異世界の王女ソフィーとオレと非凡の日々

冬森次郎

第1話ボトルレター~異世界からの手紙

 この小山のてっぺんはどんな風になっているのだろう?

 俺はふと疑問に思った。


 15年前にこの世に生まれてから住んでいる生家は小山の中ほどにある。しかし一回だって小山の頂上に行ったことはない。


 小山に絡みつきとぐろを巻くように一本道が通っている。その道は頂上近くで行き止まりになる。そこには何度も行ったことがある。だけれども一度だって頂きには行ったことはなかった。


 一体、住んでいる小山のてっぺんはどうなっているのだろう?小山はほどほどの高さがある。だから頂上からの眺めは良いに決まっている。


 中学を卒業したばかりの春休み中で暇な俺は自分の住んでいる小山を登頂することに決めた。


 うねった山沿いの道を上って行き止まりまで行くと茂みの中を分け入った。傾斜をのぼって行くとほどなくして頂上にたどり着いた。


 小山のてっぺんにたどり着くと俺は驚いた。町を見渡せた。住宅街が見え、通っていた小学校、病院、警察署、消防署が小さく見えた。彼方には青々とした山々がそびえている。


 そして頂きには小さな泉があった。

 学校のプールよりも一回り小さいくらいの大きさだ。実際にひと泳ぎできるだろう。水は透きとおり見るからに清らかな泉に俺は興味を引かれた。


 だってただの大きな水たまりにしては水はちっとも濁っちゃいない。池にしてはどこから水が流れこんでくるのだろう?頂上だよ?普通、水はふもとにながれてしまうろうに。


 もしかして温泉か?俺は手を浸して見た。水はとても冷たくほてった手に染みいるように気持ちよかった。


 温泉だったらこの小山は活火山ということにならないかしら?冷たいからこの山は活火山ではないだろう。


 この泉の水と同様に次から次へと疑問が湧いてでる。

 地下水脈があったとしても小山のてっぺんにわざわざ吹き出すのか?

 とか、もしかして水道管が破裂したのか?いやこんなところに水道管など這わせないだろうとか色々考えた。


 俺は中学を卒業したばかりで高校に入る前の端境期はざかいきのガキで地質学者じゃない。だから、この泉がどうして小山の頂きにあるのかなんて正確にわかるわけがない。

 

 俺は考えるのをやめて泉の水を手ですくい顔を洗った。気持ちよくて爽快な気分になった。


「気に入った!ここは俺の秘密の基地にするぞ!」


 俺は思わず叫んでしまった。


 それ以来、俺は暇になると頂上の泉に遊びに行った。

 マンガを持っていって読んだりもした。


 しかし、すぐに高校生活の忙しさのあまり泉のことなど忘れてしまった。


 夏休みがやってきた。

 地獄のデビルも逃げ出すような暑さに襲われた。その暑さときたら毎日観測史上最高スコアの気温を着実に叩き出していた。


 海に行けたらどんなにいいだろうか?せめてプールでもいい。唯一の保護者であるうちの父は小説家で俺を置いてホテルで缶詰状態だ。家には俺一人。海やプールへ連れて行ってくれるような気の利いた大人はいない。


 その時、俺の脳裏にイメージが浮かんだ。透きとおるくらい清らで涼しげな泉が。そういえば、この小山の頂上に泉があったっけ?あそこならプール代わりにできそうだ。


 夏休みに入ってからというもの、ずっと家に引きこもってエアコンを全開にしてテレビでアニメを観てゲームをしマンガを読み、惰眠をむさぼるくらいしかしていない。たまには外に出て夏をエンジョイすべきだ。


 さっそく俺は準備した。クーラーボックスに氷をしこたま敷き詰めて缶ジュースと適当に作ったサンドイッチを詰め込んだ。ひまつぶしにポータブルラジオとマンガ雑紙を数冊、横になれるようにレジャーシートも用意する。それらを一緒にしてアウトドアに使うキャリーワゴンに乗せた。準備はオーケー。


 ピンポーン!

