第12話


 闘技会の開会式は、実に簡素なものだった。

 僕が長く過ごしたドレアム王国だと、こうした催しの前には色々な儀礼が行われる。

 しかしこの北西部では、そういったものはどうやら堅苦しいと嫌われるらしい。


 一応は行われた開会式も、集めた選手を、賭けの参考にする為に観客に披露する以外の意味はなさそうだ。

 すると当然ながら、開会式で最も注目を集めたのは、僕の隣にいるゲアルドだった。 

 いや、まぁ、彼の場合はドレアム王国のように長く儀礼が行われても、やっぱり目立つだろうけれども。


 集まった選手はおよそ八十。

 これだけの人数がいると、当然ながら一人一人の紹介なんて行われない。

 名を売りたければ勝利して、人数が絞られるのを待たねばならなかった。

 ちなみに、一回戦はゲアルドから聞いていた通りに参加者を半分に分けての集団戦だが、負けたチームはもちろん全員がそこで終わりだが、仮にチームが勝利しても途中で気を失ったり脱落判定を受けた場合も、やはり先には進めないそうだ。


 肝心の一回戦のチーム分けは、僕はゲアルドと同じ青のチームだった。

 チームは、赤と青があって、選手は所属チームの色に染められた綿入りの鎧下を身に纏い、木製の模造武器で殴り合う事になる。

 尤も青といっても、染料の関係で藍色に近い青ではあるけれども。


 開会式の前、ゲアルドには隣に立ってろって言われたからその通りにしたけれど、どうやらそのお陰で彼と僕は大小で一組って扱いを受けたのだろう。

 ……些か釈然としないものは感じるけれど、僕はゲアルドはもちろん、他の屈強な参加者と比べても、少しばかり体が小さいのは事実だから仕方ない。

 これで不利になってるならともかく、ゲアルドと組めるという事は間違いなく有利な事だから。

 まぁ、試合が始まれば、そこで問われるのは体の大きい小さいよりも実力である。

 身体が大きいのは有利ではあるが、それが全てじゃないってことを教えてやろう。


 集団戦となる一回戦で僕が選ぶのは、両手をいっぱいに広げたよりも、更に腕一本分くらいは長い棒。

 両手をいっぱいに広げると、おおよそだが身長と同程度の長さになるというから、僕の身の丈よりも長い棒だ。

 ラドーラでの仕事で使ってた槍も丁度これくらいの長さだったから、今の僕にはしっくりとくる。


 武器を選べば急かされるように闘技場に出されて、チームごとに分かれて並ぶ。

 しかし並ぶといっても、思い思いに固まって立ってるだけで、整列と呼ぶには程遠かった。

 集団戦とはいっても、この有様では互いの連携も碌に取れやしないだろう。

 何しろ、この集団には指揮をする者もいないのだ。


 今はこうしてチームごとに分かれて固まっているが、試合が始まればすぐに敵味方入り乱れての集団戦になる事は避けられない。

 ならば僕はどう動くべきか。


 周りをぐるりと見回せば、目に入るのはやっぱり一際大きなゲアルドだった。

 他にも実力のありそうな参加者は何人か目に付くけれど、それでも彼が背の高さだけではなく実力も、頭一つ抜けて見える。

 ゲアルドが選んだ武器は、左右に一本ずつの棍棒か。

 片手武器を選べば、空いた手に木盾を持つ事もできるのに、それを選ばず武器を二つ持つ辺り、彼は大いに暴れる心算らしい。

 この試合の、いや、今回の闘技会で嵐の中心となるのは、間違いなくゲアルドだ。


 だったら僕は、精々その嵐を利用しよう。

 折角一試合目では味方同士になったのだから、使えるものは使わねば損である。


 開始を告げる角笛が吹き鳴らされると、

「「「オォォォォッ!」」」

 試合の参加者達が雄叫びをあげて、一斉に敵に向かって走り出す。

 赤い鎧下を身に纏った参加者達、つまり僕らの敵の多くが狙ったのは、当然のようにゲアルドだった。


 彼を放置して大暴れされると勝ち目がないと、赤のチームの面々はよく理解してるのだろう。

 だからって明らかな強者に自ら挑みに掛かるのは、相当の勇気がなくちゃできやしない。

 あぁ、やっぱり北西部に生きる者達は力を貴ぶから、その振る舞いは勇敢だ。


