第15話 竹爺と簡単な依頼




 異世界といえばパン。

 竜胆のウルウの中でそんな常識があった。

 記憶の中にある異世界を描いた漫画では、登場人物キャラクターが食べていたモノはパンだった。


 だが、目の前にあるのは違う。

 それは間違いなくお米だった。


甘月実バナナの時のくだりを思うと、恐らくこれも米に似ているだけの別の何かなんでしょうけど……)


 しかし、日本人が考えるようなふっくらと炊き上げる白米ではない。

 白く、細長く、器の中でどろどろに混ぜられた雑炊リゾットだった。


「『ウルウ、食べないの?』」

『た、食べます』

「もしや、ドラゴンってお米を食べない生き物なのかねえ」

「いや、ウルウは人類ヒトだから。呪われてるだけで、亜人じゃないから」

「そっかそっか、そうだった。ちょっと僕も慣れてなくて、悪いねえ」


 共に座るアナテマとお爺さんの会話など耳に入らない。

 恐る恐る、ウルウは雑炊リゾットを木製のスプーンで掬う。


 ウルウは食に興味がない……が、流石にお米が全然違う味をしていたら衝撃を受ける。

 謎の緊張感と共に、スプーンを口の中に放り込んだ。


(……味が、薄い?)


 品種の違いか、調理法の違いか。それとも、やはり米とは違う何かなのか。

 ウルウが想像していた炊飯器の中にあるふっくらとした米というよりは、どろっとしたモチのような不思議な食感をしていた。


 味については分からない。

 病院食を食べているような、醤油も何もつけずに餅を食べているような感覚。

 よく言えば素朴、悪く言えば味気ない。


 でも、嫌いではない。

 お肉も何も入っていない、卵とお米とタケノコ(だと思われる食材)を煮てかき混ぜた雑炊リゾットだが、三食を逃したウルウの体に温かく染み渡る味をしていた。


(ふーん。食に興味がないって文字通りの意味で、


 我を忘れてご飯を書き込むウルウを見て、アナテマは安心するように息を吐いた。


 アナテマ=ブレイクゲートは食べる事が好きだ。人類ヒトと話しながら食卓を囲む事が好きだ。

 別に、それを押し付けようという気ではない。食事が嫌いな人類ヒトもいるし、一人で食べたい人類ヒトもいる。

 そう分かった上で、ウルウが自分の同じ気持ちだと嬉しいな……とアナテマは思った。


 そして、それ以上に嬉しそうな顔をしているのは、料理を作ったお爺さんだった。


「そんな味わってくれると嬉しいねえ。中のタケノコもねえ、僕が森から取ってきたんだよ」

「よっ! さすが竹爺タケじい! 竹の扱いは村一番!」

「いやいや。確かに竹職人の爺さんで竹爺タケじいなんて呼ばれてるけどねえ、僕なんか奥さんの足元にも及ばないさ」


 お爺さんは自分を卑下しながら、何処か嬉しそうに微笑んだ。


「その皿やスプーン、綺麗だろう? 奥さんが竹を加工して作ったんだ。僕はまだまだ竹職人なんて名乗れるほどじゃないよ」

「じゃあ、村一番の筍料理人なら?」

「それは……まあ、いいか。僕の料理は奥さんも大喜びするくらいだから」


 奥さんは何処にいるか、なんて事は尋ねなかった。

 この家にある気配は一人分。使われている形跡のない食器一式やお爺さんの口振りから、奥さんが既にいない事くらいはアナテマは分かっている。


「竹職人ってわたしは聞いた事ないけど、カナンの村では結構有名な感じ?」

「有名かどうかは知らないけど、よく頼られる立場ではあるねえ。竹って便利だから。食器にも武器にもなるし、粉状にして畑に巻いたりもするし、食べれば美味しい。明日の音楽祭でも僕が作った竹製の楽器が使われるんだ」

「祭り二日目の音楽祭! なるほど、楽しみだなあ」

「おっ、じゃあ君も参加するかい?」

「いいねいいねー! 『ウルウも音楽祭に参加する?』」

『嫌です』





「一つ、手伝って欲しい事があるんだ」


 雑炊リゾットを食べ終わり、食後のデザートの巨大な果実(逆根樹バオバブの実というらしい)に手をつけている時、お爺さんはそう切り出した。


「この村を見て回ったのなら、村の男が丸太を運んで忙しいそうにしていたのを気づいたかい?」

「うん。働いてたねえ」

「実は……あれって、アナテマくんの影響なんだけど」

「ええっ⁉︎」


 アナテマは叫んで目を見開く。

 話を聞いていないウルウやトリィすら驚くほどの大きな声だった。


「君は昨日、祭りについていくつか指摘してくれただろう? 僕も聞いていたよ。さすが本職の巡礼者は知識があるなって感心してた。だから、これは責めている訳じゃないんだ。君のお陰で僕らは祭りをより良いものにできる。……まあ、準備が間に合えばなんだけど」

