1週間のシンデレラ
ミナ
第1話 契約のはじまり
瀬戸山将生は、学校中の女子から注目される存在だった。
背が高く、顔立ちは整っていて、しかもスポーツ万能。バスケ部のエースとして活躍する姿は、まるで漫画から飛び出してきたようで、廊下を歩くだけで黄色い声が飛ぶほどだ。
「瀬戸山くん、おはよう!」
「今日もかっこいいね!」
朝の昇降口を通るだけで視線を浴び、声をかけられる。靴箱を開ければ、折り畳まれた手紙が三通、四通と詰め込まれていた。中には小さなお菓子やアクセサリーが入っていることもある。将生はそれを素早くかばんに突っ込み、表情を変えずに靴を履き替える。
教室に入れば入ったで、今度は同じクラスの女子が群がってくる。
「今日の授業、ノート写させて!」
「部活、絶対応援行くね!」
「放課後、ちょっと話せない?」
授業中でさえ休憩時間になると、回ってくるメモには「好きです」「帰りに一緒に歩いてくれませんか」なんて文字が並ぶ。購買でパンを買えば、女子たちから差し入れが次々に渡され、トレイの上がパンで埋まっていく。
部活が終わり、やっと帰ろうとすると下駄箱の前には数人の女子が待っている。
「瀬戸山くん、少しだけ話せる?」
そんなふうに呼び止められることも数えきれないほどだ。
断るのには慣れている。けれど、相手の落ち込む顔を見るたびに胸が痛む。モテることは、必ずしも幸せではない――そう実感する日々だった。
昼休み、将生は屋上のドアの前でため息をついていた。手には数分前に受け取ったラブレター。今日で三通目。週に直せば十通を軽く超える。
最初の頃は嬉しかった。自分を好きだと言ってくれる人がいるのは、悪い気がしない。
だが毎日のように繰り返されれば、感覚は麻痺してくる。名前を覚えきれず、顔と一致しない。昨日告白された子の友達から、次の日にはまた告白される。
(俺じゃなくて、“瀬戸山将生”って肩書きに言ってるだけなんだろうな)
そんなふうに思ってしまう自分に、さらに嫌気が差す。
「本当に……彼女でも作ろうかな」
ふと漏れた言葉は、冗談ではなかった。むしろそれが一番の解決策に思えてきていた。周囲が納得するような“彼女”を作れば、告白攻撃も止むかもしれない。
しかし将生には本気で好きな人はいない。どうすればいいかと頭を抱えていた、そのとき――
「瀬戸山くん、ここにいたんだ」
振り向けば、クラスメイトの古川愛梨が立っていた。
彼女は図書委員で、放課後はいつも図書室にいる。成績は中の上くらい。特別目立つ存在ではないが、穏やかな雰囲気で友達からは好かれている。
将生にとっては「同じクラスの子」程度の認識だった。
「古川……どうした?」
「先生がプリント集めてって」
差し出された紙を受け取りながら、将生はじっと彼女の顔を見た。
地味めなカーディガンに肩までの黒髪。化粧っ気もなく、流行にも敏感そうじゃない。けれど、だからこそ彼女は他の女子とは違って見えた。
教室でも、騒がしい輪の中にいることはない。数人の友達とお弁当を広げて静かに笑っている姿が印象的だ。その笑い方がどこか優しく、媚びるようなところがない。
(……これだ)
将生の胸にひらめきが落ちた。
「昼休みなのに、図書室じゃなかったのか?」
「今日は係の仕事が早く終わったからね。たまには外の空気もいいかなって」
肩をすくめて笑う愛梨。その笑顔が飾り気なく、妙に自然だった。将生は心のどこかで安心感を覚えた。ほとんどの女子は彼に向ける笑顔がどこか作り物っぽい。だが古川愛梨のそれは違った。
風が吹き、彼女の髪が揺れる。地味なはずなのに、不思議とその瞬間の横顔が印象に残った。
――彼女なら、周りも納得してくれるかもしれない。
派手さがないぶん嫉妬も少ないだろう。何より、特別な好意を抱いているようには見えない。
「なあ、古川」
「なに?」
「俺と、付き合わない?」
「………………え?」
愛梨の瞳が大きく揺れる。無理もない。いきなりすぎる言葉だった。
「いや、そういう意味じゃなくて」
将生は慌てて手を振る。だが次に続けた言葉は、さらに彼女を混乱させた。
「一週間だけでいいんだ」
「い、一週間……?」
「そう。一週間だけ、俺の彼女のフリをしてくれ」
屋上の風が強く吹き抜ける。愛梨は呆然と将生を見つめた。
◇ ◇ ◇
愛梨にとって瀬戸山将生は、まさに別世界の人だった。
いつも注目の的で、スポーツも勉強もできる。自分とは正反対の、きらきらした存在。
だから彼から「付き合おう」と言われるなんて、想像すらしていなかった。しかも期間限定。冗談なのか本気なのかすら分からない。
「な、なんで……私?」
やっと絞り出した声は震えていた。
将生は真剣な目で彼女を見つめ、少し照れたように笑った。
「俺、正直モテすぎて困ってるんだ。毎日の告白とか、もう疲れた」
「……はあ」
「だから彼女がいるってことにしたい。でも、本気で好きな子はいない」
「そ、それを私に?」
「古川なら……変な意味じゃなくて、信頼できそうだから。余計な駆け引きとか、そういうのなさそうだし」
その言葉に、愛梨の胸が少し熱くなった。自分は目立たない存在で、誰かに選ばれることなんてないと思っていたのに。
「もちろん無理には言わない。ただ、一週間だけ。終わったらきっぱり解消する。変な噂も俺が責任取る」
愛梨は迷った。受ければ注目される。噂になるのは確実だ。それが怖い。
でも――一週間だけなら。
(……一週間だけなら、シンデレラになれるかもしれない)
「……わかった。やってみる」
気づけばそう答えていた。
将生の顔に、安心した笑みが浮かぶ。
「ありがとう、古川。約束だぞ」
こうして、“一週間のシンデレラ”の物語が始まった。
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