第27話 決戦
「
「魔剣抜刀──────『
轟‼︎‼︎‼︎ と。
ウルウの魔法とキリジの斬撃が激突する。
「ぬるいわァ!」
打ち勝ったのはキリジの斬撃。
ウルウの魔法──巨大な蛇のような土石流を一刀で斬り伏せる。
「土砂ならば斬れぬとでも? 流体ならば儂の剣を無視できるとでも思うたか? 馬鹿が。そんな悩み、数百年前には解決したのじゃ」
マガリの
その
水を切る。
泥を切る。
流体を切る。
物体の流れそのものを断ち切る一撃。
ならば。
竜胆ウルウの判断は早かった。
即座に、蒼と黒の魔法陣が地面を覆う。
「────『竜の腹』」
どぷんっっっ‼︎‼︎‼︎ と。
液体がキリジの体を丸ごと呑み込む。
水。雨。激流樹海アシリミッツの地面に染み込んだ莫大な水溜まりが浮かび上がったのだ。
「流体は斬れる。でも、水中ならどうですか? 剣を振り抜けずして、あなたの本領は発揮できますか?」
「がっ、ごぼ‼︎」
声は言葉にならない。
柔らかな水の檻に囚われたキリジ。
手で掻いても水の檻は離れず、水の抵抗によって剣を振る事ができない。
剣も振れない剣士に価値はない。キリジはただ溺れ死ぬ事しかできない。
だが、ウルウは見た。
水の檻の中、
キリジは笑っていた。
直後。
ゾグンッッッ‼︎‼︎‼︎ と水の塊が斬れる。
「──────────は?」
意味が分からなかった。
だって、キリジは剣を振っていない。
何もできない。
何もしていない。
剣を振るという過程がないのに、斬撃という結果だけが存在していた。
「魔剣抜刀──────『
ざざざざざざさ、と。
雨音に紛れて空気が擦れるような音が響く。
それは斬撃だった。絶え間ない斬撃が雨粒全てを弾いていた。
「理屈は『
「なに、を……何を言ってるんですか⁉︎」
「儂は毎日素振りをしている。何度も、何年も、何百年も。その過去の斬撃が、時間を無視して今に到達しているだけの事じゃ」
一流の剣士に剣は必要ない。
極まった剣技が、五百年の研鑽があれば、もはや剣を振る事なく斬撃を放つ事ができる。
キリジは剣を封じても止まらない。過去の
空間を無視する刃、時間を超越する剣。
魔法ではない。奇蹟でもない。
ただの剣技で神の
故に『雨斬り』。
雨粒全てを斬り払える剣士。
「勝てる訳がないじゃろうが。儂は五百年剣を振った。五百年努力を積んだ。たった十数年しか生きていないお主に勝ち目があるとでも?」
「…………」
「
キリジは抜刀さえしなかった。
その剣士はいつだってウルウを斬れた。
二人の間に戦いという形が成立していたのは、キリジの手加減に過ぎなかったのだ。
「分かるか?
しかし、ウルウの瞳は冷静さを失わない。
まるで子供を相手にするように、にこやかに笑った。
「ワンワン喧しいですよ、負け犬」
本当に。
キリジにはその言葉が理解できなかった。
怒りとか、苛立ちとか、そんなモノよりも真っ先に感じたのは戸惑いだった。
「…………、」
「格上とか格下とか、真っ当な勝負では勝てないとか。そんな事を考えてる時点で負けてるんですよ。
「……ふん。そうかそうか。やはりツマランなあ」
もはや何も感じない。
目の前の
剣士が憧れた、自由に空を飛ぶ怪物ではなかった。
瞳に浮かぶのは諦め。そして退屈。
凪のような心で、キリジは三日月のように曲がった湾刀を握った。
「魔剣抜刀──────『
瞬、間。
空が、斬れた。
「大好きな
否。斬れたのは空ではない。
雲。雨天が切り裂かれ、雲間から光が差し込む。
激流樹海アシリミッツの雨雲が晴れる。
神に見放された大地に、
それはつまり、魔法に制約がかかる事を意味する。
「っっっ!」
宙を浮く竜胆ウルウの体が重くなる。
魔法の反動。絶対のルール。
外法の力である魔法は、神の目が届く領域において使用制限が課せられる。
即ち、時間制限と反動。
ウルウが魔法を発動できるのは三分程度。
そして、時間制限ギリギリまで魔法を発動し続けた場合、空を飛ぶ力とは真反対の反動──重量が十倍以上になる反動がある。
今回、ウルウは激流樹海アシリミッツで空を飛び続けた。汚泥の巨人とキリジの連戦、その使用時間は十分を優に超える。
と、なれば。その反動もまた十倍程度で済む訳がない。
全身が麻痺したかのような負荷。
翼を動かすだけでは抵抗できない。
竜胆ウルウは星の
そして。
そして。
そして。
そして。
がくんっ、と。
キリジの体にも重量がのしかかる。
「──────な、に」
膝をつく、どころじゃない。
キリジは地面に這いつくばる。
剣を握る事さえできない超重力。
まるで、巨大な竜の足で踏み潰されているかのようだった。
上には何もない。何もないはずなのに、何かがキリジの体を押さえつけていた。
いや、あった。
見えないモノでもそこには確かに存在していた。
「────『竜の吐息』」
「まさかッ、空気か⁉︎」
反動によって重くなった空気。
それがキリジを押さえつけているモノの正体だった。
ウルウの魔法の対象は自身を除いて二つ。
二つの掌がそれぞれ魔法を発動する。