 玄関ベルが鳴る。

 ドアを開けると友人のナオキが立っていた。マッシュルームカットをして背が低く、高校生なのに小学生に見える可愛い少年。お目々クリクリでたまに女子と間違われ、女子たちにはそれなり人気があるが本人はまったく気づいていない。彼の口癖は「女子にモテたい」。愛すべき小さい我が友人、それが田中直樹だ。


「おっす!タスク?元気にしてたか?いやあ、連日暑いねえ?いかがお過ごし?」


 タスクとは俺の名前だ。本名は山田佑という。友人たちは俺のことをタスクと呼ぶ。ナオキは玄関に置かれたキャリーワゴンを見た。


「あれ?どこかお出かけ?いいなあ。僕も連れて行ってよ」

「わかった。俺に黙ってついてこい。良いとこに連れて行ってやる」


 俺たちはキャリーワゴンを引っ張って山道を登った。

 行き止まりでワゴンを置いて、荷物を背負い、えっちらおっちらと山を登っていく。そして泉にたどりついた。


「何ここ!素晴らしいじゃんか!町が一望出来る!景色いいなあ!あれ?泉が湧いていない?素敵じゃんか!」

 

 俺は泉に興奮しているナオキにかいつまんで説明してやった。

 たまたま見つけたこと。たまに来て泉のほとりでマンガを読んで過ごしていること。


「なんだよ、そうだったのか。もっと早く教えてほしかったなあ。知っていたら通っていたよ」


 さっそく俺たちは楽しむことにした。

 真っ平らな大岩の上にレジャーシートを広げ、俺たちは上半身裸になって並んで寝そべり日光浴をする。ポータブルラジオからサマーソングが流れ、否が応でも夏気分は盛り上がる。


 ぴろぴろぴろ!

 ナオキのスマートホンが鳴る。


「もしもし?明里ちゃん?どうしたの?タスクの家に行ったら誰もいない?今さ、タスクの家のある小山のてっぺんで日光浴しているんだ。明里ちゃんも来なよ!山道の行き止まりをずんずんと登りきった頂上に僕たちいるからね。それじゃあまたね!」

 

 ナオキは電話を切った。

 

「明里からの電話か?この頂上の泉のことを話したのか?俺はここを秘密にしたかったんだけどね。みんなここへ来るようになったらどうするんだ?」

「この泉のことを君は秘密にしたかったのかい?それ先に言ってよね。ごめんよ」


 ナオキの電話相手の明里は俺の幼なじみだ。名前は城山明里という。

 俺はちらりと自分のスマートホンを見た。明里からの電話着信が表示されていた。ナオキより先に数十分前に明里から着信があったようだ。先に俺に電話してからナオキに電話したみたいだ。ナオキと明里は別に親しい間柄じゃないとわかり、俺はなんだかほっとした。


 ほどなくして制服姿の明里がやってきた。

 

