第15話 迎え

(三人称)


「プッ……何が『七星』だよ、全然役立たねぇ」


 馬鹿にしながら笑う政近に、パーシヴァルは眉ひとつ動かさない。


「『聖者』とは程遠い趣味だな」


 そう言うや、宙をまた薙ぎ、左右の山積みになっていた者達を霧散させた。

 扉を崩した時のように一瞬で。だが苦しまないように。


「君も皇帝らしくないね。態々掃除してくれるなんて」

「汚い部屋は好かん。ソレだけだ」

「ふーん。あ……でも━━」


 剣とトンファーのぶつかる音が、聖堂内を揺らした。


「今の子まで消しってくれちゃったのは、頂けないな」


 耳をつんざくような激しい打ち合いの音が響き、だが埒が開かないと判断したのか、2つの影は互いに距離を取る。


「足を落としていた癖に、愛着があったのか?」

「加工してたんだよ。あの子見て、君気付かなかった?」


 もはや粘着質な笑みしか浮かべられないらしい政近に、パーシヴァルは本気で何の事を言われているのか分からない。


「理玖ちゃんにそっくりだったでしょ」

「……」

「足だけ切って別のパーツくっ付けたら、試作品の中で1番綺麗な出来の個体になったはずなんだよ」


 パーシヴァルはただ黙って聴く。

 ステンドグラスを背に嗤う政近の言い分を。


「だから俺は怒ってる。結局、今作ってる3体の試作品から決めないといけなくなっちゃったから」


 微かに、魔力と桜のような匂いを感じたが、出所が分からない。


「……もしかしてさ、引っこ抜いた理玖ちゃんの魂探してる?」

「だったら何だ?」


 当たり前すぎて、そんな質問をされるとは思っていなかった。パーシヴァルも、ゲームの魔物のように倒して欲しい物がドロップするなら何も考えずに政近を片付ける。だがこの世界はゲームでは無い。ドロップの概念も知らない彼は、堂々と聞き返す。


「ふふっ、あっはははははは! 何で体から魂抜くなんて面倒な事するのかさぁ、普通に考えなよ!」


 笑いがトリガーかのように、2本の光の十字架が、パーシヴァルを貫いた。


 大量に出血した跡が、元々汚れ切っていた床を更に汚す。


 だがパーシヴァルは政近を黙って見据えるだけだ。

 明らかに、致命傷であるというのに。


「あー、ヴィオさんが言ってた通り、やっぱり丈夫だね、


 まだ笑いが収まり切っていない声音で、政近はパーシヴァルの元まで距離を詰めた。


「魂を抜くのはさぁ、勇者の体を捨てさせる事による弱体化ってのも有るんだけど、1番は記憶を消す為。体に入ったままじゃ消し難いんだよね。じゃあさ……」



 ━━━━抜いたらすぐ消すでしょ。記憶。



 対して大きく無い声だが、パーシヴァルの思考を停止させるには十分である。


「取り返した所でもうお前の知ってる理玖ちゃんじゃ無いよ。お前を救ってくれた強くて綺麗な女の子は居ない! 弱くて守ってあげなきゃいけない可哀想な理玖ちゃんだよ!」


 政近は突き立てた光の十字架を、勢いよく引き抜いた。

 肉を裂き、血を撒き散らしながら抜けたソレは、溶けるように形を崩し、クルクルと重なって、一本の短剣へと変わる。

 そして刃は、呼吸するように聖堂の光を吸い込み脈打った。


「分かったら死ねよッ!」


 短剣が肩口に突き立てられる。

 血が噴き、肉が裂け、骨が砕ける。政近はためらわず引き抜き、胸、腹、喉、腕と滅多刺しにした。打ち込む度に、赤黒い飛沫が飛び散り、近くの長椅子だけで無くステンドグラスにまで血の模様が描かれていく。


「ハハハッ! アハハハハ!! いくら丈夫でも! 殺し続けたら死ぬよな!! スカした顔していつまで耐えられる!?」


 パーシヴァルは崩れも、呻きもしない。ただ虚空を見据えて、


「見つけた」


 次の一撃は、素手で止めていた。


「権能執行━━『剥奪』」


 政近はその時、穴が空いたような音を聞いた。

 手にしていた短剣がサラサラと消え、己の両手を、震えながら見る。


「は? え? 魔力が……減ってく? 『神秘録オカルト・アルバム』が…………消えた!?」


 狼狽える政近だが、パーシヴァルはそんなものお構い無しだ。


「ぐぇっ!?」


 バキッ!! ドガシャアアアン!!


