第11話 「ずれ始めた日常」

 週明けの夜。

 美咲のアパートのリビングには、コンビニ弁当の容器が散らばっていた。

 ソファに寝転ぶ健司は、スマホをいじりながらポテトチップスを口に放り込み、テレビから流れるお笑い番組に声をあげて笑っている。


(……仕事、探すって言ってたよね?)


 朝から出かける気配もなく、気がつけば一日中こうしている。

 散らかったテーブルの上には、美咲の財布が置きっぱなしになっていた。


 次の瞬間、健司が何気なく手を伸ばす。

「なぁ、美咲。これ、ちょっと借りるわ。明日返すからさ」


「え?……ちょっと待って!」

 慌てて立ち上がる間もなく、健司は財布を開いて数枚の札を抜き取った。


「サンキュー! やっぱ俺には美咲しかいないわ〜。女神だな、ほんと」

 悪びれる様子もなく笑う健司。


 美咲の胸の奥がチクリと痛んだ。

(……返すって、ちゃんと返してくれるのかな? ていうか、普通こんなことする?)


 問いただしたい気持ちはあった。

 けれど、久しぶりに「頼りにされている」と感じる自分がいて、言葉は喉で止まった。


 健司はポケットにお札を突っ込みながら、当たり前のように続ける。

「そうだ、美咲のクレカって限度額どれくらい? ちょっと旅行とかもしたいし、予約するとき便利なんだよな〜」


「……クレカ?」

 思わず声が裏返る。


 健司は気にも留めず、スマホをスクロールしながらニヤついた。

「だって、美咲とだったらどこ行っても楽しいし? いいじゃん、共同の思い出になるんだから」


(……え、なにそれ)


 笑顔の裏で、美咲の心はざわめいていた。

 好きだから。やり直したいから。

 そう思って復縁を願ったはずなのに――。


 胸の奥で、小さな違和感が確実に大きくなっていく。

 それでも美咲は、作り笑いを浮かべるしかなかった。


「……もう、健司ったら」


 声がわずかに震えていることに、自分でも気づいていた。

 そして、机の引き出しに眠る“魔法のノート”が、不意に頭をよぎった。



 

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