第25話:魔王vs勇者、獣王再臨す
時は、桃田郎治が天空魔城スカルエデンに乗り込む、数時間前に遡る。
猿獣人の隠れ里から王都へ向かう旅の途中、桃田とジジは、巨大な鳥の影が空を覆うのを目撃した。それは、翼に傷を負い、苦しげに鳴きながら山中へと墜落していく怪鳥――ゼピュロスの姿だった。
「……追うぞ」
ジジの静かな声に、桃田は頷いた。
墜落現場で彼らが見たのは、王国軍の討伐隊と思われる兵士たちの無残な骸と、その中心で荒々しく息をつき、周囲の全てに敵意を向けるゼピュロスの姿だった。その翼には、人間の放ったであろう呪いの矢が深々と突き刺さり、黒い瘴気を放っている。
「……儂が手を出せば、この鳥は暴れて死ぬだけじゃろう。タロウよ、お主が行け」
「俺が?」
「お主には獣王の素質がある。心を開いてババからもらった、だんごでも食べさせてあげたらどうじゃ?」
桃田は、師の言葉を胸に、一人ゼピュロスと対峙した。最初は力でねじ伏せようとしたが、猛烈な抵抗にあい、その鋭い嘴に肩を抉られる。だが、彼は諦めなかった。ジジとの修行で学んだこと。それは、力で支配するのではなく、相手の魂と向き合うこと。
彼は獣化を解き、無防備な人の姿で、ゆっくりとゼピュロスに近づいた。
「……痛かったな。怖かったな。……俺も、同じだ」
その声は、もはや人間の言葉ではなかった。恐怖や支配ではなく、同じ痛みを分ち合う者としての、魂の共鳴。その声に、ゼピュロスの荒ぶる魂が、確かに応えた。桃田の瞳の奥に、自分と同じ孤独の色を見たのだ。
桃田が翼の矢に手をかけた時、ゼピュロスは初めて、その身を彼に委ねた。
◇
そして、現在。仲間たちの治療を終え、心を通わせたばかりのゼピュロスと共に空を見上げていると、不気味な静寂と共に天空魔城スカルエデンが上空を通過していく。
それは、桃田にとって千載一遇の好機だった。
「……あれは、スカルエデン……!」
桃田が、囚われた仲間たちがいるであろう魔王の城を睨みつけると、彼の心を読み取ったかのように、ゼピュロスが低く一声鳴き、その巨大な背中を桃田の前に示した。まるで「乗れ」と言っているかのようだった。
桃田は、その背中にそっと手を置き、まだ完治していない翼の傷を気遣った。「……無理はするなよ、ゼピュロス」ゼピュロスは、主の気遣いに応えるかのように、力強く一声鳴いた。
桃田は、師であるジジと、相棒のロゼムを伴い、ゼピュロスの背に飛び乗った。目指すは、魔王の城。
開け放たれたバルコニーから、巨大な影が滑り込むようにして舞い降りる。風を司る怪鳥ゼピュロス。その広げられた翼は、玉座の間を覆い尽くさんばかりの威容を誇っていた。
その背から、一人の男が静かに降り立つ。
「貴様が捕虜とした、バルキーナ王国の獣化兵…いや、「クラスメイト」のみんなを解放してもらう!」
天空魔城に乗り込んできた桃田たちを前に、玉座に座る魔王は、初めて楽しそうに口の端を吊り上げた。
「……面白い。この俺に挑むか、小僧。だが相棒二人は本調子じゃないようだな。ちょうどよい、俺も部下に手出しはさせん。その猿人と小僧、二人でかかってくるがよい」
桃田は、ジジとの連携で魔王に挑むが、その刃は魔王に届くことすらなかった。バロックは、二本の剣を抜くと、まるで踊るかのように二人の猛攻を二刀流で華麗に捌き切る。
「どうしたジジ、以前戦った時より衰えてないか?それとも今の相棒との連携の経験がまだ足りないのかな?」
魔王の言葉が、桃田の心に突き刺さる。その時、彼の背後で、ロゼムとゼピュロスが咆哮を上げた。主の危機を前に、彼らの魂が共鳴する。そして、桃田自身の魂もまた、その声に応えた。
「――キメラ・フォーム!」
桃田の体が、まばゆい光と共に変貌を遂げる。鳥人の翼、狼男の爪と嗅覚、そして猿獣人の俊敏さ。三つの獣の力が融合した、彼の最強の姿。 その覚悟に応えるように、これまで後方で戦況を見守っていたジジが、初めて本気の闘気を放った。
「――八門内丹術(はちもんないたんじゅつ)!」 ジジの老いた猿獣人の体が、隆々とした筋肉に覆われた壮年の戦士へと変貌を遂げる。二人は、同時に魔王へと襲いかかった。
「ほう……!」
魔王の目が、初めて興味深そうに細められた。 「ならば、こちらも少しは楽しませてもらねばな。
――(エーテルスキル)スカルエデン『ボーン・コネクト』」
魔王の背後から、二本の巨大な骨の腕が出現し、それぞれが禍々しい魔剣を握りしめる。魔王自身の二刀流と合わせ、合計四本の刃が、キメラと化した桃田と、壮年の戦士と化したジジを迎え撃った。
凄まじい剣戟が、玉座の間を震わせる。
四本の魔剣が、まるで生き物のように縦横無尽に舞い、桃田の死角を的確に突いてくる。だが、桃田ももはや以前の彼ではない。ジジとの修行で培われた戦闘技術と、キメラ・フォームの超感覚が、魔王の剣筋を紙一重で見切り、カウンターの爪撃を叩き込んでいく。
「ちぃっ!」
魔王が初めて、舌打ちをした。桃田の予想外の成長速度にではない。彼の背後から、老獪な獣の気配をまとって回り込んできたジジの、必殺の間合いに気づいたからだ。ジジの拳が、魔王の脇腹を寸分の狂いなく捉えようとした、その瞬間。
ガンッ!
