4章 13話 レッツ文化祭! 下 

2日目午前


「……人多いな」

人波を眺めて、思わずうめいた。


「警備員の方の話だと、これでも昨日よりは少ないみたいですよ」

隣で月夜が淡々と答える。


「ゆっくりお進みくださーい!」「最後尾はこちらでーす!」

委員の呼びかけが響き渡る。


今日は朝10時から、起舞の扇子の展示警備の当番。これさえ耐えれば、代表としての仕事もクラスの出店も終わる。心の中で「あと少し」と唱えながら立ち続けた。


近くでは学芸院が拡声器で解説をしている。

「こちらが伝説に名高い起舞の扇子でございます!」

(ぶっちゃけうるさい)


あのお盆の「お化け鏡」以来出してなかった大声を、思わず張り上げる。

「押さないでくださーい!前へ進んで!」

喉が焼けるように熱くなりながらも、どうにか交代時間まで持ちこたえた。


ようやく解放され、広場で劉、美香、静、大和と合流する。


「あ、京ちゃんこっち!」

人の間を縫って、美香が手を振る。


「八田さん、お疲れ様です」

静がはにかみながら丁寧に労い、後ろの大和がペコッと頭を下げる。


「八田君、人すごかったでしょ、ちゃんとできた?」

「京ちゃん、大丈夫?押し潰されなかった?」

「……一応、大きな問題はなかった」

「よかった〜!京ちゃん変なところで気が強いから、また問題起こさないか心配だったんだよ」

「“また”ってなんだ。今まで一回もないだろ」


ふと、京介はその場にいない人物に気づく。

「……あれ、真上さんは?」


4人が顔を見合わせ、そろって苦笑いを浮かべる。

大和が答えた。

「自分たちと来てたんですけど……人の多さを見て、『やっぱり、私はやめておきます』って帰っちゃいました。」

「へぇ、どうしたんだろな」


その時、校庭の特設ステージから軽音部の演奏が響いた。観客がリズムに合わせて手拍子を始め、生徒も保護者も人だかりになっていく。


「やっぱり生演奏ってテンション上がるね!」

美香はノリノリで手を叩く。劉や静、大和も楽しそうに揺れていた。大和のリズムはちょっとズレている気がするけど。


京介はというと、暑さと人混みでぐったりだ。

「八田君、もっと楽しそうにしてよ」

「……無理」

「ほんとつまんない人!」


そう言ってニパッと笑う美香の横顔が眩しくて、思わず視線を逸らした。



午後 — 演劇『カエルの王様』


いよいよ演劇の時間。

体育館のステージに立つ美香は、普段の彼女とは別人だった。


幕が上がり、泉のほとりで金の球を転がして遊ぶ王女の姿が現れる。観客がざわめき、照明が彼女を包む。


やがて球は水面に落ちる。

「どうしましょう……あの金の球は、大切な宝物なのに」

泣きそうな声に、前列の子どもが思わず「かわいそう」とつぶやいた。


湖からカエルが現れる

「泣くことはない、姫君。私がその球を拾ってきてやろう。ただし――条件がある」

「条件?」

「私を友とし、そばに置いてほしい」


観客席がざわめく中、王女はためらい、笑みを作る。

「ええ、いいわ。球を取り戻してくれるなら、何でも」


球を受け取ると、あっさり背を向けて去る王女。いい性格をしている


――王宮の食卓。

父王に叱責され、渋々共に食卓につく王女。

だが日を重ねるうち、カエルの誠実さに気づいていく。


そこへ現れる魔女。

「哀れな王子よ。呪いを解いてやろう。ただし――その命は虫よりも長く続かぬがな」


カエルは苦しげに答える

「私は人の姿で君と共にいたい。たとえ短い命でも」


観客の視線が、美香に集まる。

彼女は唇を震わせ、涙をこらえて叫んだ。


「いいえ! 私は、この姿のままのあなたを愛します!もし人間に戻ったら……“外見が変わったから愛した”と思ってしまう。そんな愛は偽物よ。大切なのは、姿でも力でもない。心よ!」