「あら?素敵な泉ですわね?こんなところに泉があるなんて知らなかったです。タスクさん?早くお仕度なさってください。今日は学校の登校日ですの」


 明里はそう言うと、靴と靴下を脱ぎ、裸足になると泉に細くすんなりした足を浸した。


「さあ、学校に行きましょう。遅刻します」

「なんだって夏休みなのに、学校に登校しなくちゃいけないんだろうね?ナオキ君は学校に行く必要があると思う?」

「登校日って夏休みに登校したいって変わった生徒だけが行くんじゃないの?」

 ナオキは大岩の上に寝そべりながら意地悪く笑う。

「そんな、私はタスクさんと会うのを楽しみにしていたのにひどいですわ」


 明里は可愛い顔を両手でふさぎながらひくひくと体を震わせて嗚咽を漏らした。一陣の熱風に吹かれ長くつや光りする黒髪がなびく。俺は幼馴染みが泣く姿を見てあわてた。


「泣かないでお願いだからさ。わかった!学校に行こう!」

「嬉しいですわ!さあお支度して学校に行きましょう!」


 明里は両手を引っ込めると顔は嬉しそうに笑っていた。


「泣きマネはよくないよ……」


 俺は呆れてしまった。


「ナオキは置いて行きましょう。あのまま一人泳がせましょう」

「そんなこと言わないでよ!僕も学校に行くよ!」


 いつの間にか泉から上がっていたナオキは笑顔で言う。


「それよりも泉の中で瓶を拾ったよ」


 ナオキは手にした透明な瓶をタスクと明里に見せる。ジャム入れに使うような口の広い透明の瓶の中はぎっしりと色とりどりの石が詰まり、キラキラと光っている。


「中を出してみようぜ」


 俺はコルク栓を抜くと中身を大岩の上にだした。

 キレイな石の数々と金貨が多数入っていた。そして丹念に折り込まれた一枚の紙も出てきた。


「これはダイアモンド?ルビーにサファイアにエメラルドもありますわね」


 石の一つ一つを明里は指でつつく。


「まさか本物なわけないさ!ただのガラス玉に決まってるさ!」


 ナオキは笑って言う。


「じゃあこの金貨もニセモノだって言うのか?」

「当たり前だろ!誰が好き好んでこんな泉に高価な貴金属を瓶に入れて投げ入れるんだい?」


 ナオキの言葉を無視して俺は丹念に折り込まれた紙を広げた。それは一通の手紙だった。俺は読み上げた。


「この手紙を拾ってくれた方。ありがとうございます。私の名前はソフィーと言います。サンドニア王国の王女をしています。その証拠として瓶に高価なダイヤやエメラルドや王国の金貨などを詰めておきます。そちらの世界でもこちらと同じように価値があればいいのですが……」

「本当にそんなことが書いてあるんです?王国の王女様、つまり姫がこの瓶に宝石と金貨と手紙を詰めたというのでしょうか?またどうしてそんなことを?」


 今度は不思議そうに細い眉をひそめて明里は聞いてきた。明里は手紙の内容に驚きのあまり切れ長の鋭い瞳をまん丸く見開いている。


「続き読んでよ!」


 ナオキは俺にせがむ。


「そもそも何故、この手紙を書いたのかいきさつを説明します。うららかな春の陽気に誘われ、私が城外の森を散策していると泉を見つけました」

「その泉は見るからに清らかで涼しげでした。泉のほとりで一休みしていると本が数冊落ちていました。どの本もしなびていてひしゃげていて、おまけに暖かい陽気のおかげでどれもがびがびに乾燥していました」

「そんな無残な姿になった数冊の本に私はとても興味を惹かれました。というのも雑な作りの本は私の図書室にあるようなたぐいの本ではなかったからです。どの本とも違いました。表紙も可愛い男の子の絵が大きく描かれ、こうして色あせる前はもっと色鮮やかだったのでしょう。この本は児童向けの絵本本で子供が手に入れやすいように安価で作られた本だと私はようやく理解したのです」


 俺は途中まで一気に声に出して読んだ。


「どういう意味なのさ?本がなんだっていうんだい?ちんぷんかんぷんだよ」


 ナオキはそう言うと輝く宝石を指で弄ぶ。


「自称サンドニア王国王女様のソフィーさんは王国には存在しないような本を見つけたってことだろう。もしかしてその本ってさ……」


 俺はそう言い、大岩のはしっこに積んであったマンガ雑紙を見つめた。


「タスクさんはソフィー王女が森の泉で見つけた本に心当たりがあるのでしょうか?王女の見つけた本は一体何の本なんでしょう?」


 明里に質問されても俺は押し黙っている。たしかに心当たりがある・・・・・・ような気がした。いや絶対そうに違いない。俺は手紙を読み進めた。


「・・・・・・私はひからびた本を丁寧にめくりました。中身はページに不規則にコマ割りされていて各コマに絵が描かれています。そして人物の口からは白い雲が出て文字が刻まれています。これはその人物の発した言葉だとすぐにわかりました。じっくり眺めているとわかったのですが、それは連続性のある物語だと理解しました。これは王国にはない芸術形式で描かれた本だとわかりました。そして中身の物語もこの世界とはまったく違う世界の物語の本だと気がつきました」

