その万屋、夢の中につき

碧居満月

第1話 見た目は子供。頭脳は……

 季節は秋。ほんのり暖かい陽光が降り注ぐ最中、枝を大きく伸ばし、美しく紅葉する桜の木の下に、喫茶グレーテルはあった。

 昭和のレトロな雰囲気漂う喫茶店内には、二人の青年がカウンター席に着いている。喫茶店のロゴが入った赤いエプロン、アイボリーのワイシャツと黒パンツの制服を、大人らしくもかっこよく着こなす彼ら以外、利用客はいない。表のガラス戸には『営業中』のプレートがかかっている。日曜の昼下がり、さっきまで忙しかった喫茶店は今、暇な時間を迎えていた。

「ちょっと、タバコ吸ってくる」

 カウンター席に座り、久瀬理人くぜりひとと歓談をしていた綾瀬悠斗あやせゆうとはそう言って席を外す。

 喫茶店のマスター、藤峰燈志郎ふじみねとうしろう宅と店舗の間にもうけられた喫煙スペースにて。悠斗が一本のタバコに火を付け、一服している最中だった。強力な邪気を放つ『人ならざる者』の気配を感じたのは。

 不意に感じたそれに反応を示した悠斗は険しい顔つきになると、備え付けの灰皿でタバコの火をもみ消し、喫煙スペースから出た、その直後である。

「……っ!」

 急に目の前がまぶしくなり、そのまま意識をなくした悠斗がアスファルトの路上に倒れ込む。

「瞬時に、我が気配を感じ取ったまでは良かった。だが、その後のことまでは、さすがのお前でも気づけなかったようだな」

 いきなり倒れ込んだ悠斗の面前に、一人の大男が姿を現す。現世に隠れ住む、大魔王シャルマンだ。

 漆黒のマントを身に纏い、不老不死であるが故、容姿端麗な人間の姿を保っている。深緑の長髪を緩く結び、ほくそ笑むシャルマンの、切れ長の赤い目が、平然と人を殺害しかねないほど冷淡な光を放っていた。


***


 喫茶店員でもある理人と悠斗がバディを組む万屋、VILLAINBUSTERSヴィランバスターズにはさまざまな依頼が舞い込んでくる。仲の良いカップルや夫婦の浮気調査、紛失物、人に飼われている犬や猫など『家族』の捜索などなど。依頼人の殆どは現世の人間に扮し、その世界の中に隠れ住む『人ならざる者』である。

 そして、二十六歳の青年だった綾瀬悠斗はいまや、『見た目は子供。頭脳は大人』のフレーズがよく似合う姿になっていた。と言うのも、今から数ヶ月前、突如として面前に姿を現した大魔王シャルマンによって、六歳の子供の姿に変わってしまったのだ。

 悠斗が幼児化したことをシャルマンは未だに知らない。自身の、強力な闇魔法やみまほうによって、悠斗が死んだと思い込んでいるだろう。その方が、悠斗にとって都合が良かった。

 大魔王シャルマンが放った闇魔法によって幼児化することは、未だかつてなかった。そのほとんどは、死に直結している。悠斗の体が縮んでしまったのは、奇跡の現象と言っても過言ではないのだ。

 今のところ、悠斗が幼児化したことを知っているのは、藤峰燈志郎氏と理人と美里の三人だけ。その他には、生命を脅かすほど危険な状態になるため正体を明かしていない。悠斗が幼児化したことは、その張本人を含む、四人だけの秘密なのである。

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