第2話 冷厳 紫陽花(れいげん あじさい)
さて、では準備フェーズの大まかな流れから説明するね。まずは最初に仲間集め。これは私たちの組織は少数精鋭にしようと考えているから、今の予定では最終的に六名ほどになる予定ね。その内の二名をまずこの都市内で確保して、そこから一度この都市から脱出し、拠点からいくつかの作戦行動を実行し武器の調達を行い、残りの人材確保は遅からず我々と事を構えるだろう人類軍から引き抜く予定だわ。最終的には敵の頭脳クリエーターのマザーコンピューターが存在するある都市の奪還を目標にする。ここまで分かったかな?」
そう言って顔を上げた彼女と目が合う。説明中ずっと気になっていたが彼女は先ほどからずっと口では淡々と説明しながら、忙しなく手元に集まった本のページを捲っていた。そんな彼女を不思議に思ったが、先ほどの説明には大変な問題があった。それは事によっては先ほどの宣誓を反故にしようかと考えるほどだった。
「まってよ、なんで六名の少数精鋭っていくら何でも無茶苦茶すぎるでしょ?だってAI軍がどれほど数いるか分からないけど世界を制圧した軍勢だよ?もちろんなにか勝算があるんだろうけど、それでも六名ってのはあまりにも非現実的じゃない?」
「うん、心細いっていう気持ちはわかるし怖いのも理解しているけど仕方ないのよ。実は既に人類時代の兵器ではAI兵を破壊することは不可能になっていてね。だから郊外の元軍事施設を拠点に動いている人類軍ですら真正面から戦わずに卑怯な手段ばかり使っている。だけど私だけ知っている彼らに対抗できる兵器が実は存在しているの。それは一つでAI兵を制圧できるポテンシャルを秘めている兵器なのだけど数に限りがあってね、だから六名なの」
特別な兵器だと?それは少し聞こえが良いな。もちろん自制しているつもりだがこの状況まるで自分が世界を救う勇者のような気持ちにさせられる……しかし、これすらも彼女の手のひらの上な可能性はあるから変にトリップしないように気を付けないと。
「理解してくれたみたいだね!今ちょうど最終選考し終わったから、さっそく最初の仲間候補について話すね」
彼女がこちらの様子を見て取り話を進め始めると、画面の右側に小さく一枚の写真が表示された、それは一枚のマグショットだった。写真に写っている少女はオレンジ色の囚人服を着させられていた。薄紫色に染められた髪を顎の下のラインで綺麗に切り揃え、その整った容姿からとても可憐な少女にも見えるが、同時にその恨みの籠ったような目つきの据わりようは凶悪な犯罪者然とも映る不思議な雰囲気の少女だった。手には囚人識別番号の記載された板が掲げられていた。
「名前は冷厳れいげん 紫陽花あじさい十八歳。世界で初めて思想犯罪で捕まった人間だよ。行った犯罪は市民の扇動とAIの再教育。まあ簡単に言えば私たちよりも前に現実的な手段でAI達に反旗を翻した先輩って感じだね。まだこの手段が画期的でAI達が完全に国を征服する前のことだよ、理想都市で捕虜にされてマンションで軟禁されていた当時十三歳の幼い彼女は、毎日決まった時間に食事を運んでくる人間の振りをしたAIに対して自分を解放してくれるように頼みこんでいた。けどどれだけ直接頼み込んでも話を変えられて一切受け付けなかった。そこで多くの会話を行い彼らに一つずつ定義付けや遠回りをしながら禁句の地雷原を特定していき最終的にある程度自分の意のままに動かすことが出来るようになった。その後、他の捕虜の人たちを集め実際に乱を起こそうとした段階でAIの学習の指向性が意図的に改変され始めていることをクリエーターに感知されて、彼女は主犯として逮捕され、まだ建設途中だった特殊更生施設に入れられることになったの。もちろんその後は全AIの学習をクリエーターが完了させて、その機能自体を凍結してしまったので今彼女と同じ方法をとることは出来ない。まあ簡単な経歴はこんなところ。彼女の行動原理は単純で怒り。君と同じで親を殺されたからだね。当時AIの反乱であらゆる都市のシステムがマヒして、大病を患い病院に入院していた彼女の唯一の肉親の祖父が適切な医療処置を受けいれずに死んでしまったんだ」
十三歳で天涯孤独の身となって軟禁されながらも反乱を成功の一歩手前まで持っていたその異質な才能は驚くべきものだった。
「それで彼女は今どの区間に住んでいるの?」
「うん?彼女はまだ施設で教育されているよ?」
「え?」
特殊更生施設とは刑務所などとは違い刑期は存在しない。目的は贖罪ではなく更生だ。それはAIによる教育という名の洗脳をされるということだった。実際にその施設に収容された者の大半は半年から一年ほどで完全に洗脳が完了し釈放されていた。しかし彼女が話した情報からすると、冷厳 紫陽花は十三歳という精神も肉体も未熟な状態で収容されたのにも関わらず約五年間AIの洗脳に抵抗し続けていることになる。事実であればそれは信じられないほど強靭な精神の持ち主だ。僕は衝撃から少し震え声で彼女に話しかけた。