「だからその本ってなんなのさ!」


 ナオキは痺れを切らして聞く。


「マンガだと思う。マンガ雑紙さ、きっとそうさ、そうに違いない」


 俺は二人にそう教えた。


「もしかしてそのマンガ雑紙が異世界にたどり着いたというのですか?」


 明里は鋭い目を投げかけ、俺の仮説に食いついてきた。


「まだわからん。続きを読むよ・・・・・・この本は異世界から泉を通ってサンドニア王国にたどり着いたのでは?私の中で想像が膨らみます。もしかして泉は異世界とつながっているのではないか。私はそう思うようになりました。それを証明するために私はボトルレターを出したのです。中の宝石と金貨は拾ってくれたあなたに差し上げます。宝石と金貨のお返しに、できたらお返事をいただけたらとても嬉しいです。ソフィー」


 俺は最後まで手紙を読み上げるとナオキと明里を交互に見やって2人の反応をうかがった。


「なんて手の込んだイタズラなんだろう!びっくりだよ!ここまでくると称賛に値するね!」


 ナオキはヒステリックに笑いながら言う。


「じゃあこの宝石と金貨はどう説明するんだ?」

「だから本物なわけがないさ!ガラス玉とくず鉄にメッキしたガラクタに決まってら!」


 ナオキは興奮気味に否定する。さも私は詐欺の被害者でございます、とでも言いたいのだろう。まだ騙されたわけでもなし、と俺は思った。


「明里はどう思う?」


 俺は明里を見た。


「気になるのでしたら担任のレイコ先生に調べてもらえばいいのではないでしょうか?」


 明里の提案を俺は不思議に思った。レイコ先生とは担任の月見麗子先生のことだ。なれなれしく下の名前で呼ぶのは、先輩たちがそう呼ぶし、同級生たちもそう呼ぶからだ。学校生活なんて万事が万事右にならえだ。


「どうしてレイコ先生がここで出てくるのさ?」

「レイコ先生は学生時代に貴金属店でアルバイトしていたと聞きました。鑑定もできるという噂ですわ」


 化学室にレイコ先生はいた。

 黒のスーツをかっちりと着こなし、その上に白衣を着ている。ウェービーで茶髪のロングヘアにとろけるような垂れ目にふっくらした唇をした大人の色香むんむんの月見麗子は先生の中でもダントツの人気を誇った。そんなレイコ先生に俺たちは宝石と金貨を見せた。


「あらあら、綺麗なイミテーションね」


 レイコ先生は赤色がかった透き通る石をつまむとつまんなそうに言う。


「イミテーション?偽物なんですか?どうしてすぐにわかったんですか?」


 俺は食い下がるもレイコ先生は鼻でせせら笑う。


「こんな大きなレッドダイアモンドはありえないからよ。それもいっぱいあるじゃない?それにこの金貨のほうは見たことないわね。どうせ偽物に決まっているわ」


 レイコ先生は笑いながら金貨を1つとり、まるでクッキーのようにかじる。どうしたことか、レイコ先生の綺麗な顔からあざけりの笑顔は消える。レイコはあらためて金貨を見た。


「あら?これってメッキじゃないわ・・・・・・そんなはず・・・・・・」


 レイコ先生は椅子から飛び上がった。そして棚から大きな測りのような機械を出す。


「その機械はなんでしょうか?」


 明里は興味深げにレイコ先生に聞く。


「この機械は貴金属テスターよ。これを使えば一発で偽物を見抜けるわ」


 レイコ先生は金貨をテスターに入れた。


「化学室ってなんでもあるんだねえ。すごいな」


 ナオキは感心している。


「これは先生の私物よ。このテスターはとっても高かったわ」


 レイコ先生はデジタルパネルに表示された数値を見て先生は垂れ目をかっと見開く。


「あなたたち?どこからこの金貨を手に入れたの?」


 レイコ先生は俺と明里とナオキを交互に見やる。その目はじっとりと冷たくとても険しい。


「まさか!これも本物かしら?」


 先生は白衣のポケットからルーペを出して右目にはめてレッドダイヤを詳細に調べている。エメラルドもサファイアも転がっている石を何度も調べた。最後に先生はルーペを目から外し、深い溜め息をついた。そして「ありえないわ」と何度も繰り返しつぶやく。


