第34話 教授vsバフォメット
「何をしているんですか!」
教授の怒鳴り声が、夜の境内に響き渡った。
大きな声を上げるところを見るのは初めてで、わたしに向かって言われたわけじゃないのに思わず固まってしまう。
教授は懐中電灯のスイッチを入れると、バフォメットにずんずんと歩いていく。
緑の明かりで照らされたバフォメットは、両手で顔を覆ってたたらを踏んだ。
「あなた、何をしているんですか! ここは立入禁止ですよ!」
「な、何とは何ですか! 私は正式な許可を得てますよ! あ、あなたこそ誰なんですか!」
詰め寄る教授に、バフォメットは早口で言い返す。
こちらもいつもの余裕綽々な態度とは大違いだ。
「私はS大の榊原です。間堺町から正式な依頼を受けて調査をしています」
「そ、そうですか。私はメイオーエコライフシステムズのバフォメットです。開発の検討に当たって正式な許可を得ていますよ」
バフォメットがスーツの懐から一通の書類を取り出した。
そこには確かに、町から立ち入りが許可されている旨の記載がある。
「ほう、メイオーのバフォメットさんですね。承知しました。確かに見積もりに必要な下見の許可は得られているようです。しかし、魔素吸収剤を散布されていたのはどういう了見でしょうか? こんなことをされたら、正確なアセスメントができなくなることぐらいはおわかりでしょう」
さらに詰め寄る教授に、バフォメットは両手を広げて肩を竦める。
不意打ちの衝撃が和らいだのか、広角の片方を歪め、挑発的な表情を作っていた。
「それはもちろん、業務の一環ですよ。この封印施設の施工はメイオーエンバイロメンタルテクノロジーが請け負っていますからね」
「先ほどと社名が変わっていますが?」
「失礼。弊グループではプロジェクトごとに関係会社にまたがって在籍するのがスタンダードでして」
また横文字の怪しい社名が出てきた。
そういえば、バフォメットの所属はメイオーアグリなんちゃらだったはずだが、それも複数ある在籍企業のひとつだったってことか。なんか怪しい匂いがぷんぷんするのは気のせいだろうか。
「封印施設と魔素吸収剤がつながりませんが?」
しかし、教授はそんなことでは丸め込まれない。
ずいと一歩踏み込んで、バフォメットを詰める。
「なに、アフターケアですよ。施設の完成前に漏れていた瘴気が残留しているかもしれませんからね。念のための対策です」
「夜に作業する理由にはならないでしょう」
「それは単に私が多忙というだけですよ。弊社の事業には根拠もなく誹謗中傷をする者が多いですから、無駄な手間ばかりかかってしまってね」
「魔素濃度は低下していました。それが後から濃度を増したのなら、封印施設の施工に問題があったのでは?」
「種々の環境用によって魔素溜まりが生じることもあります。それが移動すれば局所的に濃度に変化が発生することもあるんですよ」
ああ言えばこう言う、とはまさにこのことだろう。
教授の追求に、バフォメットはくるくるとよく回る舌で応戦している。
客観的に見れば夜中にこそこそ作業をしている時点で怪しさマックスなのだが、飄々として後ろめたさなど微塵も見せない。
異世界のヤギ獣人は、口から先に生まれてくるのだろうか。
「とにかく、あなたの行為は調査の妨害です。町役場には報告をさせていただきますよ」
「どうぞご自由に。当方は正当な業務を遂行しているまでですから。ところで調査とおっしゃいましたが、これは正式な調査なのですか? 私の記憶が正しければ、環境調査計画に夜間調査は含まれてしなかったと思いますが」
バフォメットがいやらしい笑みを浮かべ、教授が言葉を詰まらせた。
そうだ、今夜の調査は正式なものではない。
亀永さんに黙認してもらっているだけのイレギュラーなものなのだ。
「そうそう、私の業務は魔素吸収剤の散布だけではないんですよ」
教授の脇をすり抜けて、バフォメットがこちらに向かってくる。
わたしは思わずファイティングポーズを決めて身構えた。
何だこの野郎! やろうってのか!
「あなたになど用はありませんよ。邪魔です」
しかし、バフォメットはわたしをスルーしてお社の裏に回り込む。
「あー、やはり
バフォメットは「雑草」という単語をひとしきり強調し、乱暴にツタを掴む。
ツタが暴れ、バフォメットの腕に絡みつくが動じた様子はない。
〈灰に還れ〉
その一言とともに、ツタが瞬く間に萎れ、ぼろぼろと崩れ去った。
後には細かな灰が残ったが、それすらもありやなしやのそよ風に拭かれて跡形もなく消え去ってしまった。
「さて、これで残業終了です。管理職は残業手当がつかないのがつらいところですね。ああ、臨時職員さんが羨ましい。残業手当でしっかり稼いでくださいね」
業務外で来ていることを見透かしたのだろう、バフォメットが嫌味ったらしいセリフを残して山道を下っていく。
そのいけすかない後姿を、わたしは「ぐぬぬ……」と歯ぎしりをして見送ることしかできなかった。
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