最終章:おてんとうさまはみている(全05話)

第34話:冤罪事件のミステリー(後日譚)

アストラル界の病院の一室で、浦島慶は静かに目を覚ました。


最後に見た、弟たちを救うために自らの命を燃え尽くすかのような蒼い光の奔流。その記憶を最後に、彼の意識は途絶えていた。


「……目が覚めましたか」


傍らに立っていたのは、部下の鬼瓦だった。彼の口から、慶が眠っている間に起きた全ての出来事が語られる。姫川の逮捕、そして柳が最後の執行者としてエーテル界へ渡り、その地で壮絶な最期を遂げたこと。


慶は、静かにその報告を聞いていた。柳の死を悼む気持ちはあった。だが、それ以上に彼の心を占めていたのは、一人の女性の、あまりにも歪んでしまった魂の行方だった。



数日後。角田検事長の特別な計らいで、回復した慶は、東京拘置所の特別面会室にいた。


アクリル板の向こう側に、静かに現れる人影。以前の狂気的な言動が嘘のように、落ち着いた表情で椅子に座る姫川。


「お久しぶりです、慶さん。……復帰されたのですね」


「ああ。君に、いくつか確かめておきたいことがあってね」


慶の静かな声が、無機質な部屋に響く。


「君の事、思い出したよ。裏亀 乙姫(うらがめ おとひめ)さん、だろう?」


その名を聞いた瞬間、姫川の表情が初めて、僅かに揺らいだ。


「……誰ですか、それ。知りません」


「僕が小学生の頃からずっと僕を見ていて、近づく女性を『お掃除』してきた、という君の発言。あれは、嘘だね?」


「……本当ですけど」


「おかしいな、僕は、自分の周りで困ってる人がいたら分かるから、自信を持ってそんなことはなかったと言えるんだけど。それに小学校の時、君は5年~6年の1年で転校したはずだよ。その後に色々あったんだね?」


姫川は、もう何も答えなかった。慶の、同情も軽蔑もない、ただ純粋な事実の指摘が、彼女の心の最も柔らかな部分に突き刺さっている。


「僕の推理が間違っているかもしれないけど、少しだけ聞いてほしい。花の連続殺人の最初の被害者は、君のお父さんだ。そして二人目が、君のお母さん。そうだね?」


「……どうして、そう思うんですか」


「君がまとめてくれた被害者情報だ。最初の二人の情報だけ、あまりにも個人的で、感情がこもっていた。まるで、大切な人を偲ぶかのように」


慶は、一度言葉を切ると、最後の核心を突いた。


「そして、最後の被害者、花入という男。彼こそが、君の両親を殺した、花の連続殺人の真犯人なんじゃないか?」


「……っ!」


「最初の二人の被害者情報に比べて、彼の情報だけが極端に少ない。そして、供えられた花の花言葉も、明らかにパターンが違う。君は、両親の復讐のために、彼を殺害した。そして、その未解決事件を利用することを思い付き、祐を利用したんだ」


「……あいつの名前は、聞きたくありません」


それは、か細い、しかし確かな肯定の言葉だった。


慶は、静かに立ち上がった。


「それだけ聞ければ十分だよ。僕は、これから自分の犯した罪を清算しに行く。僕が生み出したエーテル科学が、多くの悲劇を生んでしまったからね。……だから君も、どうか自分の罪と向き合ってほしい。さようなら、乙姫さん。君とは、もっと違う形で出会いたかった」


慶が背を向け、部屋を出ようとした、まさにその瞬間だった。


「待って!」


姫川が、ガラス越しに必死に慶に呼びかける。


「私の…デスクの引き出しに『お守り』があるから、戦いに行くなら持って行って」


「……」


「それは、私が…慶さんのためだけに作った、世界で一番完璧な『鍵』。慶さんの役に立てるなら、もう、どうなってもいいから……!」


その声は、歪んでいながらも、あまりにも純粋な、彼女の最後の愛情の証だった。



慶は、姫川のデスクの引き出しの奥から、一つの「ソロモンのカギ」を見つけ出した。それは、他の十二本とは比較にならないほど、荘厳で、美しい輝きを放っていた。彼女が独自に完成させていた十三番目の鍵――蛇使い座の紋章が刻まれた「ソロモン王のカギ」。


(……そうか。彼女はここまでたどり着いていたのか)


慶は、そのカギが持つ本当の意味を瞬時に理解した。それは、ただ異世界へ渡るための道具ではない。未完成だった「真・玉手箱」を制御するための、最後のピースであり、そして使用者自身を「鍵」そのものへと変える、禁断のアーティファクトだった。


慶は、そのカギを鬼瓦へと手渡した。


「鬼瓦さん。これを使って、僕自身の肉体をエーテル化してほしい」


鬼瓦の顔からは血の気が引いていくのが見て取れる。


「あの姫川さんが開発していたものをテストもせずにいきなり使うなんて危険です」


「リスクは承知しています。でも、僕の魂が急ぐように告げている。どのみちソロモンのカギの残りが無い以上これを使うしかありませんし、うまく機能すれば、最後の戦いの切り札になります。鬼瓦さん無理を承知でお願いします」


コントロールパネルの前に立つ鬼瓦が、悲痛な表情で敬礼する。


「……承知いたしました。浦島博士……ご武運を」


(待っていてくれ、祐、俊……そして、オト)


慶は、自らが犯した罪の重さを、今一度噛みしめていた。12年間、弟たちに嘘をつき続けてきた。僕が生み出したエーテル科学が、多くの悲劇を生んでしまった。全てを清算し、そして、君たちに心から謝るために。僕も、ようやく自分の罪と向き合う覚悟ができたよ。


まばゆい光と共に、慶の意識はアストラル界から切り離された。



エーテル界に、新たな魂が降り立つ。


そこはバルキーナ王国の王城、その中心部。柳と王が消滅した光の奔流は、壮麗だったはずの中庭を焼き払い、城の一部を瓦礫へと変えていた。


その瞬間、慶の魂が、見えないはずの何かを、はっきりと感じ取っていた。引き寄せられるような、懐かしい感覚。半身を求める、魂の叫び。


(待っていてくれ、オト。今、行く)


時を同じくして。


祐と桃田の腕の中で、意識を失っていたはずのオトの瞼が、微かに震えた。


(……来たか、我が半身よ)


慶は、ゆっくりと顔を上げた。


彼の目の前には、深手を負い、かろうじて息をしている仲間たちの姿。そして、その腕の中で、同じく深手を負いながらも、確かに自分を見つめている、銀髪のエルフの姿があった。


十二年の時を超え、二つの世界に分かたれていた一つの魂が、今、再会を果たした。

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