第2羽:天使の条件

『ご覧ください。このエンジェル・ペットのシュタインくんは計算が得意で、大学受験レベルの問題も、あっという間に解くことができるんです』

 テレビの画面に、シープドッグタイプのエンジェルが器用にペンを持って、すらすらと計算問題を解いている姿が映っている。

「うわあっ……! すごいね、キュー太郎」

 もしかしたらあのエンジェル、私より頭がいいかもしれない。

 エンジェルの成長は、ブリーダーと大いに関係している。ブリーダーの頭がいいと、エンジェルも頭がよくなりやすいようだ。

「ちょっと、瑠美恵。まだいたの? 早く行かないと遅刻するわよ」

「あっ、本当だ! もうこんな時間!?」

 時計を見ると、七時三十五分を示していた。私は慌ててランドセルを引っつかむと、

「行ってきまーす!」

「きゅっきゅー!」とキュー太郎に見送られて家を出た。

 テレビに出ていたあのエンジェル、本当にすごかったなあ。エンジェルの特技か……。

 キュー太郎には残念ながらテレビに出ていたエンジェルのように、これといった特技はない。それどころか、エンジェルだけど飛ぶことができない。今は特技を身に付けるよりも、飛べるようになることが目標だ。今日も学校から帰ったら、キュー太郎と特訓をする予定なの。

「よーし、頑張るぞー!」

 天に向かって気合を入れていると、「朝っぱらから元気でうらやましいよ」と乾いた声が聞こえてきた。

「あっ、乙衣ちゃん。おはよう。ねえ、エンジェルを一人前にするにはどうしたらいいの?」

「さあ。知らない」

「知らないって……。乙衣ちゃんは、チョコちゃんを一人前にしたくないの?」

「チョコが一人前にならなくても、こまらないもの。大体、一人前のエンジェルって、なに? 指南書にもろくに書かれてなかったし、一人前になったからって、エンジェルがどうなるかも分からないし」

 確かに乙衣ちゃんの言う通りだ。指南書には、『一人前のエンジェルに育ててね』としか書かれていなかった。エンジェルが一人前になると、どうなるんだろう。

「それは、ずばりですねえ!」

「うわあっ、初宿はつやどくん!?」

 びっくりしたあ。急に後ろから現れるんだもん。

 初宿倫悟りんごくんは、クラスで一番エンジェル・ペットに詳しいエンジェルマニアだ。

 初宿くんは、くいとメガネのブリッジを得意そうに押し上げる。

「エンジェルは一人前になると、頭上に黄金に輝く輪が乗るようプログラムされています」

「へえ、そうなんだ。それから? 他には、どうなるの?」

「それ以上のことは、まだ判明されていません。なんせエンジェルが発売されてから半年ほど経ちますが、エンジェルを一人前にさせたブリーダーは、まだ一人もいませんからね」

「えっ、一人も?」

「先程お話した通り、エンジェルは一人前になると、頭上に輪っかが輝きます。その見た目になれば、いやでも周りに知れ渡りますが、まだ一体もそのようなエンジェルを見かけたという情報は上がっていません」

「それじゃあ、エンジェルを一人前にするには、どうしたらいいの?」

「それも判明していません。そもそも一人前のエンジェルという定義自体、曖昧ですからね。それでは神久さんは、どう思いますか? 神久さんにとってエンジェルとは、どういう存在ですか」

「どんな存在、か。うーん。そんなこと、考えたことなかったからなあ。えっと、人を幸せにしてくれる存在、みたいな……?」

「それも一つの答えでしょう。ある人は、こう言いました。天使は神の使い、神様と人の間を取り持つ仲介役だと。ある人は、こう言いました。天使は慈悲深い存在だと。つまり人によって天使という存在は異なります。ですが僕は思うんです。エンジェル・ペットを開発した、エンジェル・カンパニーの人たちが想像する天使像通りにエンジェルを育てれば、一人前になれるのではないかと」

 なるほど! さすがクラスで一、二を争うほど頭もいい初宿くんだ。私だったらそんな考え、思い付きもしなかったよ。

「それでエンジェルを作った人たちにとって、エンジェルは、どういう存在なの?」

「分かりません」

「えー。それも分からないのー?」

「エンジェル・カンパニーはマスコミ嫌いのようで、表に出てこないんです。分かっているのは、一九一五年に創業され、元は産業用ロボットを作っていたということくらいですかね。人工知能の開発にも力を入れるようになり、AIチップを搭載したロボットを開発していきました。その技術を応用して作られたのが、エンジェル・ペットだと言われています」

「さすが初宿くん。エンジェルを作っている会社のことまで詳しいなんて」

 初宿くんは、くいと人差し指でメガネを押し上げ、「エンジェルを一人前に育てるヒントを得るためです」と言った。

「初宿くんもエンジェルを一人前にしたいの?」

「もちろんです。エンジェルが一人前になると、どうなるのか解き明かしたいですから」

 初宿くんは、目をきらきらさせている。本当にエンジェルが好きなんだな。

 初宿くんの話に夢中になっていたせいか、気付いたら学校に着いていた。初宿くんが、よかったら、と本を貸してくれた。『初心者向けエンジェルの育て方』という本だ。

 早速読もうとしたけど、乙衣ちゃんが片眉を曲げて訊いてきた。

「ねえ、瑠美恵。エンジェルもいいけど、算数の宿題はやったの? その真っ白なプリント、そうじゃないの?」

「宿題?」

 宿題って、なんだっけ。あっ、そうだ! 算数の宿題を出されたの、すっかり忘れてたっ……!!?

