20 博物館、満喫
その次の日はかはくを満喫した。博物館というと小学校の総合的学習の時間でお邪魔した大館の郷土博物館くらいしか知らないので、かはくはとても刺激的で楽しかった。
恐竜の化石や動植物の標本など、隅から隅までワクワクでできており、最初は「恐竜の化石があるならまあ……」といったノリだった直言もテンション爆上げで見学していた。爆上戦隊だ。気分ブンブン、ブン回せ! である。
かはくの館内にあるレストランでお昼を食べ、本当にかはくで1日を潰してしまった。ハチ公の剥製を見て大館をちょっと思い出したり、東京のカラスウリが大館でよく見るカラスウリより小さくて「はて……?」となったりして、とにかくたのしい1日だった。直言が干し首にビビっていたのは大草原だった。
お土産に、まひろは鉱物の標本を買っていた。豪は透明標本の飾りがついたボールペンを、直言はサメの歯の化石を、俺はなにを買うべきかさんざん悩んでまひろの買った鉱物標本と同じ種類の鉱物標本を買った。
おそろいにしただけでもう完全な匂わせだ。豪と直言に冷たい目で見られる。俺はもう開き直ることにした。
さらにその次の日はトーハクを見学した。いやあ広い、迷子になりそうだった。珍しいもの美しいものをたくさん見た。硯箱の英語の解説が「BOX」だったのはもうちょっとインバウンドに配慮してあげて……と思ったが、昔の人がこのきれいな箱に硯や筆をしまい、これを開けて手紙を書いていたのか、と思うとしみじみと歴史を感じた。
東洋館で見たエジプトのミイラもワクワクした。ミイラ自体はかはくにもあるのだが、かはくのミイラは「死んで乾いてたまたま残った」感じのミイラで、トーハクのミイラはいかにもエジプトのミイラらしくぐるぐる巻きである。
トーハクを見学して、さまざまな仏像や、さまざまな絵画を見て回るのはとても楽しかった。なるほど、これが教養。これが文化。大館には存在しないものだ。
人類の崇高な宝物の数々に比べれば、ダンジョンのなんと歴史の浅いことか。
俺たちは上野公園から配信をすることにした。パパラッチが追いかけてきたらそのときはそのときだと割り切り、いつも通り自撮り棒を掲げる。
「どうもー! ダン中です! きょうは上野公園から配信してまーす!」
『88888888』
『ファッ!? 上野公園!?』
『東京にいるの!?』
「わたしたち、家のぐるりを記者に囲まれて外出もままならなくなったストレスで、家を飛び出してきました。それでいま東京にいます」
『ダン中を捕まえてもダンジョン学なんて出てこないのにねえ』
『ダン中、楽しいからダンジョンに戻る以外のことしてないもんな』
「それで、ロリータファッションの中古のお店とか、秋葉原の武器屋とか、かはくとかトーハクとか、地元にいたら見られないものをいっぱい見て、いっぱい買い物をして、とても楽しくなったんですけど」
『それはよかった』
『東京、田舎の中学生には刺激が強いもんね』
「この東京滞在中に、ひとつだけテレビの案件を受けて、それから帰ろうと思っています」
豪がハッキリそう宣言した。
『テレビ案件ずっと断ってたよね!?』
「はい、テレビ案件はお断りしていました。僕たちはただ楽しいからダンジョンにいただけで、なにかを学ぼうとかそういうつもりはなくて。だからテレビという場所を借りて、今後について話せたらいいなと思っています」
豪の真面目な語りのあいだ、チャットに動きはなかった。
豪が話し終えた瞬間、チャットがざわついた。
『やっぱり配信やめちゃうのかな』
『やめないでほしい……』
すごい額の投げ銭が飛び交う。
「おれたちもうすぐ高校生になるんですよ。いつまでも中学生じゃいられないんですよ」
直言の言う通りであった。そうなのだ、俺たちはいつまでも中学生ではいられない。
ダン中という一瞬の輝きを、みんなに面白がってもらえたなら、それは嬉しいことである。
◇◇◇◇
テレビ東京の建物は思いのほか小さかった。
受付でダン中ですと言ったらADさんがすかさず出てきて楽屋まで案内してくれて、番組のほかのゲストや番組の内容をざっと説明してくれた。
なんでも、俺たちダン中をきっかけにダンジョン配信を始めた地方の中高生を取り上げるらしい。俺たちの他にもダンジョンにこっそり潜った中学生っていたのか。ちょっと驚く。
まひろがADさんに声をかけた。
「あの、わたしたち……ダンジョン配信は今年度でおしまいにするつもりなんですけど、それを発表していいですか?」
ADさんは少し待ってください、と行って、上のディレクターさんやプロデューサーさん、放送作家さんに相談しに行ったようだった。本当に少ししてADさんが戻ってきた。
「もちろん構わないそうです」
ほっと安心した。
これで俺たちはふつうの中学生に戻れるぞ!
◇◇◇◇
ひな壇に並べられる。タレントもだれかしら来るのかな、と期待していたが特にこないらしい。女子アナウンサーさんらしい人が1人いるだけだ。秋田県ではテレ東が基本的に見られないので、アナウンサーさんがふだんどんな話し方をしているのか、とか、そういうあたりはちょっとわからない。
とにかくよろしくお願いしますと頭を下げる。少ししてもうひと組、中学生ダンジョン配信者が入ってきた。どこの中学生なのか聞いたところ、栃木から来た、と言っていた。
わりと親しくおしゃべりをしているうちに収録開始となった。みんなちょっと緊張した面持ちで正面を向く。
「きょうはゲストとして、秋田県の元祖中学生ダンジョン配信者、ダン中のみなさんと、栃木県の中学生ダンジョン配信者のストロベリーのみなさんに来ていただきました」
こいつら、「ストロベリー」っていうのか。ちょっとオシャレだな。でも栃木でイチゴっていうのはそのまんますぎるな。
他にもリモートで熊本の「ブラックベア」という高校生の配信者と繋いである。ほとんどフリートークの調子で収録していく。
収録も終盤に差し掛かってきた。
「ではみなさんの将来の夢について、聞いていきたいと思います」
ストロベリーの面々は、ダンジョン科のある高校に進み、これからもダンジョン配信を続けるつもりだという。
ブラックベアのほうは地元に残る人もダンジョン学を学ぶ人もいる、という感じだ。
「では、ダン中のみなさんは?」
俺はすうーっと、息を吸い込んだ。(つづく)
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