「本物なんですか?」


 俺は聞いた。


「本物よ。どれも規格外の大きさなのが気になるわ。だってありえないわ!どれもギネス級の大きさだもの!」


 先生は驚きを通り越して呆れている。


「あなたたち?これをどこで手に入れたの?教えなさい。まさか犯罪行為をしたんじゃないでしょうね?さあすべて話なさい」


 先生は3人を追及する。まさか、異世界の姫様からもらったものだと言ったところでレイコ先生は信じないだろう。先生は肉感的な胸の大きな膨らみを抱えるように腕組みし、俺たちをにらみつける。


「わたくしの親族のグループ会社の一つである商事会社を営んでいるおじさんからもらった物なんです。いたずら好きのおじさんです。困ったものですわ。まさか本物をプレゼントしてくれたなんて」


 明里は朗らかに笑いながらしれっと大嘘をついた。俺とナオキは笑顔を引きつらせながらただただ黙ってうなづき明里の大嘘に付き合った。嘘にも真実を混ぜると効果的だ。この場合の真実とは城山商事は実在しているということだ。


城山明里は超弩級のお嬢様なのだ。城山商事に城山重工に城山銀行に城山造船に城山芸能事務所、城山出版と明里の一族は手広く商いを営んでいる。あまりにも城山グループは大きいので明里ですらその全貌を把握していないという。モノポリーゲームで例えると大勝で勝負がついた後もゲームを永遠に続行するようなものだ。城山一族は勝ち続け巨大化し続けるだろう。そして明里はその城山一族を束ねる本家の娘なのだ。


「このダイヤモンドはおじさんからもらったなのね。まあ、城山グループのお嬢さんならありえるかもね・・・・・・でも何か引っかかるわねえ」


 ナオキは宝石をすべて回収しポケットに突っ込む。俺たちはレイコ先生にありがとうを言うとすぐに退散した。


 学校が終わるとその足でコンビニに向かい、俺はしこたまマンガ雑誌を買った。金貨と宝石のお返しにマンガを送ろうと思ったからだ。


雑誌を抱えて帰宅した俺は自室の大きな本棚から王女が気に入りそうなマンガを抜き取った。少年マンガに青年マンガと女友達からもらった少女マンガまでかき集め、一切合切をゴミ袋に入れて水が入らないようにガムテープでグルグル巻きにして梱包した。そして俺は手紙を書いた。


 ピンポーン!


 玄関ベルが鳴る。玄関ドアを開けるとナオキが立っていた。マッシュルームカットは汗で乱れ、派手な柄の半袖のシャツと短パン姿のちびっちゃいナオキは可愛い小学生にも見える。男子なのか女子なのか判然としないところがあるな。俺は思った。


「元気?聞いてよ!困っているんだ。金貨とダイヤを貴金属店で買い取ってもらおうと持ち込んだらさ、保護者の許可がいるんだってさ!ウチの親はもちろん無理だね。金貨をどうやって手に入れたか説明しても信じてくれないだろう?せっかく金貨と高価な宝石を手に入れたのにさ、売れないなんてあんまりだよ。まいったよ」


 ナオキの話を聞き俺は笑った。


「それでさ、頼みがあるんだ。タスクが貴金属店に行って宝石と金貨を売ってくれない?タスクのオヤジさんは今、家にいないんでしょ?ハンコもオヤジさんの身分証明書もあるんでしょ?だからさ、二人で保護者の売却許可書を書くってのはどうだい?」


