第3話 娘とテレパシーをする

 リビングのドアを開けると、台所には真琴が立っていた。

 制服の上にエプロンを付けてとても似合っている。


 僕たち家族は、この家に引っ越してきたばかりだ。

 前の中学校は『過疎化のため閉校』

 そのため新しい中学校の近くに引っ越してきたのだ。


 4人が1年の3学期が終了した次の日に、この家に来た。

 今日から新しい学校、新学期、4人の新しい旅立ちの日だ。

 色々苦労はあるだろうが、みんなには頑張ってもらいたい。

 もちろん、僕も親として最大限のサポートをするつもりだ。


 僕の【 特別な力 】を持ってして――。


 ◆◆◆


 ――リビングに入ると、縦長のテーブルの先端の椅子に腰を降ろした。

 それに真琴が気づき、台所から微笑みかける。


「パパ。もうすぐできるから、少し待っててね」


「ああ、ありがとう」


『ドタバタ』と2階から音がした。

 他の姉妹の誰かが降りてきた音だろう。


 階段を降り一番 最初にリビングに入ってきたのは、うちの家族の中で一番明るい 次女の青子だった。

 さきほどのパジャマから今日 入学する中学校の制服に着替えていた。


「まこ姉ぇ――っ! ご飯できたぁ――っ!」


 そしていつもどうりの第一声を響かせる。


 真琴が「もうすぐよ」と言うと、青子は 僕の隣の席にドスっと座り。


「はい、パパ。ゲームやろう♪」


 笑顔で携帯ゲーム機を差し出してきた。


「いや、僕はいいよ」


 断ると、少し残念そうな顔をしたが、すぐにいつもどうりの明るい顔に戻る。


「そっか、わかった」


 そのままカチャカチャと遊び始めた。


 またリビングのドアが開き、次に入ってきたのは『三女 光』だった。


 光はもう一つの僕の隣の席に座り、テーブルに重そうな化粧バックをドサッと置き、ギャル風のメイクを始める。


 最後に、絵の道具を持って入ってきた四女 鳴が青子の隣に座り、絵を描き始める。


 3人は各々違う事をしていた。


 青子は携帯ゲーム機に夢中になり。

 光は化粧に夢中になり。

 鳴は絵の練習に没頭していた。


 4つ子だけど4卵性4姉妹、性格も違えば やりたいことも違うようだ。


《 ねぇー、パパ! 》


 頭の中に声が響いた。

 台所で料理を作っている《真琴の声》だった。


《 なんだい、真琴? 》


 僕も、真琴の頭の中に直接 《 声 》を送った。


 そのまま僕たちは、誰にも聞こえない、頭の中だけの会話を続ける。


《今日 私たち、新しい中学校に入学するでしょ?》


《そうだね。もしかして不安なのかい?》


《う、うん……。何かあったら、パパに相談してもいい?》


 どこか落ちつかない真琴を安心させる。


《もちろんだよ。なんたって、僕は君たちの父親なんだからね》


 ちょっとカッコつけて言った。う~ん、似合わない。


《ありがとう、パパ。それとパパ、朝言った通り、もう徹夜して仕事しちゃダメだからね》


《あ、ああ、わかっているよ……》


 頭の中で、2、3分ほど説教を受けた。


《わかった、パパ? それじゃあねぇ、パパ》


《う、うん……》


 プ ツ ン ――という音と共に、僕たちの誰にも聞こえない頭の中だけの会話が終了した。


 僕には特別な《力》がある。


 それは《テレパシー》と呼ばれる力だ。


 この《力》は人の心を読んだり、人に自分の心を伝えたりする事ができる。


 この力は、僕が7歳のときに身につけたモノだ。

 もし人が、この力を僕が持っていると知れば、僕を羨むだろう。だが違うのだ、逆なのだ。この力を持っていない者を『僕が羨むのだ』。


 この力は いまはコントロールできているが、昔は『無意識に周りの人の心』を読んでしまっていた。


 人の心を知るという事は恐ろしい。

 隠し事や、人の醜い部分を本音で聞いてしまうのだから。

 そのせいで僕には、友達ができなかった。

 避けていたのだ『人』を――怖かったから。

 それに、人の心を聞いてしまう罪悪感もあった。


 だから僕は『絵本作家』を目指した。


 理由は2つ。

 1つは、この職業はある程度 人と関わらずに済むから。

 そして2つ目にして最大の理由は、僕は子供が大好きだから。


 子供は純粋だ。

 言葉と心が真逆という事はほとんどない。

 僕の心を癒してくれた。

 だから僕は、子供たちに敬意を持って絵本を描き続けている。


 僕がこの力をコントロールできるようになったきっかけは、あの子たち4姉妹に出会い、家族になったときだ。


 あの冬の寒い空の下で――。



 『 僕は子供ができない 』


 原因は、重度の風邪にかかり、後遺症で子供ができない身体になってしまったのだ。


 【 絶 望 】


 それを知ったときの僕の脳裏には、その言葉以外まったく思い浮かばなくなっていた。


 そして雪の降る病院の帰りに、家の前であの子たちと出会い、僕たちは家族になった。


