依代の君と望まれぬ花嫁の幸福論
立藤夕貴
序章
序章
言葉は
「おぞましい子。さっさと片付けておしまい」
椿の花が雪の上にぼたりと落ちた。まるで首が落ちたのかのようだった。
黒髪の少女は声がしてきた方をパッと振り向く。開いた玄関から煌びやかな着物をまとった女性が睨みつけていた。恐ろしくなって少女はすぐに顔を背けた。女性はこの屋敷の大奥様だ。不興を買ったら
お客様が来る前に玄関前の雪を片づけなければならない。動かせば動かすほど、寒さで手がかじかむ。けれど、文句を言ったところで寒さが和らぐことはない。少しの間、女性は少女の様子を
玄関の掃除が終わり、気が抜けて庭の片隅でうずくまる。寒いけれどそうする他なかった。この家には自分の居場所などなかったから。辛い仕事を押し付けられては遅いと罵られ、
「
どのくらい経っただろう。今度はそんな言葉が頭上から降り落ちてきた。けれど、前回とは違って言葉に哀れみの感情は感じられない。ただ、事実を口にしただけの平坦さだった。
顔を上げるとそこには黒髪の少年が立っていた。かなり癖の強い髪に灰色の瞳。光の加減か雪のせいか、その瞳が光り輝く白銀に見えて、背筋がぞくりとした。
「ああ、うん。やっぱり君なんだね」
少年は柔和な笑みを浮かべる。ついぞそんな顔を他人から向けられたことがなかったので、気が抜けてしまっていた。ここで向けられるのは侮蔑、怒り、嘲笑のいずれかだったから。しかし、次いで少年から発せられた言葉は今まで向けられてきたものよりもなお、残酷だった。
「君は
一瞬、何を言われているのか分からなかった。笑顔を浮かべていうものだから、頭の処理が追いつかなかったのだ。時間をおいて言葉がじわじわと頭に染み込んでくる。
じゃあねと言って、少年は近場に落ちていた椿を左耳にかけていった。まるで
椿を払い落とす気力さえもなかった。ボロボロと涙が流れ、言葉にならない嗚咽が喉から溢れていく。うずくまって更に体が冷えていった。少女の身と心は極限を迎えつつあった。
そんな身も心も凍るような日から半年後。
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