第二話 拒まれし聖剣、胸に残る棘

 大広間の空気は、張り詰めていた。

 壁に並ぶ炎の灯火が、微かな揺らぎとともに選定の場を照らし出す。中央の祭壇に鎮座するのは――聖剣ルミナスブレード。


 結晶に選ばれし少年、ライエル・グランツは歩み出た。王国の人々が見守る中、王都の重鎮たちが息を呑む。

 幼き王子である彼が「勇者」と呼ばれるなど、誰が想像しただろうか。


 少年の手が、聖剣の柄に触れる。

 ――瞬間。


 ギィンッ。

 甲高い音と共に、光が弾けた。まるで刃そのものが拒むかのように。

 ライエルの手は思わず後ろへと弾き飛ばされ、床に膝をつく。


 掌に残ったのは冷えでも痛みでもなく、握りの“空(から)”だった。

 重さが乗らない――その恐れが、指に薄く張りついた。


 「なっ……!?」

 広間にざわめきが走る。

 聖剣が勇者を拒む――それは滅多に見られることのない異常事態だった。


 神殿の神官長が慌てて駆け寄り、祈祷を重ねる。だが聖剣は微動だにせず、ただ鈍い光を放つだけ。


 ――確かに「選ばれし者」は彼のはずだ。

 光の結晶はライエルを指し示した。

 だというのに、聖剣はその手を拒む。


 王座に座す国王が重々しく声を発した。

 「……見間違いではないのだな?」

 「はっ。結晶は確かに、ライエル様を示しました」

 「ならば……」


 視線が祭壇に戻る。

 ライエルは立ち上がり、再び剣に手を伸ばした。

 震える指先を抑え込むように、強く柄を握りしめる。


 ――刹那。


 聖剣は再び拒むように光を弾いた……が、今度は完全に突き放すことはなかった。

 鈍い抵抗を示しながらも、しばしの沈黙の後――刃が淡い光を灯す。


 広間に安堵の声が広がった。

 人々は「奇跡だ」と口々に囁き、勇者の誕生を称える。


 だが。

 ライエル自身は、心の奥底に小さな棘を覚えていた。

 なぜ、聖剣は最初に自分を拒んだのか。


 その疑問は、やがて後の戦いで意味を持つことになる――。


 * * *


 選定の儀が終わると、各国から派遣された若き代表者たちが前へと進み出た。

 勇者を補佐し、大陸を救う使命を帯びた者たち。


 一人目は、白い修道服を纏った少女。

 「セリナ・アルディナ。聖アルディナ教国より参りました。勇者様に、神の加護あらんことを」

 深々と祈りを捧げる姿に、人々は神聖さを覚える。


 二人目は、銀の鎧を纏う青年。

 「ノルフェン連邦の騎士、ダリウス。命を賭して勇者殿をお守りする」

 真っ直ぐな眼差しは、ライエルに強い圧を与えた。


 三人目は、青きローブの少女。

 「イリス・ヴァルド。帝国宮廷の理術師。末席だけれど、いまは特務で動いている。

 研究も兼ねて来たわ」

 やや棘のある物言いに、場の空気がざわめく。


 そして最後に。

 質素な服に身を包んだ少年が、少し場違いそうに前へ出た。

 「……カイル。辺境の森の出身。狩りは得意だ」

 その一言に、嘲るような笑みを浮かべる貴族もいた。


 ――こうして勇者一行は、ここに結成される。


 だが、まだ誰も知らなかった。

 この出会いの裏に、各国の思惑が絡み合っていることを。

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