「うわーん! 乙衣ちゃん、どーしよー!??」

 乙衣ちゃんに泣きつくと、「やるしかないんじゃない?」と冷たくあしらわれた。

 算数は、一番苦手な科目だ。今からやっても間に合わないよ。絶対に先生に怒られる。

 真っ白なプリントを前にうなだれていると、

「しょうがないなあ」

 乙衣ちゃんの大きなため息を吐く音とともに、プリントが渡された。

「間違ってても知らないわよ」

「ううん、いいよ! 私が解いた方が間違いだらけだもん」

 急げ、急げ! 授業が始まるまで、あと五分だ。シャーペンを手に取ると、早速乙衣ちゃんから借りたプリントを書き写していく。

「なんだよ、瑠美恵。宿題、やってなかったのか?」

 必死に手を動かしていると、頭上から声が降ってきた。顔を見なくても分かる、極だ。

「ちょっと、極。邪魔しないでよ。いそがしいんだから」

「人の物を写しても意味ないだろ。自分でやらなきゃ身につかないんだ。だから瑠美恵は勉強ができないんだよ」

 うっ……。そんなこと、言われなくても分かってるよ。今は非常事態なんだもん、仕方ないじゃない。

「あっちに行って」と言っても、極は机の前から離れない。それどころか、「エンジェルの面倒を見る前に、自分の面倒を見ろよな」なんてことまで言ってきた。ほんとーに嫌なヤツ!!

 極に嫌味を言われながらも、よし、写し終わった! 乙衣ちゃんにプリントを返した瞬間だ、キーンコーンとチャイムが鳴った。乙衣ちゃんのおかげで、先生に怒られないですむよ。お礼に給食のデザートのゼリーは、おしいけど乙衣ちゃんにあげよう。

 そんなことを考えながら、私はルンルン気分で先生を待った。





 放課後――。

「ただいまー」

「きゅきゅっ!」

「あれ。キュー太郎、なんでこんな所にいるの?」

 店ののれんをくぐるとキュー太郎は、店のカウンターにちょこんと座っていた。おまけに、『神久せんべい』と書かれたハッピまで着ている。

「おっ、瑠美恵じゃねえか。帰って来たのか。おい、八兵衛はちべえ。店番、ご苦労だったな。ほら、駄賃のせんべいだ」

 奥から出て来たお父さんは、キュー太郎におせんべいを渡す。キュー太郎は、「きゅーっ!」と、うれしそうに受け取る。

「ちょっと、お父さん。この子は八兵衛じゃなくて、キュー太郎だよ!」

「そうだっけ? けどよう、瑠美恵。このペンギン、なんとか太郎って名前より、うっかり八兵衛って面をしてるじゃねえか」

「キュー太郎だってば! それにキュー太郎はペンギンじゃなくてエンジェルだし、うっかりもしてないもん。キュー太郎も、八兵衛なんて呼ばれて反応しちゃだめだよ」

 キュー太郎ってば、分かってるのかな。「きゅきゅ?」と首を傾げている。その上、すぐにまたおせんべいを食べ出した。

 もったく、もう! キュー太郎を抱いて中に入ろうとしたら、「ピーちゃん、いる?」と今度はお母さんが顔を見せた。

「ピー子ちゃんって、誰? あっ、もしかしてキュー太郎のこと? ピー子ちゃんなんて呼ばないで!」

「あら、そうだっけ。でもキュー太郎より、ピー子ちゃんの方がかわいいわよ。はい、ピー子ちゃん。おつかいのご褒美よ」

 お母さんはそう言って、キュー太郎に魚肉ソーセージをあげる。

「おつかいのご褒美って、どういうこと? まさかキュー太郎一人に行かせたの!? やめてよ、危ないでしょう」

「危ないって、坂の下の石川さんのお家に、おせんべいを届けてもらっただけよ。すぐそこじゃない」

「すぐそこでもキュー太郎を一人で出歩かせないで!」

 キュー太郎は便利屋じゃないんだから。それに、また誘拐されたらどうするの。

 そう訴えるけど、エンジェルにうといお母さんたちには、深刻さが伝わらない。

「こんな間抜けな面のペンギンを盗ろうとする物好きなんかいるのかねえ」

「そうよねえ。でもエンジェルって、とっても便利ね。ペットなんて言うから、お金がかかると思ったけど、人と同じものを食べるから食事の用意は楽だし、お手伝いしてくれるし」

 なんて言い合っている。

 本当は理解してもらえるまで言い聞かせたかったけど、今はお母さんたちよりキュー太郎の特訓だ。公園から帰ったら、しっかり言い聞かせよう。

「よーし、キュー太郎。今日も頑張ろう!」

「きゅー!」

 三角公園に着くと、キュー太郎は元気よく手を上げる。目がキリッと輝いていて、やる気満々だ。私もキュー太郎に負けないよう、頑張らないと!

