第7話 業務開始
ごりごり。
ごりごり。
今日も今日とてスコップで、用水路の側壁を削る。
スコップを握る軍手は高機能なものをホームセンターで仕入れてきた。
掌が全面ゴムだから、いぼ付きの軍手よりもずっと力が入りやすい。
ちゃぷちゃぷ。
ちゃぷちゃぷ。
胴付長靴も役場の備品ではなく、自前のものに変えた。
こちらもホームセンターで買ったいくらか高機能なものだ。
インナーがメッシュになっていて、通気性がよいのがありがたい。
7月の直射日光はもはや殺人的であり、暑さ対策が必須だったのだ。
梅雨?
令和ちゃんはそんなものは忘れてしまったようだよ。
ISEKAI課の臨時職員になってから早1ヶ月。
仕事にもすっかり慣れて……というか、毎日毎日スライム駆除しかしていない。
日に一度は宿敵合体スライムに遭遇するが、いまでは落ち着いたものだ。
しばらく放っておけば数分で勝手に崩れ出す。
コツは近寄らないこと。
近寄ると飛び散った粘液でひどいことになるからだ。
「毎日精が出るねえ。ありがたいねえ」
「いえいえ、仕事ですので」
近所のおばあちゃん――初日に出会ったおばあちゃんだ――がやってきたので、気恥ずかしさをおぼえながら応じる。これは給料をもらってやっていることで、改めて感謝されるとなんだかお尻がむずがゆくなってしまう。
「ええ、今日も精を出しているわ」
「ウーナちゃんもありがとうねえ」
一方、ウーナはそういう気恥ずかしさはないのか何のてらいもなく微笑んでいる。これが異世界人との違い、文化の差というやつか――と思いかけたけど、絶対違う。
ビーチパラソルの影でチェアに寝そべりながら堂々と「精を出している」などと言い張れるのは、いくら異世界人でもウーナぐらいだろう。神経が太いのか、感性がズレているのか……いや、きっと両方だな。
とてもまともに仕事をしているようには見えないのだが、このおばあちゃんを筆頭に地域住民からの人気は非常に高い。
最近気がついたのだが、ウーナに近づくとちょっとひんやりする。
もしかして天然のクーラーとして重宝されているんだろうか。
「近頃また暑くなってねえ。お願いできるかねえ」
「ええ、わかったわ。どの辺りかしら」
「ありがとうねえ」
なんて考えていたら、ウーナがおばあちゃんに連れられて歩き出した。
ひょっとして本当にクーラーとして利用されてる?
用水路をガリガリしながら着いていくと、田んぼの一角で立ち止まった。
見たところ何の変哲もないが、ここに一体何があるんだろう。
「ここはため池から遠くてねえ。水がぬるまっちゃうんだよ。ひどいときはもうお風呂みたいでねえ」
お風呂みたいって、それはさすがに大げさだろう。
気になって軍手を外して田んぼの水に手を浸してみると――
熱っ!?
いや、びっくりしただけで火傷するような温度じゃない。
とはいえほんとにお風呂みたいだぞ。
40℃近くあるんじゃないだろうか。
「雪よ、雹よ、おねがい」
驚くわたしをよそに、ウーナが右手を田んぼに向かって伸ばす。
細く長い指をたおやかに伸ばす姿はまるでお芝居のワンシーンみたいだ。
突然、涼しい風が吹いたかと思うと、辺り一面に粉雪が舞った。
雲一つない青空の下、夏の陽光を浴びた雪の結晶がきらきら輝く。
幻想的な光景に、わたしは思わず見惚れてしまう。
「ありがとうねえ。これで今年の稲も大丈夫だねえ」
「ええ、わたくしがいれば大丈夫よ」
「本当にありがとうねえ。今年も新米をごちそうするねえ」
「塩むすびがいいわ。それに昆布も好きよ」
あっ、そうか、高温障害対策なのか。
と遅れて気がついた。
稲は暑すぎると品質が悪くなるとニュースで見た記憶がある。
もう一度田んぼに手を入れてみると、水がひんやりしていた。
クーラーはクーラーでも、稲用のクーラーとして重宝されていたわけだ。
そりゃあ住民に感謝もされる。
こんな荒業は人間にはとても真似できない。
「そろそろお昼時だねえ。ごちそうするから、うちにおいで」
「ええ、お呼ばれするわ。カルピスは濃い目が好きよ」
「ああ、そういえばエアコンの調子が悪くてねえ。暑かったらごめんねえ」
「大丈夫よ。わたくしが風におねがいするわ」
「それは助かるねえ。近頃は電気代も高くてねえ」
あ、これは人間用のクーラーとしても重宝されてるわ。
おばあちゃんもおばあちゃんで、人が好さそうな顔して抜け目がないぜ……!
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