そして、ウルウはキリジとの戦いで土砂やら樹々やらを浮かべたが、一度に浮かんだのは常に一つだけ。片手は常に空いていた。
(雲を切って太陽を出す。予想通りです。私なら最初からそうする。当然、対策なんて考えてあるに決まってるでしょう)
『空気』を常に浮かべていた。
何の意味もない愚行。
格上相手の
だが、その無意味がたった一手で裏返る。
ウルウが追い詰められた時にだけ、その布石は輝き出す。
稼いだ時間はほんの一瞬。
しかし、その一瞬が命運を分ける。
「
ぐんっっっ‼︎‼︎‼︎ と。
地面スレスレを這いながらウルウは加速する。
『
そして、それは自分に対しても。反動による重力の負荷で動けないウルウの体を、魔法によって無理やり駆動させる。
互いに地面を這いながら。
キリジとウルウは高速で肉薄する。
(じゃがッ、お主には武器がないじゃろう! 剣があれば儂を傷付けられた! しかし、お主は他者を傷付ける武器を捨てたじゃろうが‼︎ それとも素手で儂に挑むつもりか⁉︎)
身を守る武器も何もない少女が近づいているのだ。あしらう事など容易い。
剣は振り抜けずとも、キリジはいつだって斬撃を放てるのだから。
「魔剣抜ッ────」
だから。
────だけど。
ぐにゃあ、と。
キリジの視界がめちゃくちゃに歪んだ。
(────────は)
蜃気楼。あるいは陽炎。
幻によって現実の光景が歪められる。
それはとある冒険者が扱う魔法。
その男は腰抜けだった。
勝ち目がないと分かるや否や、ウルウやアナテマを見捨ててキリジから逃げ出した。
他人のために命を投げ出す事のできない中途半端な善性。とても聖人には程遠いクソ野郎。
でも、それでも。
その男──ゲロウは恩人を見捨てる事ができるほど利己主義にも成れない中途半端な男だった。
「こんのッ、弱者の分際でェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ‼︎‼︎‼︎」
「ブチかませッ、クソったれがァ‼︎」
樹々に隠れて、逆立つ灰色の髪の男が声援を飛ばす。その声に対する怒りがキリジを突き動かした。
魔剣『
無尽の斬撃を乱射する。
追い詰められたキリジの悪足掻き。
しかし、それは当たらない。
距離を無視した空間切断の魔剣『
キリジは剣を拾うのを優先すべきだった。剣を捨てた剣士に価値はない。
無数の小さな傷を体に負いながら、ウルウは超速で突っ込んだ。手に武器はない。
だが────足には武器がある。ウルウは最初から足に武器を身につけていた。
「落ちろ────『竜の牙』ッ‼︎」
ゴッッッガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
全身を粉砕する衝撃がキリジを撃ち抜く。
前転による踵落とし。だが、本命は蹴りではなく足に繋がった武器。
それは鉄球だった。
足枷と鎖で繋がった金属の塊が、魔法の反動によって何十倍もの重量となってキリジを地面に叩きのめした。
「ッッッ─────ぎィッッ‼︎⁉︎⁉︎」
「ほら。不自由だって武器にすれば強いでしょう?」
足枷は邪魔者ではなかった。
ウルウを縛るモノこそが、ウルウの絶対の武器だったのだ。
「見誤りましたね、キリジ。『
竜胆ウルウは勝ち誇る。
もはや勝敗は分かり切っていた。
立ち上がれもしない
キリジは立ち上がれない。
根性で覆る問題ではない。
物理的に破壊されて、体の構造として立ち上がる機能が死んでいる。
無茶苦茶だった。
約束は守った。死んではいない。
だが、ウルウはキリジの身の安全なんて一つも考えていなかった。
死ななければ──ルールに抵触さえしなければ何をやっても良いと思っている!
「がっ、がは……‼︎ こっ、こんのッ、
「底が見えましたね、キリジ。浅い底です」
「は?」
「自分に都合よくルールを破って、真っ当な勝負を諦めて。それでも負けそうになったら次は年齢の勝負ですか?
「キ、キサマァァアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
「『雨斬り』……でしたっけ? 無様に沈むあなたには不似合いな名です。『地面ペロペロ丸』とかに改名しましょう。年齢を重ねた事以外威張れるモノのない老害、『地面ペロペロ丸』のキリジてす」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ‼︎‼︎‼︎」
ウルウは容赦をしなかった。
キリジにはまだ意識があり、戦意がある。
だから、徹底的にへし折る。勝利のために、キリジの何もかもを叩き潰す。
「なぜ、じゃ……儂の方が、強かった。お主よりもっ、儂の方が! なのに、なぜ儂が負けた……‼︎」
「理由なんて必要ないでしょう。あなたは私に手を出した。私の
魔法を発動する。
対象は自らの足。
ほんの数秒のチャージ。
それでも、反動は確かに発生する。
「
直後。
数倍の重量になった蹴りが、マガリの
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