「いっくよー!」のかけ声に合わせ、キュー太郎は、バタバタと羽を動かす。私も鉄棒に手をかけ、「えいっ!」思い切り後ろ足を蹴り上げる。地から足が離れ、体が宙ぶらりんになり……。

「あいたっ!?」

 だめだ、体がうまく持ち上がらない。やっぱり、すぐにはできないよね。よし、もう一度だ!

 鉄棒を握り直し、何度も、何度も足を蹴り上げる。隣でキュー太郎も顔を真っ赤にさせて、バタバタと羽と手を動かしている。

 続けること、数十分――……。

「ぜい、はあ……。キュー太郎、少し休憩しようか……」

「きゅ……、きゅー……」

 ぺたんと地面に伏していたキュー太郎は、弱々しく片手を上げた。

 意見がいっちし、私たちはベンチに向かう。おやつに、キュー太郎の大好物の魚肉ソーセージを持ってきていた。ベンチに座ってゆっくり食べようと思ったけど、残念。先客がいた。

「あれ、室江むろえさんだ」

 ベンチに座っていたのは、同じクラスの室江紫咲里しえりさんだ。室江さんは、先日、五年生に進級したタイミングで転校して来た。

 室江さんとは、きちんと話をしたことがないんだよね。おとなしい性格みたいで、クラスの子と話しているところもあまり見かけない。

 室江さんは、黒真珠みたいにきれいな長髪に赤いカチューシャを付け、黒いワンピースを着ていた。スカートの裾には真っ白なフリルがあしらわれている。目がぱっちりとしていて、まつ毛が長く、お嬢様のような見た目通り、室江さんのお家は、お金持ちのようだ。お屋敷みたいな家に住んでいるって、クラスの子たちが話していたっけ。

 室江さん、なにしているんだろう。つい気になって、ゆっくりと後ろから室江さんに近付いて行く。あっ、エンジェルだ! 室江さんの膝の上に、羽の生えた小さな女の子が乗っていた。

「かわいいエンジェル!」

 つい声が出ちゃった。室江さんの肩がびくっと震えて、こちらを振り向いた。室江さんの目は、ビー玉みたいに丸くなっている。

「ごめんね、驚かせて。室江さんのエンジェルがかわいかったから、つい。室江さんのエンジェルは、ヒューマンタイプなんだね。名前、なんていうの?」

「その……、この子は、アリサちゃんっていうの」

 アリサちゃんは、ブロンド色のふわふわの髪で、宗教画に描かれている天使みたいな容姿をしている。ただ宗教画の天使と違って、真っ白で布のような服ではなく、リボンがたくさん装飾されたピンク色のワンピースドレスを着ていた。

「アリサちゃんの着ている服もかわいいね。その服、どこで買ったの? おもちゃ屋さん?」

「えっと、この服は買ったんじゃなくて、私が作ったの……」

「えーっ。その服、室江さんの手作りなのー!?」

 うっそだー! だって、どこから見ても、お店で売っているような出来栄えなんだもん。裏側の見えないところまで丁寧に縫ってあるし、襟には細かいお花の刺繍が入っている。

「わ……、私、その、体が弱くて。前の学校も休んでばかりで、ずっとお家にいて。だから、お裁縫ばかりして過ごしてて……」

 室江さんは、真っ赤な顔をうつむかせる。耳までリンゴみたいに染まっている。恥ずかしがり屋さんのようだ。

 私が声をかけるまで、室江さんは絵を描いていたみたい。手にスケッチブックを持っていた。ちらりと見えたページには、風景画やキャラクターのような絵ではなく、服のイラストが描かれていた。

「もしかして、それ、服のデザイン画? 室江さんが考えて描いたの?」

 スケッチブックを指差して訊くと、室江さんは、また顔を赤くしてうなずいた。

「すごい、すごーい!! ちょっと見てもいい?」

 室江さんからスケッチブックを受け取ると、丁寧にページをめくっていく。どのページも服のデザイン画でびっしり埋まっていた。どの服も細かいところまで描かれているの。例えばボタンの数や刺繍の模様、それにスカートの広がり具合まで。

「どのデザインも、とってもかわいー!」

「あ、ありがとう……。その、神久さんのエンジェルのお名前、訊いてもいい?」

「そうだった、まだ紹介してなかったね。この子は、キュー太郎っていうの。よろしくね」

 キュー太郎は、室江さんとアリサちゃんに向かって、「きゅー!」と片手を上げた。アリサちゃんは小さくだけど、手を振り返してくれた。

「室江さんは、よく三角公園に来るの?」

「うん。外の景色を見ていると、服のアイディアが浮かびやすくて。神久さんも、ここにはよく来るの?」

「家が近いからね。最近は、キュー太郎の特訓のために通ってるの。実はキュー太郎、空が飛べなくて……。飛ぶ特訓をするために来てるんだ。それに私も鉄棒の逆上がりができるようになりたくて、練習してるの」

「そうなんだ。アリサちゃんも私に似て、運動は苦手で。長い時間は飛んでいられないの」

「へえ。エンジェルによって差があるんだね」

 エンジェルが、みんな、空を飛ぶのが得意って訳ではないんだ。それを聞いて、ちょっと安心した。

「神久さんも、キュー太郎ちゃんも頑張ってね」

「うん、ありがとう。でもキュー太郎ちゃんかあ……」

「あ、あれ……? ごめんね、変だった?」

「ううん、初めてそんな風に呼ばれたから、新鮮に思っただけ。だってウチのお父さんもお母さんもひどいんだよ。キュー太郎のこと、うっかり八兵衛とか、ピー子ちゃんなんて呼ぶんだもん。何度教えても覚えてくれないの」