 けれども青のチームの面々は、ゲアルドが集中的に狙われても、手助けに入ろうとする者はいなかった。

 何しろ第一試合では味方でも、次もそうであるとは限らないし、優勝を目指すなら、必ずどこかで敵になる。

 故に青のチームの面々にとっては、ゲアルドは大いに敵を引き付けた後に、できればそのまま落ちて欲しい相手だ。

 チームが勝っても、それまでに脱落した者は次の試合に進めないから、あわよくばと考えて。


 ……なるほど、だからこそ左右に一本ずつの棍棒か。

 四方八方を複数の敵に囲まれれば、その攻撃を盾で防ぎ切る事は難しい。

 正面や、盾を持った側からの攻撃は防げても、逆側に、或いは後ろに回り込まれると、盾は用をなさなくなる。

 それくらいなら、両の手に武器を持ち、振り回して脅威を撒き散らした方が、結果として安全だった。

 恐らくゲアルドは、最初からこういった展開になる事はわかってて、敢えて盾を持たずに二本の棍棒を武器に選んだのだろう。


 でもそれは、少しばかり舐め過ぎだ。

 二本の棍棒に怯んで攻めあぐねる赤のチームでも、手助けをすることなく自分の戦いをするだけの青のチームでもなく、僕を舐めてる。


 僕はゲアルドに気を取られた敵の足を棒で払って転ばせた。

 こんな乱戦で、しかもゲアルドが暴れる間近なんかで転ぶと、誰かに蹴られて踏まれてそのまま動けなくなってしまう。

 実際に止めを刺したのは、その蹴ったり踏んだ誰かだろうけれど、観客席から見ていたら、僕が一撃で敵を倒したように見える筈。


 全く、この状況で、僕がゲアルドの手助けに入らない筈がないのに。

 第一試合でのチームの勝利を確実にするなら、それが一番の方法だ。

 また他の参加者に比べても小さな僕が、最も大きなゲアルドを助けるというのは、観客の印象に強く残る活躍として映るだろう。


 ラドーラの大会では、一位から四位までの成績優秀者と、それから果敢に戦って闘技会を盛り上げた立役者に、メダルが与えられる。

 多くの場合は大会の優勝者と立役者は同一人物になるそうだけれど、それは絶対という訳じゃない。

 故にこれは、勝利への貢献に消極的な青のチームの面々を差し置いて活躍するチャンスなのだ。

 僕がそれを見逃す筈がないだろうに。


 赤のチームの参加者は、ゲアルドが振り回す棍棒の威に押されて、僕の姿が見えてない。

 けれども全体を見下ろせる観客席からなら、僕の姿もちゃんと見えている筈だった。


 僕は敵の注意が自分に向く前に、腰と腕で支点と力点を作って、てこの原理を利用した一撃を打ち込んで、更に一人を昏倒させる。

 確かに試合前にゲアルドが言ったように、単純に殴り付けて気を失わせるには、僕の力は少しばかり不足気味だ。

 しかしうしてある程度の長さがある棒を使うなら、今のようなてこの原理や、しなりを利用して威力を増した一撃を放つ事が出来た。

 多少の力不足をカバーするだけの技術は、僕はちゃんと身に着けている。

 そういった意味でも、ゲアルドは僕を少しばかり舐め過ぎだ。


「ゲアルド、背中は任せて」

 敵を打ち据えた僕は、そのままゲアルドと背中合わせに、彼のカバーに入る。

 正直、ゲアルドのような強者をフォローなんて僕のガラではない気もするが、観客の視線を意識するなら、これが一番ウケるだろう。


「はっはっはっ、やるじゃねぇか!」

 武器を振り回すゲアルドが、上機嫌に呵々と笑って、先程よりも勢いを増して二本の棍棒を振り回す。

 僕は、嵐のように暴れる彼を利用して、僕はそれに翻弄された敵を一人一人仕留めていく。

 ゲアルドの動きと、それに対する敵の動きを冷静に見極めれば、撃破数を稼ぐ事は実に容易い。

 激しい嵐も、その風の流れを読み取って利用できれば、鳥は普段よりもずっと天高く羽ばたける。


 それから程なく、僕とゲアルドに多くを落とされた赤のチームは覆せない劣勢が明白な状態になって、試合の終了を告げる角笛が吹き鳴らされた。



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