第19話 勝利、そして
巨体が完全に沈黙すると、洞窟はしんと静まり返った。
荒い呼吸を繰り返しながら、俺はその場に膝をついた。
「・・・終わった、のか」
全身が重い、毒に痺れ、呼吸も浅い。
それでも胸の奥には、確かな熱が灯っていた。
アークがゆっくりと歩み寄り、俺の肩を支えた。
「よくやったな。お前が削った分がなければ、俺の一太刀は届かなかった」
「・・・ホントに?」
「デバッファーの真骨頂を見せてもらったよ」
アークの言葉は、叱責でも慰めでもなく、ただ静かな肯定だった。
彼は堅亀の死骸に歩み寄り、甲羅の奥から煌めく結晶を取り出す。
濃い緑色に輝く石ーー《堅亀の雫石》
「これがなければ、どんな錬金術師でも薬は作れん。お前の勝利がもたらした希望だ」
「・・・これで、セレナを・・・」
意識が遠のきかける中、俺は微かに笑った。
「ハヤト。お前の戦いは拙かったが、意志は確かだった。だから、俺は剣を振るった。
ーー仲間を救いたいという気持ちがなければ、ここで見殺しにしていた」
「っ・・・!」
胸に熱いものがこみ上げる。言葉にならず、ただ頷くしかなかった。
「さぁ、立て。まだ終わりじゃない」
差し出された手を握り返すと、力強く引き上げられる。
その温もりに、俺は一人の勇者として認められた気がした。
「錬金術師のところへ向かおう」
「・・・ああ」
二人で振り返った洞窟は、もはや何も動かない静かな空間だった。
だが俺の中には、確かな鼓動と共に、新たな決意が芽生えていた。
街に戻り、錬金術師の店の前に着くと、アークは足を止めた。
「俺はここまでだ」
「え・・・? アーク、まだ一緒に・・・」
「俺にも追わねばならない敵がいる。魔女、そして組織。情報を集めるには一人の方が早い」
「・・・わかった」
アークは少しだけ口元を緩めた。
「また会うだろう。お前が勇者である限りな!」
「その時は、もっと成長した姿を見せる!!」
「楽しみにしてるよ」
ひらりと手を振り、彼は人混みに消えていった。
残されたのは堅亀の雫石と、胸の奥に芽生えた決意。
ーー守られるだけじゃない。
俺は必ず、仲間と共にセレナを救ってみせる。
アークと別れ、錬金術師の店の扉を三三七拍子で開けると、独特の薬草の匂いが鼻を突いた。
棚には乾燥した植物や瓶詰めの液体がずらりと並び、奥の調合台では小柄な老婆が背を丸めて作業を行なっていた。
「素材を持ってきたのかい?」
「・・・ああ、これだ」
俺は震える指先で雫石を差し出す。
老婆はぎょろりと小さな目を細め、石を光に透かす。
「ほぉ・・・まさか、堅亀の雫石とはねぇ。よくぞ、生きて帰ったもんだ。大事な”推し”・・・じゃなかった、想い人のためか?」
「い、いや・・・!」
思わず声を荒げると、老婆は肩を揺らしてゲラゲラと笑った。
「ふむ、ならば報いに薬を拵えてやろう。黙って見てな!」
老婆は大鍋を引き寄せ、薬草や粉末を次々と放り込み、杖のような大きなスプーンでぐるぐるとかき混ぜる。
泡立つ液体がじわじわと緑色に変わっていく。
「ここで堅亀の雫石を入れるのじゃ、よく見ておれ」
老婆が雫石を入れた瞬間、緑色の液体がたちまち澄んだ光を帯びた液体へと変わっていった。
「・・・完成じゃ。これでお主の想い人も楽になるはずじゃ」
「い、いや。想い人では・・・」
「ほれ、さっさと持っていきな。あー、いや、あたしゃ忙しんだ、もう帰んな!」
老婆が薄ら笑いを浮かべながら、淡い光を帯びた薬液を差し出す。
「ありがとうございます!」
瓶を受け取る手が震える。これでセレナを救える。
疑念も恐怖も、その光を見た瞬間に吹き飛び、胸の奥が熱で満たされた。
俺は踵を返して城へと駆け出した。
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