第9話
「乾杯!」
その音頭と共に、傭兵達が木製ジョッキをぶつけ合わせた。
ジョッキの中身はエールやシードル、つまり酒だ。
二十数名の傭兵達がグビグビと酒を煽り、肉やパンに喰らい付く姿は、豪快を通り越して下品にすら見える。
だがそれが良いのだろう。
誰に見られる事を気にする必要はない。
今日はこの店を、傭兵達が貸し切っている。
普段は女性の給仕が居るって話だけれども、今は料理を持って走り回るのは急遽雇われたらしい男性だった。
実に懸命な判断だ。
女性が給仕をしていたら、酒で気の大きくなった傭兵が何をしでかすかわからない。
どうせ酒の後は女を買いに行くのだとしても、それまでの少しばかりの我慢ができない程に、今の彼等は箍が外れてる。
傭兵達は任務の成功と収奪の成果、そして何より互いの無事を祝い合う。
そこに気取った言葉は要らない。
酒があり、食事があり、笑顔がある。
それは生きる喜びに満ちた姿だ。
彼等は他人を殺して自分が生き延びた幸運を喜んでいた。
酒の匂いで浴びた血の匂いを流し、次に地に転げて無様な死を迎えるのは自分かもしれないという恐怖を忘れ、一時の快楽に溺れる。
そうして彼等は、また次の戦いへと向かう気力を養うのだ。
「おいこら、クリュー。ちゃんと酒飲めよ。何で果実水なんて飲んでるんだ。エールかシードルにしとけ。俺が取って来てやろうか?」
「こら、ゲアルド。変に絡むんじゃない。やぁ、クリュー君、今回は参加してくれて助かったよ。良い働きだった」
店の隅で気配を消して適当に食事を摘まみながら、傭兵達の醜態、もとい生きる喜びに満ちた姿を眺めてた僕に声を掛けて来たのは、ゲアルドと紅の猪隊の隊長だった。
今回の盗賊の分隊討伐で、ゲアルドは個別に参加した十名の傭兵の纏め役をしていたし、隊長は当然ながら紅の猪隊のリーダーだ。
そんな二人が揃って話し掛けて来た事に、僕は思わず首を傾げる。
「あぁ、少し君と、今後の事に関して話したくてね。どうやらゲアルドも同じ用だったらしいから、一緒に来させて貰ったんだよ」
笑みを浮かべた隊長の言葉に、ゲアルドは面白くなさげにフンと鼻を鳴らす。
……それにしても、今後の話か。
どうやら隊長も、それにゲアルドも、盗賊本隊との戦いはないものと見てる様だった。
彼等の中で既に今回の仕事は終わっていて、今は次にどう動くかを考えている。
そしてその次に、僕を誘ってくれる心算らしい。
それはとても有り難い申し出だろう。
どちらに付いて行くとしても、得る物はとても多い筈だ。
ゲアルドからは、強者としての振る舞いや生き方を学べるだろうし、リャーグとのコネクションだって生まれるかも知れない。
紅の猪隊と共に動けば、小規模な集団での動き方、または動かし方が身に付く。
何よりも、一人で動くよりも彼等と行動する方が間違いなく安全である。
だからこそ僕は、
「今後の予定は決まってます。まずはロンダで闘技会に参加して、それからルパンダの都市を巡って闘技会で得られるメダルを集めますよ。目に見える実績を作らないと、舐められますから」
隊長やゲアルドが続きを言う前に、その誘いには首を横に振った。
今回は傭兵として仕事に参加したけれど、僕はずっと傭兵として生きる気はない。
自分の未来には、まだしっかりと定まった目標はないけれど、どんな形になるにしても己の名を売り、大きく羽ばたきたいと思ってる。
これからの情勢は、ますます荒れて混沌として行くだろう。
つまり武力を以って立身出世を果たし易い世の中になる筈。
誰かから教わって力を蓄える時間は、ワルダべルグ家でたっぷりと過ごした。
今は思う儘に困難へと身を晒し、自分を大きく育てる時期だ。
ゲアルドや紅の猪隊に甘えてしまえば、僕は小さく纏まった人間になってしまう。
驚きに目を見開く隊長と、面白い物を見たと言わんばかりの笑みを浮かべるゲアルド。
「そ、そうか。……クリュー君には正式にうちに加わって欲しかったんだが、仕方ないな。やりたい事があるなら、無理にとは言わないさ。君とは敵として出くわさない事を願ってるよ」
あぁ、そういう可能性もあるか。
僕は隊長の言葉に頷いて、そうなった時の事を考える。
北西部で活動を続ければ、紅の猪隊やゲアルドと、戦場で敵として出会う事もあるかもしれない。
その時は彼らも一切の容赦はないだろうし、僕も同じく容赦はしない。
尤も、紅の猪隊やゲアルドを相手に、僕が勝てるかどうかはまた別の話だが。
紅の猪隊の傭兵は、一対一ならともかく、二人、三人を同時に相手して勝つのは物凄く難しいし、ゲアルドが相手ならそれこそ一対一でも厳しいだろう。
もちろんその時の状況次第にはなるけれども。
ただ顔見知りの分、敗れた際に命を取られる可能性は、ほんの僅かに下がる。
例えば不利な戦況で降伏するなら、見知らぬ相手よりも見知った相手の方が幾分はマシだ。
「なんだ、箔が欲しいならこんなところでメダルを集めるよりも、リャーグに行ってメダルを取るのが一番だぜ。リャーグは出してる硬貨の価値は低いけれどよ。メダルの価値は西方国家群で一番だからな」
ゲアルドがニヤニヤと笑いながら、そんな言葉を口にした。
……何ともまぁ、簡単に言ってくれるものである。
リャーグ人以外にとっては、リャーグに行く事すら命懸けになるというのに。
だがその言葉は間違いなく正しい。
リャーグが発行する貨幣の価値は西方国家群に流通する物の中で一番低いが、闘技会で得られるメダルの価値は、間違いなくダントツに高いだろう。
危険を冒しても行く価値は、確かに十分にある場所だ。
でもそれは、今じゃなかった。
色々と足りていない今の僕が一足飛びにリャーグに向かったところで、得られるものよりも失うものの方が多くなってしまう。
ちなみにリャーグ人の略奪部隊を避けてリャーグに向かうには、リャーグ人の商人に同行するのが確実だ。
その商人は、主に船で移動して、取引が成立しなければ途端に略奪者に変貌するという、半ば海賊のような存在だけれども。
「あぁ、でもクリューが出るなら、俺も久しぶりに闘技会に出てみるのも面白いか。よし、じゃあロンダまでは俺がクリューに付いて行ってやるぜ」
しかし続くゲアルドの言葉は、ちょっと予想外のものだった。
一瞬、ゲアルドに闘技会に出られると、メダルを得られる枠が減るからやめてくれと、そんな考えが頭をよぎったし、実際にそれを口に出しそうにもなる。
けれども僕は、舌の上にのっかった言葉を強引に飲み下し、……彼に向かって一つ頷く。
強敵の参戦を恐れて弱音を口にするようじゃ、僕はそこまでだ。
むしろゲアルドのような強者と、戦場ではなく、命を落とす危険が低い闘技会で戦えるのは、自分を磨く好機だろう。
「わかったよ。じゃあ、ロンダまでよろしく」
僕が手を差し出すと、ゲアルドは一瞬驚いたような顔をして、それから嬉しそうな笑みを浮かべて、その手を痛いくらいに強く握り返してきた。
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