 つい、ぐちをこぼしちゃった。いきなりこんな話をされても迷惑だよね。

 反省していたら、くすりと小さな声が聞こえた。室江さんが口に手を当てて笑っていた。

「あっ、ごめんね。でも神久さんのお話、おもしろかったから……」

「おもしろい?」

 私の話、おもしろかったのかな。自分では、よく分からないや。

 室江さんと教室以外で、こんなに話をするなんて思わなかったな。それもエンジェルがいたから――だよね。

「あっ、そうだ! 室江さんは、アリサちゃんを一人前のエンジェルにしたいと思ってる?」

「えっ、一人前に? ええと、あまり考えたことなかったかな……? アリサちゃんがいてくれるだけで、十分幸せで。だから一人前にしようと考えたことがなくて……」

「そっか。私、キュー太郎を一人前のエンジェルにしてあげたいんだけど、どうしたらいいのか分からなくてさ」

「一人前にする方法は分からないけど、アリサちゃんが幸せな気持ちになってくれたらいいなって、そう思いながら私は育てていて。アリサちゃん、おしゃれが大好きだから、ついお洋服を作ってあげたくなっちゃって……」

「えっ? もしかして、この服以外にも作った服があるの? すごいね、見てみたいなあ」

「え……、ほ、本当……? あ、あの、その、もしよかったら、えっと、お家に……」

「えっ。室江さんのお家、行ってもいいの?」

 室江さんは、うつむいたまま小さくうなずく。室江さんの耳は、また真っ赤に染まっていた。

「本当? そしたら明日、早速遊びに行ってもいい? わあ、楽しみだなあ……! あっ、そうだ。私のこと、瑠美恵でいいよ」

「そ、それなら私も名前で……、紫咲里って呼んで」

「うん、紫咲里ちゃんだね!」

 名前で呼ぶと室江さんは、ううん、紫咲里ちゃんは、やわらかく笑った。





 次の日――。

 学校から帰ると私はランドセルを自分の部屋に置き、キュー太郎を抱えると、すぐに家を飛び出した。昨日約束した通り、紫咲里ちゃんのお家に行くからだ。乙衣ちゃんにもそのことを話をしたら行きたいと言ったので、一緒に行くことになった。

 乙衣ちゃんが、紫咲里ちゃんのお家を知っていたので付いて行くと、

「うわあっ、すっごい……!!」

 ウワサ通り、本当に立派なお家だ。西洋風のお屋敷で、大きなお庭まであった。

 紫咲里ちゃんのお部屋も、すっごくかわいくて。ベッドが、お姫様が使っているような、レースのカーテンが付いているの。目覚まし時計も、アラーム音の代わりにオルゴールが流れるんだって。私も毎朝こんなすてきな音楽で目覚めたいな。

 紫咲里ちゃんのお母さんが、飲み物とお菓子を持って来てくれた。マドレーヌとストロベリーティーだ。

 ストロベリーティーなんておしゃれなもの、初めて飲むよ。匂いを嗅ぐと、甘酸っぱい香りが鼻をくすぐった。とってもいい匂い。ティーカップも、真っ白な陶器に花柄の模様で、とってもおしゃれ。こんなすてきなカップで紅茶を飲めるなんて、優雅な気分だ。なんだか私までお嬢様になったみたい。

 おやつを食べ終えると、紫咲里ちゃんが小さなクローゼットを持って来た。

「うわあっ……! アリサちゃんのお洋服、いっぱいあるんだね」

 扉を開けると、中にたくさん服が入っていた。着せ替え人形のお洋服みたいで、どの服も、とってもかわいい!

「この服も全部紫咲里ちゃんが作ったの?」

「うん。アリサちゃん、おしゃれが好きだから。つい作ってあげたくなって……」

 紫咲里ちゃんの気持ち、分かるな。私もキュー太郎に、ついつい魚肉ソーセージをあげたくなるんだよね。キュー太郎ってば、本当に幸せそうに食べるんだもん。

「この服、かわいい! アリサちゃんが着ているところ、見たいな」

 お願いすると、アリサちゃんは快く引き受けてくれた。アリサちゃんのファッションショーの始まりだ。

 たくさんのフリルやレースが付いているドレスに、シックなワンピース。カジュアルなシャツにパンツと、いろんなタイプの服があって。どれも不思議なくらいアリサちゃんに似合っている。

 あれもこれもとアリサちゃんに着替えてもらっていると、ふと机の上に置かれていた雑誌が目に入った。

「あっ、エンジェル通信だ! 紫咲里ちゃんも読んでるの?」

 エンジェル通信とは、エンジェル・ペットの情報誌だ。エンジェルの関連商品の紹介やイベント情報、それから、『私のエンジェル紹介』といった読者コーナーが掲載されている。雑誌の専属モデルである、エンジェルモデルもいるんだよね。

「そう言えば今月号に、エンジェルファッションコンテストっていう企画が載ってたよね」

 エンジェルの服のデザインを募集したコンテストで、一次審査を突破すると二次審査はデザインした服をエンジェルに着させて披露する、ファッションショー形式で行われるんだって。

