第9話 忍び寄る脅威

 チーム対抗実習での優勝から数日。『アベレージ・ワン』の四人は、奨励金も使い果たし、再び王都のギルド支部を訪れていた。


「むー! 上位種ホブゴブリンも倒したんだ! もう私たちは卒業でいいと思うぞ!」


 エルザが、依頼書クエストボードを眺めながら、次の戦いを求めてうずうずしている。


「エルザ、調子に乗らないの。私たちはまだ学生よ。地道な依頼も……」


 アリアナがいつものように窘めようとして、言葉を止めた。ギルドの酒場エリアが、いつになく騒がしい。いや、騒がしいというよりは、……重苦しく、殺気立っていた。


「……どうしたんでしょうか」


 リリィが、その異様な雰囲気を察知する。普段は陽気なベテラン冒険者たちが、血相を変えてテーブルを囲み、声を潜めて情報を交換している。


「……『鋼のグリフォン』が、壊滅したらしい」

「馬鹿な! あのベテランたちがか!?」

「南の古代遺跡だ。……相手は、『魔人幹部』だったと……」

「くそっ! 魔王軍の動きが、本格化しやがった……!」


「「「……!」」」


 その不穏な会話に、四人の顔から、いつもの賑やかさが消えた。


「『鋼のグリフォン』……」


 アリアナが、青い顔で呟く。


「……アリアナさん、知ってるんですか?」

「ええ……。リーダーのバルガスさんは、伯爵ちちとも旧知の仲の、尊敬すべきベテラン冒険者よ。その人たちが……壊滅?」


 『魔王軍』。今まで、どこか遠い世界の脅威、あるいは学生の自分たちには関係のない、ベテランの冒険者たちが相手にするものだと思っていた。そのベテラン冒険者が敗れた。


 その時、ギルドの鐘がけたたましく鳴り響いた。学園からの緊急招集の合図だ。



 ◇



 学園の大講堂は、全ての生徒で埋め尽くされていた。教壇に立ったのは、ギルドマスターと、元有名な魔術師の学園長だった。


「――諸君らも、薄々気づいているだろう。脅威は、王都のすぐそこまで迫っている」


 学園長が、重々しく口を開く。


「昨日、南の古代遺跡にて、高ランクチームが、魔人幹部と交戦。……敗北した」


 講堂が、恐怖と驚きでどよめく。


「ギルドと王都正規軍は、現在、その魔人幹部の追跡にあたっている。……だが、相手は非常に狡猾で、気配を消し、王都への侵入を企てている可能性が高い」


 学園長は、集まった全生徒を見渡した。


「よって、本日この時をもって、王立学園の全生徒チームに、を発令する! 内容は、『王都周辺の防衛ライン警ら』および『魔人幹部の索敵』!」


「「「……!」」」


「いいか、よく聞け!」学園長が、声を張り上げる「これはだ。しかし、諸君らはまだ学生だ。諸君らの任務は、あくまで索敵と報告! 万が一、……万が一、対象と遭遇した場合、絶対にしてはならない! 即座に魔力信号フレアを上げ、撤退せよ! いいな!」


 重苦しい雰囲気の中、生徒たちは、自分たちの日常が、終わりを告げようとしているのを肌で感じていた。


「……行くぞ」


 エルザが、いつもの『戦える!』という無邪気さではなく、固い決意を込めた声で言った。アリアナ、リリィ、シノンも、強く頷く。 『アベレージ・ワン』は、彼女たちに割り当てられた王都南方の森林地帯へと、駆けだした。


 ◇


 森は、不気味なほど静かだった。薬草採取の時に感じた『魔力酔い』よりも、さらに冷たく、重いが、空気を支配している。


「……嫌な感じね」


 アリアナが、魔力計マナ・コンパスを構える。針は、意味もなく震えているだけだ。


「エルザ、油断しないで。リリィ、いつでも治癒ヒールを」

「む! 分かってる!」

「はい……!」


 三人が、極度の緊張の中で周囲を警戒する。シノンは、その森の空気を吸い込んで……顔をしかめた。


▶(シノン)◇


(……なんだろう、この感じ)


 じいちゃんとの『基礎訓練』で、上位種ホブゴブリンの巣穴に入った時よりも、暴風竜テンペストドラゴンに睨まれた時よりも、もっと……嫌な感じがする。


 冷たくて、暗くて、まるでそのものが、すぐ側を歩いているような……。


 じいちゃんが言ってた。 「シノンよ。本当の強敵はな、音も立てず、気配も殺して、お前の喉元を狙っておる。『基礎』の索敵を怠るな。五感すべてで、空気の違和感を探せ」


(違和感……)


 私は、目を閉じ、意識を森全体に広げた。


(……!)


