第12話 最初の壁

 最初、対応をしてくれたとき、いかにも役所勤めという姿に笑いがこみ上げてきた。

 しかし、身元保証人の話を聞いたアリサの顔は真っ青だ。


「身元保証人……」

「次は身元保証人を連れて来てくれ」

「はい……。わかりました。ありがとうございました」


 アリサはは頭を深く下げると、役所を出た。

 空を見上げる。

 どんよりとした雲が空を覆っていた。

 アリサは大きなため息をついて、ガックリ肩を落とす。


「身元保証人がいないとだめだってぇ……」

「キュ~」


 シロがリュックの中で小さく返事をする。

 アリサは背中のリュックの尻を撫でた。


(しかも二人も。そんなの無理だよ)


 保証人をお願いできるほどの親しい人はいない。

 まだ帝都ミエルガルドに来てひと月も経っていないのだ。

 気楽にお願いするものではないのだろう。


(保証人って言葉がもう……重そうだよね)


 前世、東京に上京するときに両親や親戚から何度も言われた言葉がある。


『何があっても連帯保証人にだけはなったらいかん』


 これを胸にアリサは東京に出た。だから、やはり『保証人』という言葉には抵抗がある。

 今回の場合、お願いする立場なのだが、自分自身がいやなのにお願いをするのはおかしい話だ。


(パフェのお店ができたら楽しいなって思ってたけど……)


 役所の建物を見上げる。

 厳つい煉瓦造りの建物だ。どの世界の役所も威厳のある建物にするのだなと思う。


(無理に保証人になってもらうのは気が引けるし。とりあえず、今までどおりでいっかぁ)


 パフェを作って自分で食べる。

 あとは、少しずつ友人を作って食べてもらうのはどうだろうか。

 店を開くより気楽だ。

 まだ気持ちは少し沈んでいた。期待していたせいだろう。

 前世で仕事で忙しくしてたころ、アリサの人生に彩りを与えてくれていたのはパフェだった。

 そんな幸福を与える側になれるのではないかと、少し期待してしまったのだ。


「パフェの材料にでもなりそうな物を見繕って、今日は帰ろう!」


 アリサは両手で頬をパチンッと弾いた。



 家に戻ってアリサはカウンターに材料を並べた。


「シロ、今日は何を買ったと思う~?」

「キュ~?」


 シロは首を傾げる。

 その姿が可愛くて、アリサは目を細めた。


「今日はね、見て!」


 ドンッと大きな瓶をカウンターに乗せた。

 鮮やかなラベルが貼られた瓶は、アリサにもシロにも馴染みのないものだ。


「キュイ?」


 シロは不思議そうにその瓶の匂いをかいだ。

 ドラゴンの臭覚はどれくらいなのだろうか。


「これはね、お酒だよ。赤ワイン。ぶどうで作られているんだよ」

「キュ~」

「シロは飲んじゃだめなやつだよ」


 アリサは二十歳になったから、飲んでも大丈夫だろう。

 しかし、この身体で飲酒はしたことがなかった。前世の身体はほとんどアルコールを受け付けない体質で、一杯飲んだら目がグルグル回るほどったのを覚えている。

 だから、なんとなく試してはいない。

 身体は別なのだから、もしかしたらとっても強くなっている可能性もあるのだが。


「これはね、エルンストが来た時に出そうと思ってるんだ」

「キュッ!」


 エルンストという名を覚えたのだろう。

 シロは嬉しそうに鳴いた。

 騎士はみんな酒が好きだと言っていた。彼が言うくらいだ、彼も例外なく好きなのだろう。

 前回はパフェを押しつけてしまったが、お酒もあったほうがいいと思ったのだ。

 いろいろと迷惑をかけたお礼もぜんぜんできていない。

 ワインを振る舞うことがお礼になるかはわからないが、ないよりはいいだろう。

 能力を使って確認したが、このワインはとてもいいお酒で、ミエルガルドの民に好まれているらしい。


「あ、そうだ! いいこと思いついた!」

「キュッ?」

「何か気になる? ふふふ、今は秘密」

「キュ~」


 アリサは頬を緩める。

 お店は難しそうだが、やはりパフェを考えるのは楽しい。

 そう思った。


 ***


 夜も更けてきたころのこと。

 つい夢中になって作っていたせいで、遅くなってしまったのだ。

 シロは途中で限界が来て眠そうにしていたから、先に二階に行かせた。

 外は祭りのように相変わらず騒がしい。

 作ったパフェの材料をしまう。そして、戸締まりの確認をするために扉に手を駆けた、その時だった。


(あれ? 人が倒れてる?)


 アリサの家の壁にもたれかかっている男が目に入った。

 酔っ払いだろうか。

 しかし、このまま家の前で倒れられているのを放っておくのは気が引けた。


(気づいちゃったわけだし)


 目が覚めて冷たくなっていたら、後味が悪い。


(あれ? この服見たことがある……)


 アリサは窓からうずくまる男をまじまじと見つめた。


(これ、多分エルンストさんと同じ服だ)


 紺を基調とし、金の装飾が施された騎士服。

 アリサは慌てて建てつけの悪い扉を無理やり開ける。


「あの、大丈夫ですか?」

「ん?」


 金髪の男が顔を上げる。すると、男は青い綺麗な瞳に涙を溜めていた。

 アリサはギョッと目を丸くした。

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