「このコンテスト、紫咲里ちゃん向けだよね。応募してみたら?」

 紫咲里ちゃんを見つめると、紫咲里ちゃんの顔がリンゴみたいに赤く染まっていった。紫咲里ちゃんは、もじもじしながら言った。

「じ、実は、応募してみようかなと思ってて……」

「本当!? 紫咲里ちゃんなら優勝できるよ」

「ゆ、優勝!? 優勝はむずかしいと思うけど、デザイン画は、大体できてるの」

「本当? 見せて、見せて!」

 紫咲里ちゃんはうつむいたまま、デザイン画を見せてくれた。

「うっわあっ……! この服、すっごくいいと思う!」

 アリサちゃんが着ているところを想像してみた。頭の中だけのイメージだけど、……うん、アリサちゃんにぴったりだ!

 でも紫咲里ちゃんが言うには、まだ完成はしてないみたい。もう少しデザインを練りたいんだって。一体どんなお洋服になるんだろう。楽しみだな。

 完成したら、また見せてね。そう伝えると紫咲里ちゃんは、ふわりとやわらかく笑った。





 そよそよと朝独特の新鮮な風が、窓から入り込んでくる。心地よいその風に頬をなでながら本を読んでいたけど、最後の一ページをめくると、ぱたんと閉じた。

「うーん。なんとなく分かったような、分からないような……」

 毎日少しずつ読んでいた、初宿くんに借りていた本が読み終わった。初心者ブリーダー向けに書かれたエンジェルの飼育本だったけど、やっぱり一人前のエンジェルになる方法については曖昧な表現で。なんだか雲をつかむような話に思えてきた。

「まあ、キュー太郎を一人前にする前に、まずは飛べるようにさせてあげないとだよね」

「瑠美恵、今日も特訓するの? だったら私も付き合うよ」

「本当? 乙衣ちゃんとチョコちゃんがいてくれると心強いよ」

 キュー太郎もチョコちゃんのことが好きだから、喜ぶだろうな。

「そうだ! 乙衣ちゃんが来てくれるなら、紫咲里ちゃんも誘おうかな」

「紫咲里ちゃん、いそがしいんじゃない? コンテストに出すデザイン画、まだできてないって言ってたよね」

「そっか。締め切り、もう少しだもんね。邪魔したら悪いか……。あっ、紫咲里ちゃんだ」

 話をしていたら、紫咲里ちゃんが登校してきた。

「おはよう、紫咲里ちゃん。どう? コンテストに出すデザイン画、完成した?」

 あれ……。紫咲里ちゃん、どうしたんだろう。なんだか浮かない顔をしている。

 訊ねると紫咲里ちゃんは、口を小さく開いて言った。

「それが……」

「えーっ!?? デザイン画、失くしちゃったのー!?」

「うん。どこかに落としちゃったみたいで……」

 紫咲里ちゃんは、しゅんと顔をくもらせる。だから元気がなかったんだ。

「いつ落としたの?」

「気付いたのは一昨日の、土曜日の朝なの。前の日の夕方、花丸公園に行った帰りに落としたんだと思うの。昨日も探しに行ったんだけど、見つからなくて……」

「花丸公園って、隣町の大きな公園だよね。私も探すの、手伝うよ!」

 紫咲里ちゃんが一生懸命描いたデザイン画だもん。乙衣ちゃんも手伝うと言ってくれた。

 放課後、花丸公園に行こうと約束していると、ざわざわと教室の一角が騒がしくなった。ひょいと輪の中をのぞきこむと、中心にいたのは円戸まるとさんだ。正確に言えば、みんなが注目していたのは円戸さんではなく、円戸さんが抱いているエンジェルだ。

 円戸帝子ていこさんは、クラスで一番おしゃれな子だ。ファッション雑誌を何冊も購読していて、全身ジュニアブランドの服でがっしり固めている。靴下までブランドものだから徹底しているよね。その上、毎日髪型まで変えているの。

 円戸さん、学校にエンジェルを連れて来て、どうしたんだろう。先生に見つかったら怒られちゃうのに。

「かわいいね、その服」

「でしょう? ママに手伝ってもらって、頑張って作ったんだから!」

「絶対ファッションコンテストで優勝できるよ」

 ふーん。円戸さんもコンテストに応募するんだ。円戸さんのエンジェルは、みんなの反応通り、かわいい服を着ていた。

 円戸さん、エンジェルの服を自慢したくて連れて来たんだ……って、あれ。あの服、どこかで見たような……。そうだ、紫咲里ちゃんが考えたデザインそのものだ!