 あの日、誓ったのだ。


 この子たちを育てる上で、この力を封印、またはコントロールすることを。

 そして努力の末、この力を制御することに成功した。


 4人と出会い、僕は変わった。

 人生そのものが明るい方向に変わったと言っていい。

 娘たちが『孤 独』から、僕を救ってくれたのだ。


 いまではテレパシーを使い、僕が娘たちへ伝えたい事があれば、娘たちの心のチャンネルを開くことにより、どんなに離れていてもテレパシーで会話することができる。


 逆に、娘たちが僕の心のチャンネルを開けば、娘たちはどんなに離れていても 僕とテレパシーで会話することができる。


 心のチャンネルを開くには、お互いに強い信頼関係と、この力について詳しく知っている必要があるけど、それは十分すぎるくらい僕たちは満たしているだろう。


 この力については、会ってすぐに伝えている。


 気味がられてもいい。嫌われてもいい。迫害されてもいい。その想いで すべてを話した。

 この力を隠して家族になるだなんて間違っていると思ったから。


 誰も知らない。誰にも言っていない。誰も持っていない『呪われた力』を、このとき初めて話した。もちろん恐怖心はあった。


 たとえ運命を感じた子供たちでも、さんざん苦しめられ、憎んだこの力の事を話すのだから。


 だが その恐怖心を『覚悟』が遥かに上回った。


 話したあと4人は、僕の心の中に語りかけてくれた。


 真琴は優しくなだめるように。

《おじさん、ありがとう。そんなだいじなひみつを、わたしたちに話してくれて》


 青子は歓喜しながら。

《かっこいい、おじさん! スーパーヒーローみたい!》


 光は照れながら。

《あ、あたしは気にしないよ。おじさんになら、心を読まれてもいいし……》


 鳴はクールに。

《鳴はどうでもいい。おじさんも、そんなどうでもいいこと気にしないで》


 嬉しすぎた。

 彼女たちの心に触れて、涙がポロポロとこぼれた。


 まるで、いままで溜めこんできた《心の闇》が一気に崩壊するように……。


「「「「 ごめんなさい、おじさん! 」」」」


 4人が申し訳なさそうに謝った。


「……なんでだい?」


 真琴は眉をひそめ。


「……だって……おじさんを私たち、さっきから泣かせてばかりだよぉ……」


 不安を色濃くする4人に、満面の笑顔で伝える。


「……これは……嬉し涙だよ……」


 「「「「 嬉し涙? 」」」」


 僕は嬉しすぎたのだ。

 この子たちが、この『忌むべき力』を受け入れてくれた事が。


 生きてきて初めて、人の心を読めてよかった――そう思えた。


 だって彼女たちの心の声は、僕がずっと恋焦がれていたモノだったから。


 僕はこの力を受け入れてくれる――そんな人が現れてくれることを、心の奥底でずっと願っていた。けど、無理だと諦めていた。でも、現れてくれた。目の前に4人も。


 彼女たちは、この力を受け入れてくれている。そして愛そうとしてくれている。こんなに嬉しいことが、この世にあったなんて知らなかった。


 感動に酔いしれる僕を、4人は不思議そうな顔で見つめていた。


「おじさん……? おじさんの声が、わたしの頭の中から聞こえてくるよ……?」


「えっ?」


 真琴の言葉に、他の3人もうなづいた。

 どうやら4人とも同じように聞こえているようだ。


 ――このときの僕には、テレパシーという力が 人の心を読むだけだと思っていたため、僕の心からあふれた声が、4人に聞こえているとは わからなかったのだ――


「……いったい……何が聞こえているんだい?」


 真琴はモジモジ照れくさそうに……。


「お、おじさんが……わたしたちのことを大好きだって……」


 どうやら本当に聞こえているようだ。


「……そうか……君たちの『心の声』も聞こえているよ……」


「なんて?」 と4人は口を揃えた。


 とびっきりの笑顔で伝える。


「 今日から、みんな家族だよ 」


 この日から、僕たち5人は家族になった。


 あの時があって、この力を制御することを決意した。

 いまでは、人の心を無意識に読む事もなくなった。ほぼ完璧に、この力をコントロールできるようになったのだ。


 テレパシーを使い僕たちは、どんなに離れていても、頭の中で会話する事ができる。


 僕たち5人は、心で繋がっているのだ。


 この繋がりは他の家族にはない、僕たち家族だけの繋がりだ。

 この力は、もう忌むべき力ではない。


 僕たち家族の『愛の絆』なのだ。


 でも僕は、この力がまだ苦手である。

 長年 心に染みついたモノはそう簡単に消えるものではない。けど、娘たちはこの力を愛してくれている。だから僕も愛そう。


 この、娘たちが愛してくれた『 絆の力 』を――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る