元教諭の話(5)

 搬送されてから1週間くらいで、まだ31人全員入院していました。さすがに人数が多いので、近隣の複数の病院に分散して入院していたんです。


 それなのに……全員、その日の夜10時過ぎに、突然苦しみだして……亡くなったそうです。


 それで、余計にわけがわからないのが……その場にいた保護者の方から聞いたんですが、生徒達が突然「熱い!」と叫び出したって。それで何かと思ったら急に昏睡状態になって、そのまま……。


 生徒が亡くなったと聞いて、私は本当に驚いて……すぐ病院に行きました。それで……対面した生徒は、なんていうか……とても高揚しているというか……火照っているように見えたんです。亡くなった方って、肌が青白かったり、顔色が悪く見えるイメージがあったんですが……違いました。ピンク色だったんです。


 ……ええ。よくご存じですね。……そうです。おっしゃる通りです。死後、肌がピンクになるのは……一酸化炭素中毒で亡くなった方の特徴だと。つまり……火災現場にいたときの特徴だと。


 でも、もちろん生徒は皆、ずっと病院にいました。病院では火事なんてありませんでした。そして、生徒が亡くなったとき、火事があったのは……。


 もう……わけがわかりませんよね……。だから、こんな話しても……そもそも重苦しい話な上に、信じてもらえるかも怪しい話で……。


 クラスの中で生き残ったのは、中村なかむらさんだけでした。それで……彼女の家にうかがったんです。正直、何かできるわけでもないとは思っていたんですが、話しておかなければと思って……。同じクラスの友達が突然全員いなくなったんです。放ってはおけませんでした。


 それで、ご自宅を訪問して、中村さんに会いました。それで……。私が教師を辞めようと思ったのは、たぶん……あのときです。


 ……中村さんは、私の予想に反して……とても落ち着いていたんです。その頃にはもうニュースになっていて、ご家族の方も事態を把握されていました。もちろん、中村さんも。でも、泣いたりとか、ショックを受けた様子はなくて……とても落ち着いて見えたんです。


「先生、大丈夫ですか? 顔色がすごく悪いです」


 って、むしろ私を気遣うようなことまで言って。


 最初は、現実を受け止め切れてなくて、一種の現実逃避かとも思ったんですが……違いました。


「皆、燃えちゃったんですよね。残念です」


 って。淡々と……なんなら少し、微笑んでて、穏やかで。……違和感ありますよね? 私、すごく動揺してしまって。思わず「悲しくないの?」って聞いたんです。そうしたら……


「悲しい……? うーん、残念です」


 って。


 ……もう、ダメでした。学校で、31人が突然おかしくなったことに怯えていた中村さんは、ひとりだけまともに見えていたのに、そのときは中村さんがおかしいって思いました。でも、中村さんは続けてこう言ったんです。


「皆、私のことを特別にしてくれたのに。残念です」



 それで……私は、逃げ帰りました。そのまま……休職して、年度の変わり目で、辞めました。


 ……わからなくなったんです。生徒のことが。教師として……やっていく自信が、なくなったんです。生徒が……怖くなってしまったんです。一度は復帰も考えましたけど、でも……またある日突然クラスがおかしくなるんじゃないかって……怖くて。怖くて……ダメでした。


 中村さんは……別のクラスに編入して、3年生に上がるタイミングで、転校したと聞きました。もともと、高校は都内の方で考えていたのを、あんなことがあったのもあって、早めたと。



 どうして今、この話をしたのかというと……今でも、私は……中村さんが怖いと思っているからです。去年から頻繁に見るようになって、どんどん有名になっていって……。


 あ、えっと……彼女は、中村さんは……LoveItラビットJURIじゅりなんです。下の名前の「朱里あかり」の読み方を変えて芸名にしたんでしょうね。


 有名ですよね、LoveItラビット……というか、JURI。去年デビューしたと思ったら、もうすっかり売れっ子で……テレビとか、SNSでもしょっちゅう目に入ります。


 彼女が都内の高校を目指していたのも、オーディションに受かったからです。事務所のレッスンがあって、通いやすいようにと、以前保護者の方がおっしゃっていました。


 ……あの、アイドル……LoveItラビットについて、どれくらい詳しいですか? ……そうですよね、でも、JURIのことは知ってますよね。そうなんです、私の周りもそうで……アイドルに詳しくない人でもJURIなら知ってるっていうくらい。ものすごいブレイクですよね。


 それが……怖くて。


 昔からじゃありません。私のクラスにいたときは、確かにかわいらしい子ではありましたが、そんな……そこまで目立つ子じゃなかったんです。あんな……世界的なレベルで、記録を打ち立てるような……正直、そこまでの華じゃなかったんです。


 それなのに……今はもう、あんなに……〝特別〟になってて。もしかして……あれがきっかけだったんじゃないかって。あれが彼女を、〝特別〟にしてしまったんじゃないかって……それが、ずっと怖いんです。



 ……え? ええ……中村さんは、友達は多かったし、勉強も頑張っていました。別に、学年1位とかそういうレベルの秀才ではありませんでしたが……ちゃんと努力しているのはわかりましたよ。


 そうですね、ダンスは前からずっと好きみたいです。好きなアイドルがいて憧れてるっていう話を聞いたことがあります。


 ……あの、変なこと聞くようで、申し訳ないんですが……本当に『ゾクよば』の取材ですか? オカルトより、中村さん……JURIのことのほうが、ご興味ありそうですよね。中村さんのことを知りたいんですか? そんなにあの子は特別ですか? いや、わかりますよ。人気ですし。テレビでもネットでもなんでもいっつもあの子がいるんです。あの子の歌声がどこでも流れてるし、皆あの子のことを話してるんです。そんなに特別ですか? 歌はREINAの方が上手いし、ダンスはWAKANAの方が上手いのに? どうしてJURIなんですか? どうしてJURIが特別なんですか? どうして? ……どうして?

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