第19話 昼食で団らん…の筈が
「はい、みはるん、あーん」
昼食時。わたしは恋歌にご飯を食べさせて貰っていた。開けたわたしの口に小さく切られた肉が入る。
通常であれば「ご飯くらい自分で食べるから」と言う所なのだけれど、午前中にやった崖登りでわたしは体力が尽き果てていたので、自力でご飯を食べる事すらままならない状況だった。その為なすがままになっていた。
食堂の中は昨日わたしが夕食を食べた時とは違って人で賑わっていた。
「随分とお疲れみたいだね」
不意に恋歌のものではない声がしてそちらを見れば、そこには黒い髪の少女、フィゼリアが居た。恋歌にご飯を食べさせて貰っているという今の状況が急に恥ずかしくなって、わたしは佇まいを直した。
「ご一緒しても?」
「あ、うん」
わたしはフィゼリアの言葉に反射的に答えた。
「フィゼリア様……」
しかしフィゼリアの傍らに居た少女は何か言いたそうだった。その少女はおかっぱでメカクレの風貌をしていた。彼女もわたしに言われたくはないと思うが、地味な風貌なのであまり存在を気にしていなかった。けれどフィゼリアと彼女は良く一緒に居たような気がする。
「クノカも交友の輪を広げるべきだと思うよ。
――紹介するよ。この子はクノカ・ティーチル。私の幼馴染なんだ」
フィゼリアがそう言って、クノカは「クノカです……」と小さく頭を下げた。わたしも「どうも……」と会釈。
それから二人はわたしたちの向かい側に着席した。
「崖登りをしたのは初めて?」
そりゃそうだろ。……と言いたくなったけれど、この世界では崖登りはスタンダードな事なのかもしれないと思い直して、柔らかい言葉を選ぶ。
「まあ、そうですね……」
「君は類稀なる魔法の才能を持っているけれど、どうやらその扱いにはまだ不慣れなようだね」
「お恥ずかしながら……」
「君はこの学園に来る前は何をしてたんだい?」
フィゼリアにそう問われ、わたしは固まった。
ここに来る前は魔法なんて存在しない別の世界に居た。そう告げても良いのだろうか? 学園長にはその事情を説明したけれど、学園長はわたしのその事情を皆に言いふらしているわけではない(学園長は良い人そうなのでしてないだろう)。
この事を生徒たちに言って、騒ぎにならないだろうか?
「昨日の『魔炎闘技』の時」
フィゼリアは笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「侵入不可能な筈の戦闘領域に君は突然現れたね。結局君はどういうからくりであんな事をやってのけたのかな? 『魔炎闘技』の結界をすり抜けるなんてまず不可能な筈だ。仮にそれが出来るとすれば国内最高レベルの魔法の技術を持っている事になるけれど――」
「ちょっと、フィゼリアさん」
フィゼリアの言葉を遮ったのは恋歌だった。彼女は笑顔を浮かべてはいたものの、言葉からは棘を感じた。
「みはるんを困らせないで欲しいなー。質問攻めを続けるっていうなら、私たち席を変えるけど」
「お気に障ったのならすまない。未知の魔法が気になるのは魔法を学ぶ者としての性分なんだ。大目に見てくれないか」
飄々とした態度を崩さずフィゼリアが言った。だがその謝罪の仕方が気に食わなかったのだろう、恋歌は押し黙ったまま不機嫌な態度を取った。
「あのっ、わたしは別に平気だから……わたしは質問されて嫌な気持ちになったりしてないよ。むしろ、皆と仲良くなりたいし、こうやって話し掛けてくれるのは嬉しいし。ただ今回の事はちょっと何て答えれば良いのか分からなくなっちゃっただけで……先生と相談して、話して問題無いって事だったら皆にちゃんと説明しようと思ってるし。ただ、まだ相談はしてないから、その……」
わたしは慌てて言葉を紡いだ。そう、これは友達を作るチャンスだ。折角わたしに興味を持ってくれたフィゼリアに嫌われたくないという気持ちがわたしの中にあった。
「気に病むことは無いさ」
彼女は柔らかい笑顔を浮かべて、わたしの中に仄かな安堵が生まれる。
「むむ~」
しかし隣に居る恋歌からはフィゼリアの事を敵視しているのが伝わって来る。わたしの配偶者(とその他色々)を主張している彼女にとってフィゼリアは泥棒猫に見えているのだろう。
それから少しの間沈黙しながら食事をして、わたしはフィゼリアの隣に座るクノカが気になった。
彼女とも仲良くなりたい。そんな気持ちが胸の中に生まれた。
なんか、クノカってわたしと近い人種な気がするし。陽キャの輪に入れない辛さを一緒に分かち合いたい。
「あの、クノカさん……その料理って美味しい?」
わたしはクノカが食べている魚料理に関して話題を振った。いきなりプライベートに関する事などを聞くと良く思われないだろうという考えの元だ。
しかし。
「……」
クノカは黙りこくったまま。で、メカクレの奥の目がわたしをじろりと睨んでいる。
そんな……わたしは一体何を間違えたっていうのか。
わたしが自らの不甲斐なさを心の内で嘆いている時、不意に怒声が聞こえた。
「ってえな!」
わたしの視線が反射的にそちらに向かう。
そちらを見ると、料理を乗せたトレイを落としてしまった女子生徒と、彼女にぶつかって料理の落下の原因となってしまった女子生徒が居た。
二人ともひどく剣呑な表情を浮かべている。
「どこ見てんだよ! お前のせいで私の昼飯が服の染みになっちまっただろうが!」
「こっちの台詞だよ! そっちが自分から突っ込んで来たんだろ! 何ならアンタよりアタシの方が服の汚れがひどいんだからな!」
「だから何だよ! 悪いのはそっちだろ!」
ぶつかって食べ物こぼしたくらいでそこまで怒らなくても……怖いよー! ていうかこの学園にガラ悪い生徒って結構いるんだ。件のスケバン娘のアシュロが特別なのかと思ってたけど、実は結構スタンダード?
「せ、先生とか呼んだ方がいいんじゃないかな……」
わたしはフィゼリアにそう言った。しかし彼女は首を横に振った。
「その必要は無いさ。この問題は彼女たち自身が決着を付けるべきものだ」
「でも……」
言い合いはどんどんヒートアップしていっている。そのうちにどちらかが手を出すのではないか――そう思った時だった。
「こうなったらもうアレしかないよなぁ……」
「そうだな……どっちが正しいか、アレで決めようじゃないか」
良く分からないが二人は何らかの合意に至ったようだ。
「アンタに――」「お前に――」
そして二人の声が被る。
「「『魔炎闘技』を申し込む!」」
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