乙女失格 ~桔里と梨音の場合
西しまこ
1.桔里「結婚したいだけ」
夏は嫌いだ。薄着になって、どうしても体のラインが露わになる。
「
「でも、夏はもっと露わになる」
「だったら、ブラウス着ればいいじゃない」
にっこりする
「あたし、ブラウス似合わないもん。太って見えちゃうのよ。それに、ボタンがとめられないことも多いし」
「なるほどね。……でもさ、桔里。襟ぐりはもっと詰まっていてもいいと思うわよ」
梨音の視線が桔里の胸元に注がれる。「ちょっとしたことで、胸、見えちゃうわよ、それ。それとも、見せているの?」
「見せているわけじゃないわよ。なんていうか、かわいいなって思う服を着ると、だいたいこうなっちゃうだけで……」
「まあ、あたしは別に見えてもいいと思っているけどね」
「梨音!」
「冗談よ。で、婚活アプリの人とはどうなったの?」
梨音が言うと、桔里ははあっと大きく溜め息をついた。「駄目だった」
「え? でも、つきあっていたでしょう?」
「うん、つきあっている、と思ってた」
「……しちゃったのね?」
「う。だって、そういう流れだったし。結婚すると思ったし」
「桔里はすぐにえっちしちゃうから、駄目なのよ」
梨音は処女みたいだ、と桔里は思う。
自分と同じ二十六歳なのに、二十歳を少し過ぎたくらいにしか見えない。
そこらのアイドルよりも愛らしい顔立ちを活かしたナチュラルメイクに、清楚な服装。大学のときからの友人だけど、出会ったときから時間を止めたみたいに全く衰えない容貌、いや、そのときよりもずっと今の方がかわいらしい。
黒目勝ちの大きな瞳、エクステもしていないのに長い睫毛は瞳をさらに大きく見せていた。染み一つないつるんとした肌に、唇は桜の花びらを思わせて、いつも何か話したそうにしている。
処女みたいだ、というのは桔里の感想で、梨音にはいつも彼氏がいたから、処女ではないはずだ――たぶん。
「どうしたの?」
「梨音みたいだったら、よかったなって思って。梨音って、理想的な女の子だよね。男性が求めている、乙女!」
「何言ってんのよ。桔里、美人じゃない。あたしはいつまでたっても子どもっぽいし、桔里みたいにスタイルよくないよ」
その方がきっと、ずっといいのだ、と桔里は心の中で思う。細くて華奢で、小さくて守ってあげたいような女の子。
「ねえ、梨音は結婚するの? ほら、この間見かけた彼と」
偶然、街で出会ったことを思い出して、桔里は言った。大手商社に勤めていて、爽やかな感じのする人だった。
「ああ、彼ね。あの人とはもう別れたわ」
「なんで? 良さそうな人だったのに。てっきり結婚すると思ったのに」
「んー、まあ、ちょっといろいろ、ね」
梨音ほどかわいければ、いくらでも好条件の人が見つかるのだろう。桔里はスマホをタップして、婚活アプリを開いた。……あたしはいつになったら結婚出来るのだろう?
「ねえ、あたし、そろそろ行かなきゃ」梨音はスマホを見ながら言う。
「あ、うん。じゃあ、出ようか」
桔里はそう言い、梨音と一緒に店を出た。タッチ決済するときの、梨音の細くて白い指先を見ていたら、節だった自分の指が恥ずかしくなった。
「またね」と手を振って、梨音は髪を揺らして去って行く。
あんなふうだったらよかったのにな。
家に帰ったら、母に「桔里。結婚は決まったの?」と開口一番に言われた。
「……なくなった」
「は? また?」
そう、また、だ。
このところ、最初はうまく行っていても、しばらくすると駄目になることが多かった。どうしてだろう? 二十六歳という年齢が邪魔になっているとは思えない。
「ねえ、二十代のうちに子ども生んでおいた方がいいわよ」
「分かってるわよ」
二十代のうちに子どもを生んだ方がいい、というのは母の口癖だった。自分は三十代半ば過ぎて生んで体力がなくて苦労したから、と。子どもの実感としても、若くてきれいなお母さんが羨ましくもあった。
「二十代のうちに生むなら、もう結婚しないと」
「分かってるわよ!」
桔里は足早に二階の自室に行った。三歳下の弟の
部屋着に着替えながら、そう言えば、里久を生んだとき、母は四十歳を過ぎていたなと思う。だからこそ、桔里に、女は早く結婚して早く子どもを生んだ方がいい、と言うのだろうけど。
桔里は別れを突きつけられた相手、
「あたしの何がいけないんだろう?」
裕哉とは、数回食事に行って、それからホテルに行った。結婚するぞ、と思っていたから、精一杯頑張った。口でしたり胸でしたり、まあ、いろいろサービスした。
「なんか、すごく慣れているね」
「え?」
「……どのくらい、経験あるの? 何人くらい?」
「三人、くらい?」
少なく言った方がいいと思って、そう答えた。そもそも、二十代後半で処女のわけがない。
「そう。――僕は、結婚相手には貞淑さを求めるね」
は? あんなに出しておいて、何を言っているのだ、こいつは? というか、三人は多いの? 嘘でしょう。
桔里が答えないでいると、裕哉はベッドから起き上がると、服を着始めた。
「君とは合わないようだから、もうこれで終わりにしよう」
そう言って、ホテル代を置くと、裕哉は呆然としている桔里を置いて出て行った。
「はあ」
桔里は裕哉のことを思い出して、溜め息をついた。一人だけ達して出して、あたしは全然気持ちよくなかったのに、どうしてあんなことを言われなくちゃいけないんだろう? 礼儀としてちゃんと気持ちいいフリもしてあげたのに。
桔里はすぐにえっちしちゃうから、駄目なのよ。
梨音の言葉が蘇る。
すぐって、どのくらいなんだろう? 数回食事したら、とりあえずしてみるものじゃないのかな?
ブラウス着ればいいじゃない。
梨音みたいだったら、こんな扱いされないかもしれない。
……今度からブラウス着ようかな。似合わないけど。
桔里は鏡を見た。
この、派手な顔がいけないのよね。メイクももっとナチュラルにしよう。
しかし、何度目でえっちするのが正解なんだろう? 難しいなあ。結婚までしないとか? そんなこと、あり得る?
それから、今度経験人数聞かれたらどうしたらいいのかな? 三人は多かったみたいだから、一人、とか? ……冗談みたいだけど、それでいこう。それから、えっちは相手に任せようかな。どうせ気持ちよくないんだし。
乙女って難しい。
さて。
相手を探そう。年収と勤務先、それから年齢。……離婚歴があるのは嫌だな。
白いブラウスを着て髪はまとめて。あっ、髪色はもう少し暗くしようかな。
膝下のスカートも買わなくちゃ。
洋服のサイトをあれこれと見て、乙女らしい服装を検索する。
桔里の脳裏には梨音の姿があった。
梨音はいいなあ。
努力しなくても、乙女だよね。
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