ババァは夜の学園を徘徊する


 ラーナ・ラルタリアの密かな楽しみ、それは夜の学園を散歩する事だ。

 夜は静かで歩いていると自分を忘れられる。今日は入学式で疲れたのもあって余計に学園中を徘徊していた。


 つかれあ、おっと疲れすぎてうまいこと呂律が回らぬ。それくらいわしは疲れておるのだ

 全員わしを便利グッズのように使いおってからに!

 な〜にが!『学生寮が満員になりそうなので魔術で作ってください』だ、まったく!その後も何かにつけて色々作らされて…


 いや、ここらで愚痴はやめておこう。わしはストレスを発散するために散歩しておるのじゃ


「そうじゃ!せっかくじゃし作った学生寮にどんな奴が住んでおるのか見てやろう!」


 たっのしい!たっのしいお散歩〜!ルル〜ルルルルルルン♪


 ラーナはルンルン気分でステップを踏みながら歩く、これで五百歳以上だと言うのだから驚きだ。


 歩いて学生寮まで来てみたが、つまらん!しかし当たり前じゃろう寮に面白さを求める方が間違っている。

 少し無駄足じゃった気もするがだいぶ気も紛れたし良しとしよう


 駄目じゃ。やっぱり良くない、ストレスが溜まりすぎている。

 こうなれば致し方ない、イタズラをしよう。今からランダムな部屋を選んで学園長がいきなり部屋に飛び込んできた反応を見る!

 我ながら良くできたイタズラじゃ、シシシ!


 ラーナの思考は肉体年齢に引っ張られる事が非常に多い、真面目な時は真面目なのだが一度火がつくともう止められない

 

 あの部屋なんて良さそうじゃ、電気もついているし大して迷惑にはならんだろう

 わしは浮遊魔法でその部屋の高さまで上昇しゆっくりと窓を開いた


 その次の瞬間、窓の中から一本の剣が飛び出した


「誰だッ!侵入者ならば容赦は、しな…え?」


 あれ?確か此奴はカイト・ケンザキ、異端の少年じゃないか、まさかこの寮に住んでいたとは思わんかった。


 もしかしてわし当たりを引いたか?この退屈な生活に投擲された一つの小さな異端。

 これは使える、この少年で遊ぶのはさぞかし楽しそうじゃ




 ◇ カイト視点 




 先輩曰く僕の魔力総量は多い、にも関わらず火炎放射器の様に火を出したり噴水の様に水を噴き出す体外干渉系の魔術はいちじるしく使えない。


 だがその代わり僕は体内完結系の魔術の才能がある。

 例えば自己の身体を強化する身体強化、五感の機能を底上げし周りの気配を察知する気配感知などだ。


 そしてついさっき僕の気配感知がある気配を探り当てた。

 その気配は極めて静かだった、何かの幕で包まれている様な不思議な気配だ


 僕は咄嗟に剣を構える、これは危険だ


 大きく息を吸っていつでも迎撃出来るように必殺の構えを取る

 これでも冒険者をやっていたんだ、剣の腕には自信がある。さらにそれに身体強化を重ねれば並大抵の相手になら渡り合える!


 相手が窓に手をかけた時点で僕は抜刀していた。【居合・鷹翔】


 クソッ!外れた、掠りさえもしなかった。


 急いで次の攻撃を浴びせようとした所で思わず放心してしまう、なぜ学園長がここにいるんだ。いやそれよりも学園長に剣を向けた僕はどうなる?


 退学の二文字が頭に浮かぶ


「ご、ごめんない!学園長!」


 冷や汗が止まらない、今の僕には謝ることしか出来ない


「くはは!おぬしは面白いのぉ、これほどに笑ったのはいつぶりじゃ?」


 怒っては、いないのか?