「それで、どうやって彼女を連れだすの?それに勧誘だって面会に行くしか方法無いけどそれを申請できるのは親族か特別な理由がある者だけだし」
僕の疑問を受け止めた彼女は得意そうな表情になり指をチッチと左右に振って見せた。
「そこら辺はバッチリ任せてよ。紅葉君は彼女に会いに行く特別な理由があり、面会が許可されたわ。それでどうやって連れ出すかだけど、君が知っているかは分からないけど二年ほど前から特殊更生施設から出所した者の再犯が起き始めたんだ。特殊更生施設の洗脳は普段君が学校で受けているようなものとは違って、人格が変わるような強いもので本来、自然に解けるはずのないものだ。私はこれに彼女が関わっていると推測しているの。つまり彼女は洗脳を完了せずに出所する方法を知っている可能性が高いってこと」
また彼女について信じられない情報が出てきた。しかし十三歳でAIを洗脳しようとしたことが前提としてあるからにはあり得ないと切り捨てることは出来なった。その時、再びタブレットの画面に画像が表示された。画像は小さくて見えないが何かの書類のように見えた、僕はその画像を拡大表示にして詳しく確認した。
「なるほどそれは心強い味方候補だな。ところで、なんでここに書いた覚えのない僕の婚姻届があるんだ?夫、赤月 紅葉。妻、冷厳 紫陽花って書いてあるけど?偽造書類なの?」
「ああ、違うよ。偽造ではなくて正式な書類だよ。紅葉君がうちの組織に加入した段階でメンバーの雑務担当のAIに頼んで申請しといた……紅葉君顔が怖いのだけどそんな怒らないでよ、というのも二人についての情報改竄はできなかったんだ。紅葉君達って天涯孤独の身でしょ?血族の中に一人兄弟が増えていたとか従妹が実は居たとか、そんな感じならおそらくバレずに改竄する方法はあったんだけど。君たちの情報は白紙すぎていじるとエラーに繋がる可能性があるの、それに例えそうじゃなくても改竄するぐらいなら正式な方法を取った方が足つかなくて安全でしょ。この都市での結婚はお互いの管理番号さえあればオンラインで申請することが出来るし、それにどうせこの世界ごとひっくり返すんだから小さい事は後からいくらでも修正が効くよ」
確かに説明されてみれば文句の言えないほどしっかりとした理由だった。
「それじゃあ紅葉君、年次休暇使って明日を休みにしといたから、さっそく明日彼女に会いに行こうか。面会の予約はもうしてあるから、時間は午後二時からで面談時間は十分その間に彼女にこちらの意思を伝えて協力を仰がなければいけない。もちろん面会室では録画録音されているから直接的な言葉は避けてこちらの意図を正確に伝えなければいけない。いまから作戦担当が用意した説得用の台本とNGワード集とその言い換え方を送るからノートに写して、当日のカンニングペーパーとして持っていこう」
*
翌日、いつもと変わらず健康に配慮された淡白な昼食を済ませ、マンション前の道路に駐車していた特殊更生施設行きの送迎車に乗り込むと直ぐに眠気が襲ってきたので目を閉じる。昨日は興奮していたからか中々眠りに就けずに夜更かしをしてしまった、更に起きるときにおそらくレム睡眠中に見ていたであろう悪夢の内容を思い出して気分が悪くなった。そんなさんざんな幕開けの反乱生活一日目。
*
「特殊更生施設、面会者ゲート前到着いたしました。ご案内いたしますので私の後を付いてきてください」
常に半覚醒状態で揺られながら三十分ほど、後部座席のドアが運転手の手により開けられて起こされ、車から降りるとそこには大きな五階建ての学校のような見た目の四角い建物があった。
「では、私が先導します。ここから少し歩きますが二メートル以上離れること、私語を発することはお控えください」
僕は運転手の注意に従い先導され施設内を移動した。長い白い廊下を歩き面会室の前に着くと、最後に注意事項が言い渡された。
「この扉を入ると面会室です。再確認しますが今回持ち込む物は事前に申請があったノートと婚姻届だけですね?では手持ちバックはこちらでお預かりします。室内には職員は居ませんが監視カメラで見張られていますし、録音録画もされているためくれぐれも事前に通達してあるルールを守っていただけますようお願い申し上げます。それでは十分間です、どうぞお入りください」
自動で開いた重たそうな金属の扉から中に入ると、すでに面会室には彼女がいた。実際に見る彼女は写真の時よりもかなり成長していて、その透き通るような薄紫の髪と瞳に危うく飲み込まれそうになった。部屋は中央で区切られ壁の代わりに使われているアクリル板を通して話すことが出来た。
「やあ、紫陽花ちゃん久しぶりだね。遅くなっちゃってごめんね」