「ま、マジかあ。わたしは来年以降に直した方が良いところを指摘しただけなんだけどなあ……」

「豊穣を願う大切な祭りだからねえ。手を抜いちゃ神様にだって失礼さ」


 お爺さんは壁にかかった竹製の首飾りペンダントを眺める。それは真円の中に十字をはめ込んだもの。

 アナテマ=ブレイクゲートが首にかけたモノと同じ、神を信仰する者が身につける


「僕らもねえ、祭りは大事にしたい所だけど……やっぱり本職の神官さんがいないとどうしてもね」

「聖域崩壊──地方での神官不足ってワケかあ」

「数十年前……カナンの村の形がなくて、開拓したばかりの頃は聖都から神官さんが派遣されたのだけどねえ。今はあの神官さんが残してくれた祭りを何とか維持してたって感じかね」


 祭りを考案したのはその神官だったとお爺さんは語る。

 だが、それも数十年前の話。本などはないカナンの村で口伝で祭りの方法を伝えてきても、細かい部分は当然時間の経過と共に欠け落ちていく。


「本当にね、この二日間の祭りはカナンの村にとって大事なものなんだ。これから一年の収穫量に関わる生活に直結した祈りなんだ。だから、妥協せず一番良いものにしたい」

「…………」

「お客さんにこんな事を頼むのは間違いかもしれないけどね。でも、お願いだ。カナンの村に手を貸して欲しい。僕らの祭りを成功させるために」


 お爺さんは頭を下げた。

 数十歳年下の少女達に対して、躊躇なく。


 故郷を想う気持ちはアナテマには分からない。人類ヒトを想う事はできても、土地を想う事はアナテマにはできないから。

 でも、お爺さんに共感はできずとも、困っている人類ヒトが目の前にいたら放って置く事はできなかった。


「アナテマさんに任せんしゃい!」





「『というワケで、祭りの完成を手伝うよ!』」


 まったく話を理解していないウルウに対し、アナテマはそう宣言した。

 鶏のトリィも同じように理解していないはずだが、なぜだかアナテマの頭の上でコケー! と偉そうに鳴いた。


『別に……良いですけど。何をやればいいんですか?』

「『ウルウだったら力仕事かなあ。ほら、丸太を運んでいる人類ヒトとかいるでしょ。あっちの手伝いとか』」

『魔法があれば楽勝ですね。アナテマは?』

「『わたしは持ってきてもらった丸太で、簡易神殿を作るかなあ。祭りは午後六時からだから、それまでに間に合えばいいけど』」


 現在、太陽は真上にある。

 猶予は大体あと六時間。

 ウルウは気になっていた事をアナテマに尋ねた。


『あのヒト達の力は借りないんですか? アナテマが助けた、ガラの悪い男とその妹の……』

「『ゲロウと妹ちゃんのこと? 助けたのはウルウだけど……あの子らは目が覚めた時にはもういなかったよ。多分、逃げたんじゃない?』」


 土地勘があるから問題ないだろうけど、心配だよねえ……とアナテマは笑って言った。


『……お礼の一言もないなんて、礼儀がない連中ですね』

「『うーん、どうだろ。向こうも気遣ったんじゃない? 冒険者って、やっぱりどうしても嫌われる職業だからさ。村人に遭遇する前に消えて、わたし達は無関係だって示してくれたってワケ』」


 いないのであれば仕方がない。

 もう出会う事もないだろう、とウルウはゲロウ達の記憶を切り捨てた。


「『じゃあ、ウルウ。一応、村の人類ヒトにもウルウの事は説明してるけど、何かあったら逃げてわたしの所まで来てね。ぜっっったい、手ぇ出しちゃダメだから!』」

『出しませんよ。私の事、何だと思ってるんですか』

「『え……可愛くて撫で回したいけど、短気で負けず嫌いが過ぎる女の子』」

『は? 別に短気じゃないですけど。ブン殴りますよ?』

「『そーゆーとこ! ほんと心配してんだって‼︎』」


 ちなみにウルウの発言は冗談である。

 少女だって自分が短気な事くらい気づいている(それはそれとしてアナテマをブン殴りたくなったのは本気)。


『安心してください。暴れたりしませんよ。どれだけの屈辱を与えられようと、私は負けません』

「『あの……普通にみんな人類ヒトだから。そんな戦いの前みたいな顔しなくていいから』」

『それに────』


 ウルウはアナテマの言葉を無視して、自分の掌を見つめた。



『丁度良い機会です、私も魔法を検証したかったので』



 自分にしか見えないルールを掴みながら、ウルウは牙を剥き出しにして獰猛に唇を歪めた。


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