「書類を偽造しようってわけだ?駄目だ。売れたとしても盗品と勘ぐられたらどうする?トラブルになるような真似はやりたくいないね」


「どうしても駄目か。これ以上頼んでも無理そうだね。タスクは頑固だからなあ」


 俺がきっぱり断ったのでナオキは泣き顔になった。


「それよりも手伝ってくれ。金貨と宝石のお礼に王女様にマンガを送るんだ。荷物運びを手伝ってくれ」

「いいよ」


 快く引き受けてくれたナオキをリビングに連れて行く。

 テーブルの上のビニールパッキングされたマンガ本を見てナオキは驚いている。


「いっぱい送るんだね。なんか怪しい密輸品みたいに見えるよ」


 ナオキは俺の書いた手紙をめざとく見つけ、手に取った。


「はじめまして。私の名前は山田佑といいます。ボトルレターを拾いました。そして中身の手紙を読みました。ソフィー王女様が手に入れた本はマンガに間違いありません。こちらの世界で広く親しまれている芸術形態の一つです。王女様はご興味をお持ちになったのですね。それではマンガを沢山送ります。追伸、王女様が暮らす王国はどんなところでしょうか?とても興味があります。教えて貰えたらとてもうれしいです」


 ナオキは手紙を読み終えるとげらげらと笑った。


「もしかしてタスクは異世界の王女と文通するつもり?それってさ、サイコーにクレイジーでイカすよ!」


 ナオキはなおも笑いながらタスクを絶賛した。


「でもさ、もし異世界が思ったよりもフレンドリーじゃなかったらどうしよう?侵略されるかもよ?もしかしてさ、その異世界はクトゥルー神話みたいな世界かもね」


 ナオキは笑って無邪気に冗談を言う。クトゥルー神話とはアメリカのH・P・ラブクラフトという作家が書いた暗黒神話の一大ホラー物語だ。


「文通相手が邪神かもしれないって?ありえないよ。相手が異世界の王女だとしてもマンガが好きなら仲良くなれるさ」


 俺は笑い飛ばした。


 日が陰りはじめた頃、俺とナオキはビニールパッキングされたマンガを背負い小山を登った。二人とも大汗をかき、だいぶ体力を消耗してしまった。


頂上に着くと泉のほとりに明里がちょこんと体育座りをしていた。白地で青い花柄がプリントされたサマードレス姿はとても似合っていた。そよ風が吹き長い黒髪がなびく。夕陽を浴びる明里はとても美しい。


「その荷物ってマンガ本ですわね?もしかしてマンガを王国に送るのでしょうか?」


 明里は俺とナオキが背負っているマンガ本を見て微笑んだ。


「それだけじゃないさ。王女様に手紙を送るんだってさ。タスクはソフィーちゃんと文通するつもりみたいよ。タスク?君はソフィーちゃんと良い関係になって玉の輿を狙っているのかなー?」


 ナオキの冗談に明里の可愛い顔は険しい表情になる。


「そんなつもりはない。一言余計だよ」

「なぜ文通したいのでしょうか?理由をお聞かせください!」


 明里の厳しい追及にタスクは驚いた。


「理由が知りたい?わかった教えるよ。もうこの世界は退屈でうんざりだからだよ。逃げ出したいくらいだよ。サンドニア王国が刺激的なところだったらいいんだけどね」


「サンドニア王国へ逃げ出したいのですか?」


 明里は切れ長の瞳を鋭く研ぎ澄まして追及する。俺は溜め息をついて黙ってうなづいた。


「タスクは空想好きのロマンチストだからなあ。昔っから変わってないね」


 ナオキは笑っている。


「わたくしもタスクさんとお供してよろしいでしょうか?タスクさんが行くのならわたくしも行きます」


 真剣な顔で明里は言う。


「一緒に行こうか?」


俺が聞くと明里は黙ってうなづく。


「二人とも熱いね!末永くお幸せに!」


 ナオキは二人を茶化す。


 俺とナオキと明里はマンガ本を泉に浮かべた。そして3人は泉に浮くマンガ本を暗くなるまでじっと見つめた。

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