4章 14話 祭りの後の嵐

賑やかな文化祭は終わり、翌日の早乙女女子学園のメインストリートは嘘のように静まり返っていた。

昨日まで人であふれていた通りも、今は色褪せた飾りと空になった出店が並ぶばかりで、まるで廃墟の街のように寂しい。


「……これを片付けるのか」

京介が思わずつぶやくと、美香が大きく伸びをしながら答えた。


「うーん、能力使えたら楽なのにね」


すかさず劉が首を振る。

「草薙さん、絶対ダメだよ」

「はーい」 


軽口を叩きたくなる気持ちもわかる。

僕らの目の前には、学園を彩った数えきれない装飾や出店の残骸が広がっていた。

代表として、これを片付けきらなければならないのだ。


「……業者さんも来るとはいえ、骨が折れそうだな」

劉が苦笑し、僕もため息をつく。


そこへ月夜と匠、文化祭役員で安全管理担当の能川大地が袋を抱えてやってきた。

「八田さん、出店のテント用の袋、いただいて来ました」

「よし。じゃあ君らにしてもらい仕事は〜」大地が説明を済ませると、別の班へ足早に向かっていった。


「じゃ、分担決めるわね!」

美香が胸を張ると、京介は思わずぼやいた。

「お前、元気すぎるだろ……」

「まぁ、このくらいの分量なら手分けしたら終わるわよ」

「……だったら今日くらいは草薙が全部やってくれ」

「なにそれ! 代表の八田君も働くの!」


そんなやり取りをしながら机を運ぼうとすると、脚がガクンと折れた。

「うわっ!」

バランスを崩した京介がよろめき、慌てて支える劉。

「ちょっ、京ちゃん!」

「わ、悪い……」

美香は大笑いしながら駆け寄った。

「二人ともドジ! しっかりしてよね!」


その声が、静まり返った通りに響き渡った――。


だが次の瞬間、別の足音が校舎の奥から駆けてきた。

「大変だ! 起舞の扇子が、ない!」


息を切らして飛び込んできたのは副委員長の篠原甲斐だった。顔は蒼白だ。


「……え?」美香が振り返り、月夜も目を見開く。

「さっき確認したんだ。保管室にあるはずの扇子が、跡形もなく消えてて……!」


ざわめきが広がる。

「盗まれたのか?」

「でも、あんな警備で……」


その場に緊張が走った。委員長と実行委員が駆けつけ、現場を確認する。

「……鍵は無理やりこじ開けられた様子はない」

その言葉に、生徒たちは息をのんだ。


すぐに調査が始まり、委員会の面々が次々と問いただす。

「最後に保管室を開けたのは誰だ?」

「鍵の所在は? 出入りの記録は?」


その時だった。

「監視カメラを確認しました!」

監視カメラの確認を任されていた書記の結城翔が声を張り上げる。注目が一点に集まった。


「映っていたのは――布都天音さんです」


場が凍りついた。ざわめきが冷たい視線に変わる。

天音は目を見開き、必死に首を振った。

「ち、違う! 私じゃない! 触ってなんかいません!」


だが、甲斐が冷ややかに告げる。

「映像は嘘をつかない。あなたがケースに触れたという証言も出ています」


「そんな……触ってなんかいません!」

天音は必死に訴えるが、周囲の目は冷たい。

月夜は心配そうに手を伸ばしかけては、結局引っ込めた。


その時、美香が一歩前に出る。

「待って! 映像だけで断定するなんて早すぎるでしょう!」


だが委員長の野原真澄は言い放った。

「文化財の盗難は重大事件。まずは最も疑わしい人物から調べるのが当然です」


孤立する天音。


「う、ぐぐ」

人混みをかき分けながらパソコンに近づいた、京介は映像を凝視し、小さくつぶやいた。


「……おかしい。動きが、不自然だ」


「……あ、確かに〜」

派手なギャル風の文化祭、広報担当の石城杏奈が声を上げた。意外な援護射撃に、その場の空気がざわつく。


「ここ! ほら、このとき天音ちゃんがケースに手ぇ伸ばした瞬間! 背景の飾り布の影、ズレてんのわかる? 一瞬ピクッて動くの。普通こんな風にならないでしょ」


委員会の数人が顔を見合わせる。

「……光の加減じゃないのか?」

「でも、影の位置が前のコマと合ってない」

京介も冷静に言葉を重ねた。

「しかも、天音がケースに触れたはずの手の角度が、一瞬で変わっている。連続映像にしては、不自然すぎる」


「つまり……映像が編集されてるってこと?」翔が思わずつぶやく。


会場の空気が一気に張りつめた。

