間堺町役場よろずISEKAI課

瘴気領域@漫画化してます

第一章 握れスコップ!スライム退治編

第1話 臨時職員募集

 要約すれば、上司を殴って会社をクビになった、ということになる。

 前職で最後に記憶に残っているのは、飲み会で後輩の女の子に執拗に言いより、半ば強制的にホテルへ連れ込もうとしていた上司のやに下がったヤギ面だ。そこでぷつんと記憶が途切れているのだが、後に聞いたところによると頭からビールをぶっかけ、おまけにジョッキで殴ったらしい。


 これを教えてくれたのはわたしが助けた後輩ちゃんだ。

「私より細くて背も低いのに、獣人の男の人に立ち向かえるなんて先輩はすごいです」と目をキラキラさせていた。何ならクビになったわたしの生活の世話もしてくれそうな勢いだったが、残念ながらそちらの趣味はないので丁重に辞退した。

 なお、「細い」という言葉とともにわたしの胸に視線が注がれていたような気がするのはたぶん被害妄想だ。


 気を取り直して東京で再就職活動に挑むこと3ヵ月。

 わたしは現実の厳しさに直面することになった。

 まったく、

 完全に、

 どうしようもなく、

 ガチで就職先が見つからないのだ。


 ほとんどが書類審査で弾かれ、やっと面接にたどり着き、好感触でもあえなくお祈り。少しでも次に活かすために不採用理由を聞いていく中で、一社がこう漏らした。


「ここだけの話、水崎みずさきさんを雇うとメイオーさんから睨まれそうで……」


 メイオーコーポレーション。わたしの前職だ。

 あのクソ部長、わたしの再就職を妨害するために手回ししていたらしい。

 異世界出身の社長が創業し、瞬く間に時価総額世界1位へと駆け上がったメガベンチャーだ。そのビジネス領域はいまやありとあらゆる業種にまで拡大しており、メイオーとまったく無関係な仕事は存在しないと言ってもいい。

 つまり、わたしの東京での再就職はもはや絶望的だということだ。


 というわけで、新卒で就職してからわずか3年。

 わたしは東京を捨て、故郷であるこの間堺まさかい町に帰ってきた。

 田舎であればメイオーの息がかかっていない小さな店や会社もあるだろうし、なんなら実家の仕事を手伝ってもいい。


『次はぁー、彼岸橋下ぁー、彼岸橋下ぁー』


 山なりに伸びる橋に差し掛かる辺りで、バスのアナウンスが響く。

 実家の最寄りのバス停だ。降車ボタンを押すと『ぽーん』という気の抜けた電子音とともに、『とまります STOP』の表示が点灯する。


 バスはするすると橋を上る。

 窓に目をやると、土手に挟まれた彼岸川の流れ。数十メートルの川幅を、カルガモがすいーっと横切る。

 土手を越えると田んぼが広がる。

 青々とした稲が初夏の柔らかい風に波打っていた。


 バスを降り、運転手さんにちょこんと頭を下げて、実家に向かう道を歩く。

 田んぼエリアの端っこにあるおまけみたいな住宅街だ。

 その真ん中にある児童公園の掲示板にふと目が止まった。


〈間堺町役場よろずISEKAI課 臨時職員募集〉


 町役場からのお知らせだった。

 A4用紙に所狭しと躍る創英角ポップ体フォントが、いかにもな手作り感を滲ませている。

 町の掲示板なんて気にしたこともなかったのによく気がついたものだと思うけれど、ここ最近の求職活動で、求人情報には無意識に反応するようになっていたんだろう。思わず苦笑してしまう。

 とはいえ、これはありがたい情報だ。

 メモっておこうとバッグからスマホを取り出したときだった。


「あら、あなた、お仕事を探しているのかしら?」


 女の子の声が聞こえた。

 きょろきょろするが、声の主が見当たらない。

 空耳か……と思ったら、「こっち、こっちよ」と頭の上から声がする。

 見上げると、けやきの木の枝にひとりの女性が腰を掛けていた。

 古代ローマ人が着ていたようなゆったりとしたトーガに身を包み、腰まで伸びたプラチナブロンドの髪を風になびかせながら、サンダル履きの足をぷらぷらとさせていた。


「えいっ」


 彼女は小さく呟いて、樹上から飛び降りた。

 高さは3メートルくらいはある。

 反射的に「危ない!」と身体が動きそうになるが、彼女はそんなわたしの心配をよそに音もなく着地した。

 見ればプラチナブロンドの髪から覗く耳は尖って長い。

 たぶんエルフか、あるいはわたしの知らない妖精族。

 なぜエルフ以外の可能性を考えたのかといえば、トーガの特定部位の盛り上がりが半端じゃなかったからだ。こういうゆったりした服でもデカいとわかるなんて半端じゃねえぞちくしょう。自分自身のすっきりした胸元に手を当てて格差社会に思いを馳せる。


「はじめまして。わたくしはウーナ・ル・フェイよ。ウーナと呼んでくださればいいわ」

「は、はあ……」


 物の大小について哲学的な思いを馳せていたら、さらに話しかけられてしまった。胸に気を取られていたが、顔もとんでもない美人さんだ。生まれてから一度も日焼けなんかしたことがなさそうな白い肌。宝石みたいな薄い青色の瞳は長い睫毛で縁取られ、目が合うだけでドギマギしてしまう。


「聞こえなかったのかしら。わたくしはウーナ。あなたは?」

「あっ、は、はい。水崎みずさきミコと申しますごごごめんなさい」


 思わず謝ってしまった。

 つか、知らない人にフルネームを名乗ってしまった。


「有期契約ですけれど、契約中は準公務員の扱いで安定しているからこのご時世なら悪くないですよ、とカメナガは言っていたわ」

「はあ」


 カメナガ? 誰かの名前だろうか?

 いやそれよりも準公務員?

 何の話をしているんだ?


「準公務員、あなたも悪くないと思うのかしら?」

「それは、まあ。このご時世なら」


 公務員ならメイオーの嫌がらせもなさそうだ、と反射的にうなずいてしまう。


「そう、じゃあ決まりね。カメナガが慣れないパソコンで張り紙を作った甲斐があったというものだわ。では参りましょう」

「えっ、何が――」


 決まりなんだ、と言いかけたときだった。

 一陣の風が吹き、彼女の足元を中心に複雑な幾何学模様の魔法陣が広がった。魔法陣は見る見る範囲を広げ、わたしの足元まで伸びてくる。


「えっ、えっ、何!?」

「転移魔法よ」

「てっ、転移!?」


 魔法陣がひときわ激しく輝き、視界が真っ白に塗りつぶされた。

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