「そんな顔をするでない!別にわしは怒っているわけでは無いのじゃから。」


「ほ、本当ですか…?」


「あぁ本当だとも、じゃがわしに剣を向けたのじゃ。一度振り上げた剣には責任が宿る、故におぬしはわしと模擬戦をするのが道理だと思うがなぁ?」


 本当に怒ってないのかこの人?僕を殺すつもりじゃないよね?

 でも逃げても捕まるだけだ、せめて立ち向かわなければ!


「分かりました!カイト・ケンザキいつでもいけます!」


「話が早くてわしは嬉しいぞ!先攻はわしがもらうぞ【二級魔法・砂刃風】」


 二級魔法だって!?一流の魔導師が10人がかりで発動する魔法をたった1人でこんなにもはやく放つなんて


「【剣壁・鉄】」


 剣を縦に構えて攻撃を受け止める


「ほう、これを止めるのか流石異世界人じゃ」


 やっぱり僕が異世界人である事を見抜いている。どうして分かったのか、他にも僕のような人はいるのか、聞きたい事は山ほどあるけど


「ならば少しレベルアップといこうぞ!」


 そう簡単には聞かせてくれないみたいだ


「【剣滑・乱舞】」


 とりあえず僕が学園長相手に取れる手はできるだけ攻撃をいなしてダメージを最小限に抑える事だ。


「ふはは、正解じゃ!賢い人間は好きじゃぞ」


 こんな状況なのに学園長の溢れんばかりの笑顔に見惚れてしまう。楽しい、異世界に来てから今が一番生を実感している


 学園長の纏う雰囲気がいっそう強くなる。これで本気じゃないというのだから驚きだ


「【一級魔法・天羅燦燦】」


 学園長が魔法を発動すると王都全体が金色の光に包まれる。

 まるで天の光が地上に差し込んできたかと錯覚してしまう


 あと今更気づいたが学園警邏隊や他の人達がこの騒ぎで駆けつけて来たので大騒ぎだ、退学にはしないって信じてますよ学園長!


「一級魔法の威力はそちらの世界でいう所の大型兵器じゃ!ここ周辺の人間には即死ダメージを大幅に軽減する魔法をかけたから死ぬ心配はない、安心しろ」


 本当に無茶苦茶な人だ。二級と一級とでは大きく格が違う、一級を行使するには二級の十倍の人数が必要だと聞く


 でも死ぬ心配が無いのなら良い機会だ、学園長の事を聞いてからずっと試してみたかった。

 人類の完成体に僕の力がどれほど通用するのかを


「では精々抗うが良い、少年。」


 辺り一体を照らしていた大きな光の球がピンポン球くらいの大きさになる。

 周りへの被害を減らすために僕に威力を集中させるつもりだ、ちゃんとそこは配慮してくれているのか…


 待てよ、いくらサイズを小さくした所で内包されたエネルギー量は変わらないのでは?

 つまり僕がどれだけあの攻撃を相殺出来るかによって被害の大きさが変わる!?


「気がついたようじゃな、その通り!おぬしが失敗すれば王都は壊滅するぞ!」


 さっきは攻撃をいなすのが正解とか言ってたくせに意地でも僕に受け止めさせたいのか!


「僕は貴方が嫌いです」


「ここ百年で千回は言われたぞ、そのセリフ」


 さっきまでとは打って変わってつまらなそうな表情でそう言い学園長は腕を振り下ろす、魔法を放ったのだ。それに合わせて僕も技を放つ


「うおおぉおおおぉ!」


 剣と光の球がぶつかる。


 その瞬間僕の腕に走る衝撃、全身の骨が砕けていくが分かる。それを身体強化で何とか固定する。


 だ、ダメだ。意地、が——もたな




 ◇ 




 結果的に言うと僕は何もできなかった、とはいえ王都は無事だ

 どうやら王都が壊滅すると言うのも嘘のようで実際には結界で守っていたようだ。結局最初から最後まで学園長の掌の上だったってことだ


「やっぱりあの人の事は嫌いだ」


 でもあの時一瞬だけ見せた顔はとても可愛かった。

 

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