 どうして円戸さんのエンジェルが、紫咲里ちゃんがデザインした服を着ているんだろう。あっ! もしかして紫咲里ちゃんが落としたデザイン画を、円戸さんが拾ったんじゃあ……。そしてデザイン画通りに服を作ったんだ。

「その服、紫咲里ちゃんがデザインした服だよ!」

 気付けば私は、円戸さんの前に立っていた。円戸さんは、ばっと私の方を向いた。

「ちょっと、神久さん。なによ、いきなり。変なこと言わないでよ」

「だって、この子が着てる服、紫咲里ちゃんが考えた服と同じなんだもん」

「室江さんが考えた? 言いがかりつけないでよ。この服は、私が考えたんだから!」

「言いがかりじゃないもん、私、見たもん! 紫咲里ちゃんに見せてもらったもん、この服のデザイン画を」

 きっと紫咲里ちゃんが落としたデザイン画を円戸さんが拾ったんだ。そしてデザイン画通りに服を作ったんだ。

「だったら証拠を見せてよ!」

 円戸さんは眉を、瞳を、ナイフみたいにとがらせる。顔もトマトみたいに真っ赤に染めて怒鳴る。

「しょ、証拠……? 証拠って言われても、紫咲里ちゃん、そのデザイン画を落としちゃって。だから放課後、一緒に探す約束をしてて……」

「なによ、出せないの? 証拠がないのに、人のこと、泥棒扱いして!」

 円戸さんは鼻息荒く繰り返す。「証拠を出せ!」と何度も言う。確かに証拠は出せない。でも……。

「証拠なんかなくても……、証拠なんてなくても、本当に自分で考えたものかどうか、一番分かってるのは、円戸さん自身でしょう!」

 一瞬、円戸さんの瞳がぐらりと揺らいだ。でも、すぐにぷいとそっぽを向かれ、「話にならない!」と言い放たれた。

「瑠美恵ちゃん、もういいよ」

 紫咲里ちゃんは私の腕をつかみ、ふるふると首を小さく横に振った。

「でも……」

「円戸さんの言う通り証拠なんてないし、偶然似たのかも。それに新しいデザインを思い付いて、どっちのデザインで応募しようか悩んでいたの。だからコンテストには、新しく考えた方で応募しようかなって」

 紫咲里ちゃんがいいなら……。でも私は、やっぱり納得できない。

 円戸さんは、どうしてあんなひどいことができるんだろう。あのデザインは、紫咲里ちゃんが一生懸命考えたものなのに。それをとっちゃうなんて、泥棒と一緒だ。

 もやもやしている私をよそに、紫咲里ちゃんは、新しく考えたというデザイン画を見せてくれた。

「うっわあ……! 前のデザインもよかったけど、新しいのも、とってもすてきだよ!」

 言葉ではうまく説明できないけど、新しいデザインの方が、よりアリサちゃんに似合う気がした。乙衣ちゃんも、「こっちの方がいいよ」と言うと、紫咲里ちゃんは頬を赤く染めた。

 紫咲里ちゃんは笑っていたけど、私の中には、まだもやもやとしたものが残っていた。





 数週間後――。

「うそっ、本当!?」

 三角公園のベンチに座っていた私は、思わず大きな声を出してしまった。訊き返すと、隣に座っている紫咲里ちゃんは、真っ赤な顔でうなずいた。

 紫咲里ちゃん、ファッションコンテストの一次審査を通ったんだ。よかったあ……なんて当たり前か。だって、すてきなデザインだったもん。

 だけど、どうしたのかな。せっかく二次審査に進めたのに、紫咲里ちゃんは、なんだか浮かない顔をしている。

「どうしたの? 衣装作りが間に合わないの?」

「ううん、衣装なら大丈夫。もう完成しているから。問題は、アリサちゃんのことなの」

 アリサちゃんが問題? どういう意味だろう。じっとアリサちゃんを見つめると、アリサちゃんは、ひゅんと紫咲里ちゃんの後ろに隠れちゃった。

「二次審査では、パートナー・エンジェルがモデルになるでしょう。アリサちゃん、人前に出るのが苦手なの」

 あっ、そっか。アリサちゃん、紫咲里ちゃんに似て、恥ずかしがり屋だもんね。

 二次審査は、ファッションショー形式で行われる。実際にお客さんも会場に入れて、何万人という人の前に立つことになる。恥ずかしがり屋なアリサちゃんにとって、確かに、これは大問題だ。

 だけど、せっかく審査を突破できたのに、辞退したら、もったいないよね……。

「あっ、そうだ! それじゃあ、アリサちゃんが人前で緊張しないよう、練習しようよ」

 そう提案すると紫咲里ちゃんは、「そうだね」と言ってくれた。

 そんなこんなで次の日の放課後、紫咲里ちゃんのお家にまたお邪魔した。今回は乙衣ちゃんだけでなく、極も一緒だ。

「なんでオレまで……」と極が口をとがらせたけど、人数が多い方が本番っぽさが出せるでしょう、と説得すると、渋々ながらも協力してくれた。

「ところで、ファッションショーって、なにをするの?」

「ランウェイとかいう細い道を歩くんだよね。ただ歩くより、きれいに歩けた方がポイントが高いんじゃないかな。モデル歩きも練習したらいいんじゃない?」

 乙衣ちゃんはスマホでパリコレの動画を流してくれた。どのモデルさんも、とってもきれいで、かっこいい!