「そんな馬鹿な……監視映像を誰が……?」

委員会の役員たちも動揺を隠せない。


「ちょっと貸して〜」

杏奈は翔からノートパソコンをひょいと奪い取ると、ネイルの指で軽快にキーボードを叩き始めた。


「……はい、ダウト〜。ほら見て。フレームごとの時間情報が抜けてる。編集ソフト通した痕跡アリアリ」


ざわめきが広がる中、杏奈は口角を上げて言い切った。

「つまり、この映像は証拠にならない。天音ちゃんを断定するなんて、マジで早計だよ」


静寂の中、ギャルらしからぬ冷静な声が響いた。


委員会の役員たちは顔を曇らせ、ざわめきが広がった。だが委員長はすぐに声を張り上げる。

「……編集の痕跡があるにせよ、映像に映っているのは事実だ。布都天音さん、あなたの行動については改めて詳しく聞かせてもらう」


「ちょっと! 今の説明、聞いてなかったんですか?」

美香が食い下がるが、委員会は取り合わない。


冷たい視線の中、天音は唇をかみしめ、月夜も言葉を失っていた。

(……誰かが、意図的に天音を狙ってる?)


張り詰めた空気のまま、その場の調査は打ち切られた。

だが京介たちの胸には、強烈な違和感だけが残った――。


「――じゃあ、うちの探偵に調べてもらいましょう!」


美香の声が、委員会室のざわめきを切り裂いた。

椅子の背もたれに預けていた僕は、思わず姿勢を正す。

……また始まった。美香のこういう強引さには慣れているつもりだったが、今回は会議の空気が重すぎて、笑えなかった。


「探偵?」

委員長が眉を寄せる。周囲からも失笑まじりの囁きが漏れる。


「そう。私たち、『余白探偵社』としても活動してるの。証拠があるっていうなら、専門家に見てもらったほうが確実でしょ?」

美香は腕を組み、堂々と言い切った。


「勝手な真似は困るわね、草薙さん」

委員長が制止しかけるが、美香は一歩も引かない。

「困るのは冤罪で処分されることです。それより、公平に調べ直したほうがいいんじゃない?」


言葉に力がこもっていた。委員会の何人かが押し黙る。

結局、委員長も完全には否定できず、渋々うなずいた。


――そして数分後。

扉がノックされ、背の高い男が入ってきた。

灰色のジャケットにシャツ、少し伸びた髪を無造作に整えただけ。いかにも“探偵然”とした雰囲気ではないが、落ち着いた視線が部屋の空気を変えた。


「真上透です。依頼を受けて来ました」

低い声でそう名乗ると、委員たちは思わず背筋を伸ばす。


「これが問題の映像ですね」

透はノートパソコンの前に座り、黙って再生を始めた。天音が最後に退出したとされる場面。


しばらく画面を凝視したのち、透が口を開いた。

「……確かにこの映像、編集されていますね」


「二秒ほどフレームが飛んでいる。映像が一瞬滑らかに見えるでしょう? 本来なら一呼吸あるはずの場面が、不自然に繋がっている」

透は巻き戻して、画面を指差す。

「ほら、ここ虫が飛んでいるのにワープしているここで映像をカットして繋げた痕跡です」


代表たちにざわめきが走った。

「つまりほんとにこの映像は改ざんされている?」

「誰かが意図的に編集したってことか……」


透は静かに頷いた。

「少なくとも、この映像を“証拠”と呼ぶのは不適切ですね」


「じゃあ天音が犯人じゃないってことか?」

誰かが口にしたその言葉に、天音が縋るように顔を上げる。

だが、委員長はきっぱりと首を振った。


「証拠にならないからといって、容疑が晴れるわけではない。 むしろ、映像を“改ざんした”のが本人だとしたら?」


「えっ……!」

天音の顔から血の気が引いた。


「実際にケースの前にいたのは天音さんだ。その事実は変わらない」

「でも、それは……」

天音が必死に言いかけるが、委員長は冷たく遮る。

「真相が判明するまで、あなたには調査に協力してもらう」


――疑いは消えない。むしろ強まっている。


「……っ」

横で見ていた美香が、ぎりっと歯を食いしばった。

「そんな言い方……不公平すぎる!」


京介は息をのむ。

周囲の空気は、天音から一歩距離を取るように冷たく変わっていった。

月夜だけが心配そうに手を伸ばすが、すぐに引っ込めてしまう。


孤立する天音。

その様子を見ていられなくなった美香が、勢いよく前に出た。


「だったら――うちの探偵に任せて!

