第2話 結末の責任

 「ああ、お嬢様! よかった、本当によかった。早く旦那様にお知らせを。」


 目を覚ました時に私の視界は半分しかなかった。

 体も動かず、だが痛みなどは無かった。

 侍女たちが大急ぎで部屋を出ていき、年配の侍女と私だけが部屋に残された。

 侍女は涙を流しながら色々と言っていたが、よく聞き取れず私は片方の視界から見えるものについて考えを巡らせた。


 どうやら記憶の中にあるサロンの部屋ではないようだ。

 白い壁面に囲まれ、他のものが一切無い。異常な部屋だった。

 よくよく見てみると白い壁面にはびっしりとなにがしかの文字が刻まれている。普段の自分だったらなんだかすごいファンタジーっぽいと思って興奮していただろうが、そんなことよりも考えなければならないことがあった。


 ―――意識が落ちる前に母の声が聞こえた。


 自分はサロンの運命を変えることができた、のだと思う。

 その代わりにサロンはサロンでは無くなってしまった。

 私という異物が入り込んでしまった。


 この世界は私がよく知るゲームの中の世界と同じ世界だった。そのことがわかるのに自分自身のことについてはもやが掛かって上手く思い起こせない。ただ自分がこの世界ではない日本で生まれて、この世界を舞台にしたゲームに熱中していた記憶だけがある。


 いわゆる異世界転生という状況に近いが、それだとすると色々おかしいことがたくさんある。

 いわゆる異世界転生や異世界転移というものでは特別な能力やら何やらが与えられたり、それを獲得していくのが定番だが、それらには必ず死んだり、何かしらの事故や事件に巻き込まれたりといった切っ掛けがある。


 私にはそれがない。

 突然記憶が思い起こされて、サロンと混ざり合ってしまっている。

 自分が元の世界でどうなったのかすらわからない。


 部屋のドアがいきなり開け放たれる。

 白服の女性二人と先程出ていった侍女の一人、そして父が入ってきた。


 ああ、よかった。お父様は生きていた。

 自分のしたことは無意味ではなかった。

 

 父は私を一瞥した後に、白服の女性二人に色々と申し付け、部屋を出ていった。何を言っていたのかは聞き取れなかった。私は白服の女性たちにペタペタと体を触られ、痛むところは無いか等色々聞かれた。痛むところは無かったが、触られ方からして自分の右腕がやはり無くなっていたことに少しショックを受けたぐらいだった。


 一通り触診されたあとに、白服の女性たちは部屋から出ていき、侍女たちに甘い湯のようなものを飲まされる。少しすると、虚ろ虚ろと眠気がやってきた。


 お母様にも早く会いたい。

 

 父が生きていたことや自分がやったことに意味があったという安堵から私はその後すぐに眠りに落ちた。



 


 ★





 目を覚ましてから数日は色々とあった。


 代わる代わる色々な人たちが見舞いに訪れては出ていくの繰り返し。

 皆一様に最後には父によろしくと言って帰るまでがセットだった。

 空いた時間には白服の女性たちがやってきて呪いのようなことをブツブツと呟きながら、体を触られる。どうやら何かしらの治療のようで、日に日に体は動くようになっていった。ゲームの中でも施療院や教会組織では回復ができたから、実際にはこんなことが行われていたのだろう。


 治療が効いてずっと塞がれていた左目の包帯も取れて目が見えるようになった。

 流石に食い千切られた右腕が生えるようなことは無かったが、10日もすると立ち上がって歩けるようになった私は今後のことを考えた。


 サロンの運命は変わった。

 彼女のターニングポイントとなった父と母の死は防がれた。

 

 残ったのは私自身の問題だ。

 サロンはサロンではなくなってしまった。


 私という記憶の影響でサロンでありながらサロンではなくなってしまった。

 ある意味で私という記憶がサロンを塗りつぶして殺したとも取れる。

 私にできることはなんだろうか、と考える。


 ゲームの通りのサロンを演じきる。

 それとも、私という記憶の存在を引き剥がす方法を探す。


 前者はなんとか可能かもしれないが、後者に至っては方法すらわからない。

 

 私はサロンの父と母になんと振る舞えばよいのか。


 サロンを愛してくれている人々になんと言葉をかければよいのか。


 わからないことばかりだ。


 だけど、いつも私のやることには変わりがない。

 あの時、母のために魔物に向かっていった時のように、サロンであった時も、そして私という記憶が現れた後であっても。


 やるだけやる。


 これは変わらない。私がサロンを好きになった理由だ。

 そのせいで、ゲーム終盤に婚約破棄という形で痛い目に会うことになるのだが、それはそれだ。


 ドアが開かれる。

 白服の女性たちの治療が終わったあとにはいつも夕飯の時間になるまで誰も来ない。開かれたドアの先にいたのはいつも世話を焼いてくれる年配の侍女と父であった。


 「身支度を整えさせた後に連れてきなさい。」


 感情の読めない顔をした父はそれだけを言った。

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