「どのモデルさんも、すてきだねえ……。それにしてもファッションショーの会場って、薄暗いんだね。電気を消した方が雰囲気出るかな」

「あっ、だめ……!」

 試しに部屋の明かりを消したら、紫咲里ちゃんが声を上げた。どうしたんだろう。私は、すぐに明かりを点け直した。

 パッと部屋の中が明るくなると、あれ。アリサちゃんが小さくなって震えていた。

「アリサちゃん、暗いのが苦手なの」

「そうだったんだ、ごめんね。アリサちゃん、暗いのが苦手なのかあ……。あっ、そうだ! 私たちがペンライトをたくさん持って行って、暗くならないよう、照らしてあげたらいいんじゃない?」

「ライブじゃないんだから、客席でそういうのを振り回すのは、だめなんじゃない?」

 乙衣ちゃんがネットで調べると、やっぱりイベントによっては、ペンライトを使うのは禁止されているみたい。いいアイディアだと思ったんだけどなあ。

 どうしようか悩んでいたけど、ステージの上は明るいから平気だと紫咲里ちゃんが言った。暗闇問題はクリアできたけど、残る問題は……。

 私たちは細長いお菓子の空箱を何箱か床に並べ、その上に布をかけて、ランウェイに見立てたステージを作った。

「さあ、アリサちゃん。この上を歩いてみて」

 紫咲里ちゃんが声をかけるけど、アリサちゃんはぶるぶると震えて突っ立ったままだ。うーん、どうしたらいいんだろう。私も人前で発表するのは苦手だから、アリサちゃんの気持ちがよく分かる。観客を野菜と思い込むといいとか、手の平に人という字を三回書いて飲み込むとか、おまじないをしても緊張しちゃうんだよね。

 なかなか歩き出せないアリサちゃん。するとキュー太郎が、「きゅきゅっ!」とアリサちゃんに話しかけた。それからキュー太郎は、とことことランウェイを歩き出した。

「キュー太郎、上手、上手!」

「きゅきゅーっ!」

 キュー太郎ってば、ノリノリだ。ステージの端まで来ると、くるくると回る。くるくる回り続けていたキュー太郎だけど、足同士がからまって、どでんっ! 顔から盛大に転んじゃった。

「あははっ! キュー太郎は、期待を裏切らないな。ほら、アリサもやってみろよ。キュー太郎みたいに、失敗したっていいんだから」

「ちょっと、極! 『キュー太郎みたいに』は余計だよ!」

 全く。極ってば、すぐキュー太郎のことをバカにするんだから。

 でも極の言葉が響いたのか、アリサちゃんは、ゆっくりとだけど歩き出した。けれど、ふるふると足が震えていて覚束ない。私たち、四人と二体の前でも緊張している。本番は、一万人が収容できる会場で行われるという話だ。

 ランウェイを、おどおどと行き来するアリサちゃん。見守っていた中、極が、ぼそりと言った。

「いつも通りでいいんじゃないか?」

「いつも通りって?」

「アリサは、いつも室江の服を着てるんだろ。だったら変に着飾らないで、そのままステージに立てばいいんじゃないか」

 あ……、そっか。極の言う通りだ。

「そうだよ! ねえ、アリサちゃん。アリサちゃんは、紫咲里ちゃんのお洋服が好き?」

 アリサちゃんの目を見つめて訊ねると、アリサちゃんは、こくんと小さくうなずいた。

「だったら極の言う通り、いつも通りでいいと思うな。無理しなくていいんじゃないかな。だって紫咲里ちゃんの服は、特別なことをしなくても、すてきに見えるもん!」

「そうだよね」と続けると、アリサちゃんは、はにかみながらも大きくうなずいた。





 ファッションコンテスト当日――。

「うっわあっ……!」

 すごい、と自然に声が出た。とっても大きな会場だ。さすがエンジェル・ペット通信のイベントだ。

 私と乙衣ちゃんは、紫咲里ちゃんからもらった招待券を持って会場の中に入った。控え室にいる紫咲里ちゃんたちに会いに行くと、紫咲里ちゃんもアリサちゃんも緊張しているみたい。ドキドキとした空気が私にも伝わってきた。

「アリサちゃん、やっぱり緊張してる?」

「そうみたい。でも、みんなが応援してくれるし、それにおまじないがあるから。瑠美恵ちゃんのおかげで思い付いたの。おまじないがあるから大丈夫だよ。ね?」

 紫咲里ちゃんは、そうアリサちゃんに言い聞かせる。アリサちゃんは、紫咲里ちゃんの言葉に安心したのかな。緊張がほぐれたみたいで、小さく笑った。

 もう一度声援を送ると、私たちは観客席に行く。紫咲里ちゃんの出番は、一番最後だ。

 席に座って少し経つと、会場の中が一瞬真っ暗になり、パッとステージに照明が灯った。アナウンスが流れ、わっと客席から歓声が上がる。ファッションコンテストの始まりだ。

 かわいい服、クールな服、スタイリッシュな服と、さまざまな衣装をまとったエンジェルたちが、次から次にランウェイに現れる。どのエンジェルも、とってもすてき! みんな、堂々とランウェイを歩いている。

 次は、どんなエンジェルかな。あっ、椿つばきだ! 円戸さんのエンジェルだ。円戸さんも本選まで残ったんだ……って、そうだよね。だって紫咲里ちゃんがデザインした服なんだから。

 紫咲里ちゃん、気にしてないと言っていたけど、内心は悲しんでいるよね。一生懸命考えたデザインをとられちゃったんだもん。

 椿は、ひらひらと観客に向かって手を振っている。本物のモデルみたい。椿は中央付近まで来ると、くるりと大きく回った。スカートの裾がふわりと持ち上がる。

 にこにこと笑いながら椿は歩くけど、あっ……! 誰もが固唾を飲んだ瞬間、ずさっと鈍い音が響いた。椿は、スカートの裾を踏んづけて転んでしまった。

 急いで立ち上がるけど、ビリッ……! と嫌な音がした。ああっ、スカートが破けちゃった! 椿は、おどおどし出し、ショーの途中なのに、ひゅんと飛んで裏に引っ込んでしまった。

