スカイフォール・ストラテジー

長月はつか

第1話

「嘘だ嘘だ嘘だ!」


「なにか知ってるやつはいないのか!?なあ、そこのお前教えてくれよ!」


 降り立った街はすでに阿鼻叫喚の最中だった。


 泣き叫ぶもの。怒りをあらわにするもの。すでに窃盗に走るものもいた。

 しかし、それも無理はない。


 「デスゲームってなんだよ」


 僕のつぶやきは、喧騒の中にすぐ消えていった。



++++



【スカイフォール・ストラテジーにようこそ】


【私は案内人です。まずはキャラクターをつくりましょう!】


 ようやく始まった。初回起動だからか、何度もスキャンが繰り返し実行されていた。

 僕は名前と性別を入力し、キャラクタークリエイトへと進む。



「うーん、ここはこうかな。こっちのほうが良さそう。こっちも捨てがたいな」


 鏡に映る自分の姿がどんどんと変わっていく。

 数分後に立っていたのは、筋骨隆々で目元に傷のある、大柄で屈強な一戦士だった。


 初期の武器は大剣。体格のよい身体にすら大きく映るシルエットは、このキャラの男らしさを際立たせる大事なパーツだ。



【良いキャラクターですね】

【では次はチュートリアルです】


 謎の空間から、草原へとフィールドが変わる。


【では感覚系をオンにします。ご注意ください】


 アナウンスの次の瞬間。ぐっといきなり重力を感じる。背中にある大剣が、重力の感覚をより強調してくれる。風が草原をかけぬけ肌を撫でる。

 相当リアルに作っているとは運営談だが、まさかここまで感覚がリアルなゲームが出てくるとは驚きだ。


【まずは武器を振ってみましょう】


 背中の大剣の固定を外し、両手で握り込む。現実ではありえないほどの筋肉量が、重みのある大剣を安定させる。


「それ!」


 空を切る感覚。遠心力により体がばらばらになりそうだ。使いこなすには時間がかかるだろう。


【次はスキルを使いましょう】


 空中にガイドが表示される。その位置まで剣を持っていくと、急に体が引っ張られる。

 スキルの動作をなぞるように剣を振れば、剣にエフェクトが纏わりつく。どうやらこれが、スキル発動らしい。


【実際の戦闘ではユーザーの技量とスキル始動のタイミングが攻略の鍵となります】


 他にも戦闘や経済システムなど、様々なチュートリアルが行われた。



 そして最後に


【このテストは完全なクローズドβテストです。本当に先に進みますか?】


 迷うことはない。


「もちろんYesだ!」


【承知しました。それではスカイフォール・ストラテジーの世界をご堪能ください】


 地面が消え、独特な空間へと落ちていく。


 これは現実とは違う別の世界で、新たな自分が始める冒険の物語だ。


「ん?米印でなにか……」


【※なお、このβテストで死ぬことは現実世界での死を意味します。くれぐれもご生還されることを心よりお祈り申し上げます】


 そして、テスター1000人を巻き込んだ史上最悪のゲームによる殺人事件の幕が開けた。



++++



「デスゲームってなんだよ」


 僕のつぶやきは、喧騒の中にすぐ消えていく。

 そして同時に、自分の声が変わっている……いや、戻っていることに気がつく。


 僕が設定した声は、渋みを感じる低温の男らしい声であって、決して声変わりしそこなった高い声じゃない。

 それに大剣が先程よりも重く感じ、目線も低い。


「まさかまさかまさか!」


 ショーウィンドウへと駆け寄ると、反射で僕の今の姿が映り込む。


 日焼けを知らぬ白い肌。母親に似てくっきりとした顔のパーツ。重いものを持ったことがなさそうな細腕。

 先ほどまでの男らしいアバターとは似ても似つかない女々しい体が、そこに映っていた。

 それは僕がこの世でもっとも憎悪する、現実の僕自身にそっくりだった。


「う、嘘だ」


 せっかく僕ではない僕になれるとこのゲームを始めたのに。待っていたのは現実よりも厳しい世界だった。


「おい!キャラメイクが変わってるぞ!」


「これって現実の姿じゃないか?」


「ステータスまで変わってるぞ!」


 こんなの仮想現実なんかじゃない。ただの現実だ。


「お、俺は!俺は信じないぞ!そうだ、ログアウトができないならこうしてやる!」


「待て早まるな!」


「うるせぇ!!!」


 気の弱そうな男が、短剣を喉元に当てる。


「あばよお前ら!いちぬけだ!」


 血の代わりのエフェクトが飛び散る。あたりは一気に静寂に包まれる。



 しかし、待っていたのは想像を絶するものだった。


「い、いてぇ!ぐ、ごほぉっ。ああHPが、う、し、死にたくな……」


 男の瞳から光が消えた。死んだのだ。物言わぬ遺体が広場の真ん中に生まれ落ちる。



 静寂は一転し、阿鼻叫喚に包まれる。

 泣きわめくもの、怒鳴り散らすもの、その場で静かにしゃがみ込むもの。


 だが、その中でひときわ違う者もいた。


「みんな慌てないで!遺体が残ってるってことは蘇生機会もあるかもしれない!」


 彼女は身長も高く、そして何よりも美人だった。広場でひときわ目立つ彼女はこう続ける。


「パニックになっていても何も始まらない。まずは街の内外の情報収集をしよう!」


 彼女はきっと、皆を導くリーダー的存在となるだろう。彼女は周囲の喧騒をものともせず、ただひたすらに前だけを見ていた。


「彼女なら……」


 しかし、彼女の視線がこっちに向いた瞬間、僕を絶望が襲う。


「君みたいな華奢な人間は無理に戦わなくていい。私達がきっと守って見せるからね」


 彼女の瞳に映るのは、歴戦の勇士でもなければ、手練れの豪傑でもない。

 華奢で頼りがいのない、臆病で内気な僕だ。



 そうだ。僕はこの世界でも「僕」なんだ。


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