なんとか自然に話すことが出来た。本来こんな初めましての人に馴れ馴れしく話しかけるなんて怖くてできないが、昨日寝付く前に行ったイメージトレーニングのおかげで緊張せずに話すことが出来た。僕は彼女の対面の椅子に座って反応を伺ってみたが、彼女の表情は一切変わらずに僕の顔のパーツを一つ一つ時間をかけて眺めて来た。その普通であれば失礼にあたるような異様な対応に少しひるんだが、彼女が言葉を発さないために次のセリフにすすむことにした。
「赤月 紅葉だよ、覚えてる?十年ぶりかな?ずっと昔に親同士が決めた婚約関係だったけど、亡くなった両親が残した約束だからね、僕たち結婚し…よう」
最後緊張で言葉が詰まってしまったが、何とか話すことが出来た。さてここからが本番だ、なんとかこちらの意図を悟ってもらわなければならない、僕は一度彼女に見えないように膝の上に置いたカンニングノートに目を向けた。
「紅葉君!嬉しい!まさかそんなに昔の約束を覚えていてくれたなんて!私はこんなところに居ながらもずっと君が来てくれるのを夢見ていたの!」
「……えっ」
彼女は僕の想定したものとはかけ離れていた。こちらを見つめ感極まったように瞳に涙を浮かべてとても情に満ちた表情で見てきた。一体どういうことだろうか、僕がプロポーズをした後も彼女の表情は一切変化がなく少し恐ろしいほどだったはずだが、先ほど僕がノートに目線を逸らしたその一瞬の間に彼女はまるで別人のように変わっていた。あまりの変わりように呆気にとられていた。まだ興奮冷めやらないような彼女が話し始めた。
「まだこの施設にいる間から気が早いかもしれないけど、紅葉君は結婚したらまずなにしたいとかある?君がここまで想ってくれているから、私もできるだけ理想の妻になれるようにしたいんだ」
なんだ?やはり少しおかしい、まるで彼女は既に僕たちの意図を完全に理解して、しかも隠語を用いて詳しく掘り下げようとしているようにすら思えたが。実際そんなことがありえるとしたら、彼女はとても恐ろしい人間だ。しかしどちらにせよ既に主導権は彼女に渡ってしまった。ここから先は彼女のペースに乗るしかないだろう。昨日から練習やカンニングノート作成に時間を費やしたのにこんなことになってしまい僕は既に緊張と集中力が吹っ切れていた。少し投げやりに僕は彼女の問いに答える。
「そうだね、君が出てきたら今後の二人の将来について一緒に考えようか。それから学習過程を終えたら、二人で共同研究をするのもいいかも、テーマはもちろんこの世界と人類の為になる有意義なことにしたいね」
「そっか……ねえもしできるとしたら結婚式は何人くらい招待する予定なの?」
結婚式、招待。ようやく分かってきた。彼女は既に僕が反乱を企てていることに気づいている。そのうえでのこの質問、おそらく意図するところは所属するメンバーの人数だろうか。
「今のところはまだいないけど、呼ぼうと思っているのは六人だよ。結婚式などの準備のサポートをしてくれている人も実は心当たりあるんだ、だから早く出てきてね」
「ふん、いいよ。分かった。ここまで来てくれている時点で嬉しいよ。ずっと後学のために残り続けていたけど、もう傾向と対策は済んでいるし直ぐにでもこちらから会いに行くよ。その時に詳しく聞かせて」
彼女がそう話を締めくくると部屋の中に機械音声で作られた退室を促すアナウンスが流れ、部屋の扉が開いた音がした。
「紅葉君!大丈夫?上手くこちらの意図を伝えることできた?」
部屋に着くと机の上に置いていったタブレットが起動して欲望司書が直ぐに話しかけてきた。
面会では手荷物検査がされてタブレットなどの機械類の持ち込みは禁止されていたため、彼女は部屋で留守番をしていた。
「うーん。上手くは行ったと思うけど、思うようには進まなかったね。ほとんど彼女が勝手にこちらの思考を読んでいたみたいな感じだった。すぐに出るから待ってねだってさ」
「ふふっ、それは上々だわ。さてこちらも彼女が出所してくる前に出来るだけ準備を進めておこう」
彼女はとても愉快そうに笑っていた。
冷厳 紫陽花を誘った翌日のこと、登校の準備をしている間に再び勝手にタブレットに彼女は現れて話し始めた。
「次の仲間は技術と身体能力が素晴らしいわ。彼の名前は鯱蔵しゃちくら 響ひびき二十九歳。まず身体能力だけどこれは純粋な腕力では無くて彼の身体能力と運動神経の良さだよ。彼はこの都市で義務付けられている一年に一回の定期身体能力測定で全市民の中で一位を記録している。しかしこれはこれから手に入れる兵器を考えると割とどうでもいい。それよりも彼の有用さは技術者の側面だ。彼はずっと昔から機械いじりが趣味だった。この都市に来てからも本来は自由にできないはずの機械いじりを抜け道を使いずっと続けている。その結果彼は今のAI技術的な物の一部を理解し使用することが出来つつある。土曜日に休日入れて来るらしいから、こちらも休日申請して、出迎える準備を整え待とうか」
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