 椿が途中退場し、次は、いよいよ紫咲里ちゃんたちの番だ。どうしよう。私まで緊張してきた。

 だけど私の心配とは裏腹、ステージ上に現れたアリサちゃんは、ふわりと笑っていた。特訓のおかげかな。落ち着いた足取りでランウェイを歩いて行く。

 アリサちゃんの着ている服は、パステルピンクがベースの、フィッシュテール・スカートのドレスだ。スカートの裾に幾重にも重ねられたフラウンス――、幅が広いフリルや、背中の大きなリボンがアクセントになっていた。

 いいよ、その調子! どくどくと心臓が脈打つ中、アリサちゃんがステージの端まで来ようとしていた時だ。突然、ふっと会場中が真っ暗になった。

 どうやら照明器具の不具合みたい。辺りは、ざわざわと騒がしくなる。アリサちゃん、大丈夫かな。こんな真っ暗で、きっとこわがってるよね。

 照明よ、早く点いて――! そう願っていると、なんだろう。ステージの一点に淡い光が灯り出した。その光の源はアリサちゃんだ。アリサちゃんのお洋服が光ってるんだ……!

 そうだ、紫咲里ちゃんが言っていたおまじないって、光る素材のことだったんだ。暗闇が苦手なアリサちゃんがこわがらないよう、紫咲里ちゃんが考えたんだ。

 頑張れ、アリサちゃんっ――!!

 心の中で思い切り叫ぶ。そんな私の思いに同調してか、「きゅきゅーっ!!」とキュー太郎の声が会場中に響き渡った。刹那、ランウェイ脇の照明がパッと点いた。

 全ての照明は点かないけど、それでもアリサちゃんは立ち上がり、一歩、また一歩と歩き出す。次第にアリサちゃんの足取りは軽くなり、くるくると優雅に舞い始める。スカートの裾がふわり、ふわりと膨らんで、お花みたいだ。薄暗闇の中、アリサちゃんの姿は光そのもののように浮かび上がり、まるで本物の天使みたい……!

 その幻想的な光景に、あちこちが……、ううん、全体が沸いている。会場は歓声の嵐だ。

「円戸さんのエンジェル、服のサイズが合ってなくて転んだんだよ。あの服は、紫咲里ちゃんが、アリサちゃんのサイズに合わせてデザインした服だったから」

 喝采が響く中、乙衣ちゃんがぼそりとつぶやいた。アリサちゃんより身長の低い椿には、サイズが合ってなかったんだろうと。

 全てのステージが終わり、会場が静まり返る中。司会者が改まった調子で口を開いた。

「第一回エンジェル・ファッションコンテストの優勝者は、エントリーナンバー十番、室江紫咲里さんと、パートナーエンジェルのアリサさんです!」

 やっ……、やったあっ……!!

 一際まぶしいスポットライトの下、ステージの上の紫咲里ちゃんとアリサちゃんは、宝石のように、きらきらと輝いていた。





「アリサちゃん、とってもきれいだったね」

 私は机に座り、エンジェル帳を開くと、コンテストのことをつづっていく。思い出しても興奮するなあ。会場はすごく盛り上がり、いつまでも歓声が止まなかった。キュー太郎もコンテストのことを思い出しているみたい。「きゅー、きゅー!」と興奮気味に鳴いている。

「あれ……。キュー太郎の羽、なんだか大きくなってない……?」

 ペンケースの中から定規を取り出すと、キュー太郎の羽に当てた。ええと、九センチってことは、やっぱり! 生まれた時は七センチだったから、二センチも大きくなってるよ。

「すごーい! キュー太郎、成長してるよ!」

 このことも、ちゃんとエンジェル帳に書いておかないと。私は育成記録のページを開いて書き足す。気付かない内にキュー太郎は成長していたんだ。これって、すごいことだよね。

 時計を見ると、もう九時だ。そろそろ寝ないと。ベッドに入る前に、明日の荷物の準備をしよう。

 私はランドセルを開ける。一度、中身を全部取り出そう。入っていたものを出すと、ぴらりと用紙が落ちてきた。

「あっ、宿題……!」

 算数の宿題をするの、すっかり忘れてた……! 真っ白なプリントが、「こんにちは」と話しかけてきた。

 どうしよう。今から始めたら、何時に寝られるかな。明日、朝一で乙衣ちゃんにお願いして、また見せてもらおうかな。

 ……なんて、そんなの、だめだ。人のものを写すのって、ずるっこだよね。

 今なら私も円戸さんの気持ちが分かる。もし目の前にチャンスが転がってきたら、私も飛び付くかもしれない。口ではいくらでも言えるけど、実際にそんな場面に立った時、円戸さんと同じことをしていたかもしれないって。でも自分の力で頑張らないとだよね。明日、学校に行ったら、円戸さんにあんな言い方をしたことを謝ろう。

 よし、頑張って宿題を終わらせるぞ!

 キュー太郎が、「きゅー、きゅー!」と小さな旗を振って応援してくれる中、私はプリントと向き合い、必死に手と頭を動かした。

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