天使がうちにやってきた!?

@kyounoyuki

第1話 ちゃいむ

「天使って知ってる?」


 僕こと、藤野暁の前にいる黒鈴は唐突に言った。そして黒鈴はF6のマスへとナイトを進める。

 僕は驚きで、目をぱちりとさせ


「うん。まぁ名称は聞いたことあるよね」


 H3へとポーンを上げた。



 ここは僕の部屋だった。

 家であるアパートに学校から帰ってきて、映画を見てくつろいでいるところ、唐突に黒鈴が入ってきて、そう言ったのである。

 もっとも、ちゃっかり最近二人がはまっているチェスを始めた事から、この話は雑談だとは思うのだけれど。

 黒鈴朱莉。

 幼馴染である。お決まりの成績優秀、品行方正、と言いたいところだが、品行方正の所だけ訂正しておく。普通に喧嘩を売られたら、それを買うし、一度クラスのリーダー的存在の女子と殴り合いの大喧嘩をしたことがある。

 もっとも黒鈴の独壇場だったけれど。

 顔は、可愛い。


 黒鈴は顔を輝かせ


「あっ。それはE4のポーンが取れるよ」

「いや、A4にクイーンでナイトが取り返せる」

「ほんとだ。定石?」

「一応は」


 僕はそう言って、E4のナイトをクイーンで取った。


……これで駒得………


 僕は思い出したように、それでと切り出し


「それで天使って、急にどうしたんだ?」


 黒鈴は口に手を当てて、


「ん? あぁ最近そう言う噂が流行ってるんだよ」


 人差し指で僕を指しながら


「天使が家にやってきてインターホンを鳴らす。そして家に入れてくださーいってね」


 可愛らしく言った。


「曖昧な…しかも信憑性のない噂だな」


 僕は正直な感想を漏らした。


 黒鈴は快活に


「あっはー。でもクラスの女子にはとても人気なんだよ」

「…どんな風に?」


 黒鈴は逡巡して


「うーんそうだね。具体的にチャイムはここと書かれた紙を張るとか。あと天使募集中とスプレーで壁に書くとか。それと十字架を玄関の扉の前に貼ってるって人はいたね」

「最後のはもうただのキリスト教だ!」


 僕は我慢できずに、そう突っ込む。


「とにかく人気なんだよ。だから暁くんも知ってるかなーっと思ってね」

「ふうん。でも僕がそう言う噂に疎い事も知ってるだろ?」


 そもそも友達が少ないし、噂にも興味ない、と続けて言おうとしたけど、僕が惨めな気持ちになるから止めた。


「まぁ暁くん。友達少ないし、噂とか興味ないもんね」


 言われた。

 こいつは心が読めるのか?

 ちょっと、というか普通に心にくるな。


 すると本当に小さな、蚊の消え入るような声で黒鈴は、

「でもそこがいいんだけどね」


 と呟くように言った。


 聞こえてるぞ。

 僕はどこぞの鈍感系主人公じゃないんだ。

 あと良くないから。

 黒鈴本人はバレていないと思っているのか、それにと続けて


「会って見たいとも思わないしね」

「そうか? 僕は逆に会ってみたいけどな」


 黒鈴は顔を輝かせ


「おぉ。いつも冷めた暁くんにしては珍しい。それまたどうして?」


 冷めたは余計だと思うけれど


「どうしてって言われてもな。ほら、学校生活って死ぬほど退屈だろ? だからきっかけになるかなぁ、みたいな」

「きっかけ?」

「うーん。スパイス、の方が正しいかもしれない。人生の隠し味的な。スパイスって料理に入れたら味が変わるだろ? 美味しいか美味しくないか、それは分かんないけど少なくとも味は変わる」

「うんうん」

「だから天使が現れたら、僕の退屈で平凡な人生も少しは変わるかなと思って」

「へぇー。そんなこと考えてたんだ。意外だ」

「そうか?」

「そうだよ」

「今の人生は退屈なの?」

「退屈って訳じゃ…」

「私がいるのに?」


 いつも一緒だからな。それが生活の一部っていうか。


「今いつも一緒だからな、それが生活の一部っていうか、って思ったでしょ」


 やば! こいつ絶対エスパーじゃん!


「それより黒鈴。それは詰みだぜ?」

「どうして? って、あ!」

「チェックメイトだ」


 僕はそう言って、E7へとクイーンを運んだ。黒鈴のキングの動く場所はもうない。

「いやー暁くん強いねーもうレート1300でしょ?」

「うん。でも黒鈴も1200くらいだろ。変わんねぇよ」

「歴が違うよ。私4か月くらいだけど、暁くん2か月でしょ?」

「そうだけど」

「やっぱ賢いねー」

「学年一位には言われたくない誉め言葉だな。それより塾は大丈夫なのか?」


 僕が言うと、黒鈴は飾られてある時計に目を向けて


「あっ! ほんとだ!」


 と立ち上がり、いかなくちゃと呟くように言った。

 黒鈴はアニメのように、空中でぐるぐるっと足を回して、猛スピードで土煙を上げながら荷物を取って玄関へ向かう。

 そのままの勢いで扉を開けて出て行くと思われたが、ノブを手にした時点で立ち止まった。

 僕のアホ毛がそれを見て、? マークになる。

 黒鈴は振り返って


「最後に一つ聞いていい?」


 僕は瞬きをして


「どうした?」


 と聞く。

 すると黒鈴は射貫くような、鋭い視線を向けて


「洗面台の歯ブラシ誰の?」

「あぁ前来た姪っ子のだよ」


 僕はよどみなく答えた。

 二人の視線が一瞬交錯する。

 僕の瞳が揺れた。黒鈴もまた、揺れた。

 でもそれは一瞬のことで、黒鈴はにぱっと笑顔になり


「そっか。じゃまた」

 と手を振って、出て行った。

 僕もまた


「じゃ」


 と言って、手を軽く上げた。


 黒鈴が開いた扉がばたん、と音を立てて閉まるのと同時に、今度はリビングにあるクローゼットが勢いよく開いた。

 中から隠れていた少女が飛び出し、猛烈な勢いでこちらへ向かってくる。ドタバタと音をまき散らして。

 そして僕の前で立ち止まる。

 少女は全力失踪に疲れたのか、はぁはぁと息を切らしていた。

 そして肩を上げて、握った両こぶしを伸ばす。

 意を決したように


「あ、あぶなかったね!」


 と言った。


「何がかは分からないけど、別にそんな緊張していう事でもないだろ!」


 僕も言った。

 僕の目の前には一人の少女が立っていた。淡い緑の髪に、白いカチューシャと、白いワンピースを着た少女。年は10代中盤。僕とそこまで変わらない。童顔でつり目。


 そして、天使のような翼が生えていた。


 

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