 ちゃんとした調査で、天音さんが犯人じゃないって証明してみせる!」


透は肩をすくめ、ため息をひとつ。

「……依頼されれば、調べますよ」


その言葉で、委員会の視線が透に集まった。

けれども“天音が白だ”という雰囲気は一向に生まれない。

彼女の背には、なおも冷たい疑念がまとわりついていた。

展示室の前にはロープが張られ、教員と委員会の生徒たちが立っていた。

天音は「重要参考人」として廊下の椅子に座らされ、両脇を二人の教員や委員会メンバーに固められている。彼女の表情は硬く、唇を噛みしめて下を向いていた。


「外部の方はご退室ください。それから、くれぐれも外で余計なことを口にしないように。もし噂を流せば、学校の名誉毀損として訴えます」


 透にそう言い放ったのは、険しい表情の野原だった。学校側は騒ぎを大きくしたくないらしく、警察を呼ぶことも渋っているようだ。


透は肩をすくめ、こちらに視線を寄越す。

「……まあ、そういうことらしいので。私は一度事務所に戻ります。進展があればご連絡ください」

 わずかに口元を歪め、彼は踵を返す。その背中が廊下の角に消えるのを見届けてから、美香が小さく息を吐いた。


「……ケースに触れてもらえたら一発でわかるのに」

「でも、僕らだけでやるしかないだろ」


 野原たちが用意した“証拠”を信じていたら、天音はこのまま犯人にされてしまう。



京介たちは展示ケースのある化学室へ向かった。見張り役なのか、結城と篠原も同行している。


美香がケースを覗き込みながら首をかしげる。

「うーん……無理にこじ開けられた形跡はないわね」

「鍵を使って開けたってことか? なら、貸し出し履歴を調べればいいんじゃないか」京介が提案する。

「いや、鍵は野原先輩が管理してたし、合鍵もないはずだよ」結城が答えた。


篠原も頷く。「あの人が鍵を手放すとは思えないね。実際、肌身離さず持ってたし、定期的にチェックもしてた」


「じゃあ、可能性があるとしたら……鍵を盗んで合鍵を作ったか、スパイ映画みたいに針金でガチャガチャやったか」


「どっちも薄いな」結城が渋い顔をする。

「鍵は使わないとき金庫に入ってたし、もし針金で開けたなら、鍵穴に傷の一つでも残るはずだ」



その頃、余白探偵社。


学園を追い出されてから透が事務所に戻ると、鍵が空いていた

「おや、お二人でしたか」

そこにはソファーにすわる大和と静がいた

「真上さん」

「少し、美香さんたちに聞きたいことがあって」


透が首を傾げる。

「聞きたいこと、ですか?」

「はい。文化祭の日は場を壊したくなくて言えなかったんですが、展示されていた扇子についてです」


「どのようなことですか?」


「僕たちの学校に歴史好きの先生がいて、文化財にも詳しいんです。展示されると聞いて偶然一緒に見に行ったんですが……その先生が『扇子は贋作だ』と言っていて」


「……どういうことですか?」



文化祭2日目、京介達との合流前


「うわー、すごい人」

「静、はぐれないでくれよ」

「そっちこそ、人混みに流されないでね」

「じゃあ行こう、科学室だよな」

大和と静は自分たちの作った扇子の新聞のようすを見にきた、ついでにそばに展示されている扇子を資料館で見たがもう一度見学する予定だ

ようやく到着したが、目の前には長蛇の列ができていた。


「……これ、みんな扇子目当て?」

「そうだぞ」低い声が返る。

「稗田先生!」

「今来られたんですか?」

「いや、これで二回目だ。少し気になることがあってな」

「二回目って……気になることって何ですか?」

「一度目はよく見えなかった。だが、どうにも引っかかる」


十分後、ようやく展示ケースの前に立つ。

中央の特別展示台には、金箔の輝きをまとった檜骨の扇が広げられていた。


「……やっぱり違う」


稗田は小声でつぶやく。


「衣装の襞の描き込みが妙に均一だ。本物なら筆圧の揺らぎや墨のかすれが残る。だが、あれは均一で“描きすぎている”印象を与える。……贋作だ」



余白探偵社。


透は腕を組み、「合っているかどうかはともかく、興味深い情報ですね」とつぶやいた。



科学室の京介たち。


透から美香に電話が入る

「……つまり、扇子は最初から偽物だったってこと?」美香が眉をひそめる。


『はい、その教師の証言はとても気になります』

スピーカーから透の声が響く


「その教師の見立てが正しいかはわからない」

結城が口を挟む。


「展示には学芸員も立ち会ってたはずだし」

「でも……もし本当だとしたら」


 美香が言葉を探していると、後ろで月夜がぽつりとつぶやいた。

「本物を隠してダミーを置いてから“盗まれた”ことにすれば……騒ぎを遅らせられるし、大きくできる」


その一言に、場の空気が凍りついた。


京介が振り返ると、月夜はそっけなく肩をすくめている。 


「誰がどんな目的でやったのかは、まだわかりませんが」


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