その言葉は、美香自身の信念そのもののようだった。

その台詞が、なぜか強く印象的残った。


カエルは涙を流し、王女の手を取る。

幕が下り、物語は「人には戻らぬまま、寄り添い続ける」という結末で閉じられた。



カーテンコール。

深々と頭を下げる美香に、会場いっぱいの拍手が送られる。

舞台の上の彼女は、僕の知っている「草薙美香」であり、同時に全く別の誰かのようでもあった。


夜 — 後夜祭


校庭の提灯が揺れ、焼きそばの匂いと笑い声が漂う。

軽音部のアンコール演奏が始まると同時に、歓声が爆発した。カラフルな照明が校舎を染め、人の波がうねる。


「わぁ……すごい熱気!」

美香は目を輝かせ、迷いなく人だかりに踏み込んでいく。


「やめとけ、押しつぶされるぞ」

京介は一歩引いて、壁際に残る。


「大丈夫! ほら八田君も!」

「は? 僕はいい」

「いいから!」


美香はためらいなく京介の手を掴んだ。

ドラムが胸に突き刺さり、地響きのように足元まで揺らす。周りは跳ね、腕を振り上げ、声を張り上げていた。


「……バカみたいに騒いで」

「それが楽しいんでしょ!」


美香は軽快に体を揺らす。その笑顔が眩しくて、京介は視線を逸らす。だが動かないでいると逆に浮いてしまう。仕方なく足先だけ揺らすと、美香が嬉しそうに笑った。


「ほら、できてる!」

「……別に」


心臓の鼓動は、音楽に負けないほど強く響いていた。


少し離れたところでは、劉が大和と静を引っ張り込み、3人でぎこちなく跳ねている。大和も静もタジタジで、可哀想なほどだ。


「京ちゃんも踊ってる!」と劉が指差す。

「……あいつはどこに行っても馴染むな」

「いいじゃない。そういう人がいると、場があったかくなるんだよ」


演奏はさらに加速し、観客の熱狂は最高潮に達する。

腕を振り上げる波の中、美香の手は離されることなく、京介の手をしっかり掴んでいた。


そして最後の一音が鳴り響くと同時に――。

大歓声と紙吹雪が夜空に舞った。


荒い息を整えながら、京介はちらりと美香の横顔を盗み見る。

紅潮した頬、輝く目。


「ね? 楽しかったでしょ」

「……まあ、悪くはなかった」


素直になれない返事に、美香は声を上げて笑った。

後夜祭の熱気に包まれた夜は、まだ終わろうとしなかった。


夜空に、ひゅるるる……と細い光がのぼっていき、

次の瞬間、ドンッと大きな音とともに赤い花が咲いた。

歓声が広場を包み、群衆の顔を一斉に照らす。


「うわぁ、すごい!」

美香が両手を胸の前で組んで、弾けるような笑顔を見せる。

その横で、劉が穏やかに頷いた。

「やっぱり夏の締めくくりって感じだね」


「にぎやかすぎて耳が痛いくらいだな……」

人混みに疲れ気味の京介は、思わずぼやく。

けれど空を彩る光に照らされた美香の横顔に、言葉を飲み込んだ。


「ふふっ、京ちゃんは素直じゃないな」

劉がからかうと、美香がすかさず笑う。

「そうそう! 八田君だって、ちゃんと花火見てるじゃない!」


そのやりとりを少し離れた場所から静が見ていた。

花火に映るその姿は、まるで舞台のワンシーンのようにきらめいている。

大和が隣でぽつりとつぶやく。

「……なんか、こういうのっていいな」


「え?」

静が顔を向けると、大和は視線を空に戻したまま、少し照れたように笑った。

「みんなで同じものを見て、同じ瞬間を覚えてるってさ……悪くないだろ」

「ふふ、そうだねぇ」


次々と夜空に広がる光の花。

赤、青、金色。打ち上がるたびに歓声があがり、熱気がまた高まっていく。


最後に大輪の花が夜空いっぱいに広がったとき、生徒たちの拍手と叫び声が混ざり合った。

その瞬間、京介も思わず声を漏らした。

「……きれいだな」


「でしょ?」

すぐそばで、美香の声が弾んでいた。




帰り道、美香は何度も振り返る。

「ねえねえ、ところでどうだった? 私の王女!」

「……別に」

「なんだそれ! あれだけ拍手もらったんだよ?」

「観客がノリよかっただけだろ」


わざとそっけなく答える。

本当は最後まで目が離せなかったなんて、言えるわけがない。


足元のアスファルトばかり見ていると、美香がふいに立ち止まった。


「八田君」

振り返った頬は、提灯の灯りに照らされて赤く染まっている。

「……来年も、一緒に出ようね。文化祭」


胸の奥が、音もなく揺れた。

答えようとしたのに、喉が詰まる。言葉は出なかった。


夜空に、花火がひとつだけ上がり、ぱっと開く。

その光を見上げる彼女の横顔は、舞台で見せた強さと同じものを宿していた。


二日間の文化祭は、そうして静かに幕を閉じた。

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