終焉のアニマ
マシナマナブ
第一章 アルカディアとアニマ
最強のアニマ
握り返す力は、もうほとんど感じられず、指先は微かに震えている。
「ミナ
ベッドに横たわったまま、鈴音が力無く笑った。その声はかすれていて、呼吸は苦しそうなのに、どこか楽しげで、明るかった。
「ねぇ……もしさ、もしもあたしが死んじゃったらさ……カッコよく異世界に転生しちゃったり……するのかな?」
ふざけるような声色だが、彼女の胸の奥では、ウイルスが心臓を蝕んでいた。
診断は——『劇症型ウイルス性心筋炎』。
発症からわずか数日。ほんの数日前まで、鈴音は家のリビングで歌い、ふざけていたのに。
『必殺、鈴音アクセル! この一撃で、全てを――無に返す!』
そんな厨二病モード全開で、反応に困る兄を見て笑うのが趣味だった妹が、今はもう——このベッドの上でしか動けない。
「バカ言うな。……異世界転生なんて、俺が絶対にさせない」
湊は、詰まりそうな喉の奥から無理やり言葉を絞り出した。
「ふふ……でも、ミナ兄ぃ……なんかね、うまく息ができないのに……痛くも苦しくもないんだ。不思議だよね……これはエンディングじゃなくて……たぶん、オープニングなんだよ……」
「もうやめろよ、そんなセリフ……。現実はアニメじゃないんだぞ……」
言葉の隙間から、こみ上げるものが滲む。だが、鈴音の目は、どこか遠くを見つめながら、それでもなお微笑を浮かべていた。
「うん……でもね……もし、あたしが消えちゃったとしても……」
その声は、風が吹けば消えてしまいそうなほど、か細かった。それでも鈴音は、苦しみを押し隠すように、明るく続ける。
「ミナ兄ぃなら……きっとあたしを『
「——ばっ、やめろよ……そんなの……そんな……」
湊の目の奥が熱くてたまらなかった。涙が溢れそうになる。目を大きく見開き、瞳を乾燥させて必死に押しとどめる。
「大丈夫。あたし、強いから。超ウルトラレアカードだから。伝説級の妹だから」
そう言った鈴音の声が、ふっと細くなる。
その顔は、どこか満足げで、あたたかかった。
「……そしたら、あたし……ずっと、ミナ兄ぃと一緒にいられるよ……ね……?」
鈴音のまぶたが、すうっと下りていく。
それは、まるで物語の続きを夢の中で見るかのような、静かな、穏やかな閉じ方だった。
そして次の瞬間、鈴音に繋がったモニターが、長い、一本の音を鳴らす。
湊の耳から、世界の音が消えた。
慌てて駆け寄る看護師たちの足音や呼びかけも、遠く、水の底から聞こえるようだった。
それでも、湊は動けなかった。ただ、鈴音の手を両手で包み込んだまま、目を閉じる妹の顔を見つめていた。
「……なんで……」
喉の奥がつまる。声を抑えようとしても、嗚咽は勝手に漏れ出た。
抑えきれない涙の雫が鈴音の手に落ちても、彼女の手はもう、何も返さない。
その時、ふと、病室の空気の中に、かすかに、微かな鼻歌が残っているように感じた。
それは鈴音がよく踊りながら歌っていた曲。テレビの前で、意味不明な振り付けをつけて、何度も披露してくれた、あのふざけたテーマソングだった。
——
◇ ◇ ◇
数日後――。
「覚悟はいい? これが、最後の審判。鈴音トリプルアクセル、発動!」
虹色に輝く翼を広げ、公園に舞い降りたのは、自称超絶美少女召喚神、鈴音。
その身を回転させた瞬間、螺旋の衝撃波が解き放たれ、公園に出現したティラノサウルスを一閃、キラキラと粒子になって消えていった。
「愚かなる古代の残骸よ……鈴音の一撃で、星屑となって散り行け」
湊はその光景を『
脳波インターフェースの感情センサーがとんでもない値を表示している。
脳波強度:S+
その場にいる子どもたちも、一斉にポカーン。
たなびくツインテール、炸裂するカリスマスマイル、そして眩き決めポーズ!
「この銀河に、鈴音とミナ兄ぃを超える絆は存在しない。どんな敵でも、秒でやっつけてあげる!」
きらめくエフェクトとともに、鈴音は軽やかに跳び上がり、空中でくるりと一回転。
その軌跡が描く虹のラインが、夜空にふわりとハートを咲かせた。
その姿は——まるで、生きていた頃の鈴音そのもの。いや、それ以上に、楽しそうで、キラキラ眩しく輝いている。
鈴音は、最強の『
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