ジジの拳は、魔王の背後から生えた三本目の骨の腕によって、あまりにもあっさりと受け止められていた。
「……全盛期のお前なら四本でも止められなかったぞ、獣王。年寄りの喧嘩殺法は、今のお主には荷が重いと見える」
「ぬかせ!」
ジジが体勢を立て直すよりも早く、魔王の視線は再び桃田へと戻っていた。
力は拮抗していた。だが、経験の差はいかんともしがたい。桃田の動きに生まれた僅かな隙を、魔王は見逃さなかった。四本の剣が、桃田の体を無慈悲に切り裂こうとした、その瞬間。
「――俺は……! 俺は、絶対に負けないッ!!」
桃田の魂の絶叫に呼応するかのように、天空魔城のバルコニーから、無数の鳥たちが一斉に玉座の間へと雪崩れ込んできた。それは、この城に住み着いていた原生モンスターの鳥たちだった。彼らは、桃田から放たれる魂の波動に引き寄せられ、主を守るための翼の壁となって魔王バロックへと襲いかかる。
「……くっ。この現象は、獣王の覚醒か。小癪な…だが、なるほど、これは珍しいものを見せてもらった」
バロックは感心したように呟くと、二本の剣を鞘に納めた。その瞬間背に背負っていた2本の骨の腕と剣も消滅した。
玉座の間を支配していたのは、絶対的な静寂だった。先ほどまで魔王に牙を剥いていた無数の鳥たちは、今やその敵意を完全に収め、新たなる王の誕生に立ち会う証人のように、桃田の周りで静かに翼をたたみ、敬虔に頭(こうべ)を垂れていた。
地に膝をつき、獣化が解けた桃田の前に、魔王は静かに立った。
「……見事だ。その決意、本物と認めよう」
魔王は、一つの禍々しい水晶玉を桃田の前にかざした。
「お前の仲間たちは、この中だ」
水晶玉の中には、苦悶の表情を浮かべたまま眠り続ける、クラスメイトたちの姿があった。
「彼らは、バルキーナの術によって魂に深い傷を負っている。今、この魔法球の中で、我が魔力によって緩やかに時間を遡行させ、治療している最中だ。これを割れば、彼らは今すぐ解放されるだろう。だが、治療は中断され、彼らの魂は二度と元には戻らんかもしれん」
魔王は、その選択を桃田に委ねた。
「さあ、どうする? 英雄殿。お前は、彼らを今すぐ『救う』のか?」
それは、あまりにも残酷な問いだった。 心の奥底で、かつての自分が叫んでいる。今すぐ水晶玉を奪い取れと。目の前の仲間を救うことだけを考えろと。だが、その声はもう、今の彼には届かなかった。
以前の彼であれば、怒りに任せて魔王を信用できぬと水晶玉を奪い取ろうとしただろう。だが、今の彼は違う。ジジとの修行、そして仲間たちの魂との共鳴を経て、彼は本当の意味での「王」の孤独と、その決断の重さを知っていた。
桃田は、ゆっくりと立ち上がると、魔王バロックの目を真っ直ぐに見据えた。
「……分かりました。俺には、その水晶玉は制御できません。あなたに友人たちの命を預けることが最善だと判断します」
その言葉に、バロックは満足げに頷く。
「この世界に召喚された時、俺はあなたを倒すべき敵だと教えられた。だが、実際にあなたと戦い、その言葉を聞いて、本当の敵が誰なのか……俺が本当に戦うべき相手が誰なのか、完全に分かりました」 桃田は魔王に背を向けると、傍らで待っていた仲間たちへと向き直った。 「ジジ、ロゼム、ゼピュロス。行こう。俺たちの戦場は、ここじゃない」 その声には、もう迷いはなかった。
◇
桃田たちが天空魔城を飛び去った、その直後。
バルキーナ王国の玉座の間では、大臣ミゴズクが玉座に座す王へ、恭しく、そして愉悦に満ちた表情で報告を行っていた。
「陛下。ご命令通り、国中に布告を出させました。『王女様が、亀の帽子を被った悪逆非道のゴブリンに誘拐された』と。民の怒りは、今やかのゴブリンへと向かっておりますぞ」 その言葉に、王は満足げに頷いた。
「うむ。そのようにしておけば、勇者も救出に動くしかなくなる。しかし…勇者が生きていたとは、大臣お主の密偵どうなっておる」
「はは~。まことに申し訳ございません。密偵のものは既に処分いたしましたので、何卒ご容赦を…」
二人の英雄が、互いを最大の敵として認識し、激突する運命の歯車が、今、静かに、そして確実に回り始めた。
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