目の前に、一人の少年が立っている。風凜と良く似た金色の髪に、薄緑色の瞳。年齢的に考えても同じくらいの少年だ。

 その少年が、風凜に向けてさらに座卓の上の物を落とすように腕を払った。




「なんでこの僕が、お前のような異能も使えないクズでノロマな女と一緒に食卓を囲まないといけないんだ! クズはクズらしく目立たないように隅の方で申し訳なさそうにしてろ! 」

  



 赤と紫。カクテルグラスの形をした"器"を持つ少年が、怒りと嫌悪を露わにして風凜を睨みつけていた。



 やがてしばらく風凜を睨みつけていた少年は、気分悪そうに大股で客室を出て行った。残された風凜は唖然としたまま動けずにいる。

 そんな彼女に手を貸した永遠子が、血を滴らせている指を見てため息をついた。



「――また出雲くんは怒ってるの? いい加減なんとかならないのかしら。目も当てられないわ 」




 ちょっと待っててと救急箱を取りに行った永遠子を見送ると、同じように二人が出て行った襖を風凜が見つめている。バツが悪そうな顔をして笑う風凜と目があった。





 消毒液をかけ綿花で傷口を拭う、清潔にした指先に絆創膏を貼り血を止める。一連に動作を無駄なく終わらせた永遠子が風凜に問うた。何があったのか、と。すると風凜は苦笑いで答えた。



「――実はこのたびの視察は、私と出雲の二人で行うようにと父から言いつかってまして。出雲は今朝こっちに着いたばかりでしたので、一緒に朝食を摂ろうと提案したところあのような展開になってしまって……」



「なるほど……。それは、よくない展開ね……」



 


 事のあらましを知って、永遠子は頭を抱えている。とりあえず先程の少年が出雲ということだけは分かったが、風凜との関係性が見えない。顔はとても似ているが。




「出雲だっけ? どういう関係? 」





 飛び散った破片を片付ける風凜を手伝いつつ、恭介は尋ねた。するとそれに永遠子が答える。




「風凜と出雲くんは、双子なのよ。風凜が姉、出雲くんが弟。だからとてもよく似ているでしょう? 」




 箒を片手に永遠子が説明してくれた。確かにとても顔がよく似ていた。普通の姉弟よりも、明らかに。

 


(双子ねぇ……。なんか嫌な予感がする)




 確か古来の爾溢にほんでは双子は忌み子として嫌煙していなかったかと、恭介は思った。しかも男女の双子。面倒ごとの匂いがぷんぷんしている。

 



「なるほど。それで、出雲が風凜にあんな態度を取る理由はなんなんだ? あれは血を分けた姉を見る目じゃなかったんだけど……」





 残念ながら無駄になってしまった朝食は作ってくれた料理人に謝って片付けてもらった。見るも無惨になった残骸に膝から崩れ落ちた料理人。理由を話すと出雲と風凜の関係性を知っているせいか、それ以上は追求してこなかった。


 


「――それは、私が異能を全く使えないからです」





 風凜が消え入るような声で言った。そういえば於爾が見えないと言った時に、そのようなことを話していた。




「でもそれは、風凜のせいじゃないわ! 生まれるよりも前のことなんだからどうしようもないわよ」





 慰めるように風凜の両手を永遠子が握る。ありがとうございますと風凜はそう言ったが、どうにも顔色が悪い。

 どうしようもない事実を前に、ラウンドグラスの"器"が藍と紫の色に染まっていく。後悔を抱いているようだ。




「生まれる前に、何か問題でもあったのか……? 」





 繊細な問題であったので非常に聞きづらかったが、ここは心を於爾おににして踏み込んだ。他人に話すことで少しでも心が軽くなることを願って。すると風凜は後悔の色を少し弱めながら、真実を口にした。




「私は、異能の力を全く使えません。それは生まれるより前に、出雲に全ての『氣』を吸い取られてしまったからです。そのせいで私は異能を使うために必要な『氣』を失ってしまいました」




(また『氣』か……)





 於爾退治をした際に永遠子が込めたもの。あれも『氣』だった。どうもその『氣』というものが、全ての謎を解く鍵になりそうだった。




◆◆◆



 ひとまず視察をしなくてはならないので、朝食を頬張った。残念ながら出雲がおしゃかにしてしまったのでコンビニ飯である。彼方が運転する車に乗って、四人は後部座席で無言で目の前の食事にありついていた。




(きっまず……)




 さすがに風凜と出雲を隣に並べるわけにはいかないため恭介が出雲の隣に座っているわけだが、かなり気まずい状態が続いている。

 貧乏ゆすりをしつつ、時折舌打ちをする出雲。何がそんなに気に入らないのかは知らないが、精神がすり減りそうだと恭介は思った。




(とりあえず、早く終わってくれ……)


 


 前で和かに談笑する少女たちとは雲泥の差。恭介の周りは絶対零度のごとく巨悪な感情がびしびしと伝わってくる。




「一旦車を停めて、聞き込みでもしましょうか」

 


 


 前後で空気の違いを感じとったように彼方が言う。さすがは大人代表。気遣いの塊である。




「そうですね。昨日於爾おにが現れたなら、何か痕跡があるかもしれませんし」




 

 昨日の出来事を思い出して、風凜が頷いた。それにより彼方がゆっくりとスピードを落とした。次第にタイヤの擦れる感覚がなくなり、静かに車体が停止する。

 止まったのは、小さなバス停の一歩手前。山道のような場所で、あまり人がこなさそうな見るからに人里離れた場所である。




「あれ、ここって――」

 




 車を降りた永遠子が、不思議そうに辺りを見渡した。そんな彼女を促すように「行きましょう」と彼方が指差すのは獣道のような山の隙間。



 


「え、こんなとこに何があるんだよ――」



「大丈夫、大丈夫! 行きましょう! 」

 


 

 何も知らない恭介を放ったまま、事情を知る風凜と出雲が山の隙間に入っていく。その異様な光景にあたふたとする恭介の背中を押した永遠子。

 


 何がなんだかさっぱりわからない。説明を求める彼の言葉は届かないまま、五人は細い山道を登って行った。


 

 深い木々の間を抜けるように歩くこと数分。山道が大きく開けた場所に、茅葺き屋根の小さな家が見えてきた。うまく山水を利用しているのか水車が回るその家は、どこか懐かしい感覚を与えてくれる。



 

「着いたわよ。ね、大丈夫だったでしょ?」





 恭介の背中を押していた永遠子が手を離した。それから家の前に立とうと歩き出した瞬間、その家の裏から襲いかかるように於爾おにが飛び出してきた。


 



 

 

 

 

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