 見つけた。ほんの一瞬、ほんのわずか。風の流れと逆行する、小さな淀み。


(あそこだ!)


▶◇◇◇


「アリアナさん!」


 シノンが、小声で叫ぶ。


「あっちの……一番太い木の、影の中!」

「……!?」


 アリアナが、シノンの指差す方向を睨む。そこには、ただの木の影があるだけだ。魔力計マナ・コンパスも反応していない。


「シノンさん、本当なの? 何も……」


「――ほう」


 低い、地の底から響くような声が、森に響いた。シノンが指差した影が、ゆらり、と揺らめいた。

 影が、人の形を取る。漆黒のローブを纏い、顔は見えない。ただ、そのフードの奥で、二つの赤い光だけが、静かに四人を見据えていた。


「……よくぞ見破った、小娘」


 魔人幹部。『鋼のグリフォン』を壊滅させた、圧倒的な脅威。


「……っ!」


 アリアナは、震える手で、魔力信号フレア筒を取り出そうとした。


「学園長の命令通り、私たちは……!」

「無駄だ」


 幹部が、指を鳴らす。


 パチン――アリアナの手の中の魔力信号フレア筒が、黒い霧に包まれ、ボロボロと崩れ落ちた。


「な……!?」

「この一帯は、すでに私の『影界シャドウ・フィールド』の中。音も、光も、魔力も、外には漏れんよ」


 絶望的な言葉だった。報告も、撤退も、できない。


「……やるしかない、ってことか!」


 エルザが、恐怖を振り払うように、大剣を構えた。


「アリアナ! リリィ! シノン! こいつを倒さないと、帰れないぞ!」

「……ええ! やるわよ!」


「『氷槍アイスランス』!」


 アリアナの最大魔力が、幹部を襲う。だが、幹部は、迫る氷の槍を、指二本でつまみ……粉々に砕いた。


「……は?」

「なに……!?」

「うりゃあああ!」


 アリアナの動揺をカバーするように、エルザが突進する。


「エルザさん! 魔力強化ブースト!」


 リリィの支援を受け、強化された大剣が、幹部の胴体を薙ぐ。しかし、幹部は、その大剣を、ローブの袖で、受け流した。


「……!」


 エルザは、自分の全力の斬撃が、まるで柳に風のように、手応えなく空を切ったことに驚愕する。


「……遅い」


 幹部の呟き。エルザは、自分の腹部に、柔らかなが触れたのを感じた。  ローブの袖だ。


 ドゴォッ! 次の瞬間、エルザの体は、見えない衝撃波によって、くの字に折れ曲がり、森の奥へと吹き飛ばされた。


「がはっ……!?」


 巨木に叩きつけられ、エルザはそのまま動かなくなった。


「エルザ!」「エルザさん!」


 アリアナとリリィの悲鳴が響く。


 幹部が、ゆっくりとアリアナとリリィに向き直る。


「……絶望するがいい」


 幹部の足元の影が、まるで生き物のように伸び、二人の足を拘束する。


「きゃっ!?」「いやっ!」

「安心しろ。殺しはせん。お前たちには、良い餌になってもらう」


 幹部が、二人に手をかざす。その手に、黒い魔力が集まっていく。


「……やめて」


 静かな、だが芯の通った声が、幹部の動きを止めた。シノンだった。


 彼女は、ただ、まっすぐに、その赤い二つの光を見据えていた。


「……ほう? まだいたか、索敵の小娘」

「その人たちを、離して」


▶(シノン)◇


(ダメだ……!)


 エルザさんが、一撃で。アリアナさんも、リリィさんも、捕まった。


(私の『日常』が……私の『友達』が……!)


 じいちゃんと『基礎訓練』で戦った、暴風竜テンペストドラゴンよりも、……もしかしたら。


(ここで私が本気を出さなかったら……、みんな死んじゃう!)


 私は、覚悟を決めた。


▶◇◇◇


「……あなたが、私の『日常』を壊すなら」


 シノンの纏う空気が、変わった。今までの、どこにでもいる少女の気配が、完全に消え失せる。代わりに、そこにあったのは、研ぎ澄まされた強者の気配。


「私も、『基礎』であなたを止めます」


 シノンは、ゆっくりと、腰を落とす。祖父マグナスに叩き込まれた、無数の『基礎体術』。その、最強の構え。


「……!」


 魔人幹部が、初めて、その赤い目を見開いた。魔力ではない。その構えから放たれる、純粋な気の圧力が、幹部の『影界シャドウ・フィールド』を、ビリビリと揺らしていた。


「……貴様、その構えは……!」


 幹部の脳裏に、数十年前、自分たち魔人軍を壊滅させた、一人の人間の姿が蘇る。


「……まさか、マグナスの……!?」


 シノンの「平凡」が、初めて、世界最強の脅威と、真正面から対峙した。

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