 それはもう、真っ直ぐ綺麗に蹴り飛ばした。

 政近の体は祭壇を巻き込み、壁に大穴を穿つ。


 起きた出来事は、とても単純である。

 阿佐美 政近は、今を以って『聖者』では無くなったのだ。


 高速詠唱で己の体を治癒しながら、パーシヴァルは歩き始める。


「あの愚か者邪神は……、魔王の事は教えても、『権能』の事は教えなかったようだな」


 神をも殺せる特殊能力━━権能の内容は様々である。

 役目を与えられた者が覚醒し、最初に強く願った事に起因する能力となるからだ。これまでは偶然にも、役目を与えられた者達は、勇者も聖者も知らないタイミングで覚醒した。その為、パーシヴァルのように権能を手に入れる事は無かった。


 覚醒したパーシヴァルの権能は『剥奪』。文字通り、勇者や聖者の資格を奪うものだ。


「あぐ……あ゛ぁ……」


 骨が折れ、内臓も潰れたのだろう。

 虫の息の政近は、起き上がる事も出来ず微かに体が揺れるのみ。


 濃紺の瞳が、冷たい目で見下ろした。


「さっきの娘だが……全く理玖に似ていなかったぞ……お前の目は、己のみたい幻しか見えていないようだな」


 政近が何か言おうとする。だが出たのは、掠れた空気の音だ。

 元より何か言われたとて聞く気はなかったが、聞くべき言い分は何も無かった。


「返してもらうぞ」


 ズブリ、と。政近の片目に躊躇なく指を差し込んだパーシヴァルは、そのまま引き抜いた。

 流石に絶叫が響いたが、眼球に仕込んだコイツが抑も馬鹿なのだ。同情の余地など無い。

 奪った眼球を掌に乗せると、淡々と刻み始める。

 表面の強膜を裂き、覆いを外すように白い殻を開く。角膜を取り除き、虹彩と水晶体を押しのけ、内部の硝子体を掻き分ける。

 すると、奥に異物が沈んでいるのが見えた。


「り……ぐ、ぢゃん……」


 指先を入れようとした瞬間、聞こえた声に視線をまた移す。


 ━━歪んでいたが、死の間際に理玖の名を呼ぶほど想っていたのか。


「りぐ、ぢゃんは……おまぇ、を……おぼえでい゛な゛い゛んだぞ……」


 違った。覚えていないから連れ帰るのは止めろと、政近は言いたかったようだ。


「下らん」


 今度こそ、パーシヴァルは眼球内に入っていた物を取り出した。


「朕は忘れていない。理玖が全てを忘れていようが、立てなくなろうが、見た目が変わろうが、アレが苦しまない居場所を作る。たとえ隣にいる事が叶わなくとも、理玖を幸せにするのは朕だ。ソレだけは誰にも譲らん」


「皇帝が……な゛に゛いっでる?」


 ━━ベチャリ。眼球の残骸を捨てた音が響く。


「お゛前の゛人生は……茨の゛道、だろぅが」

「うるさい」


 パーシヴァルが最も承知している事だった。見ているようで、見ていない、触れてはいけない部分だった。


 政近の呼吸と心音が止まる。


 止まった……はずだった。


「うあああああぁぁぁぁああああ!!」


 絶叫が響き渡った。

 骨が折れている背を弓形に逸らしながら、激しく手をバタつかせて瓦礫を引っ掻く指先が赤黒く染まる。


 パーシヴァルはそんな政近を一瞥もしない。

 絶叫など聞こえていないかのように、取り出した物━━理玖の魂が封じられた小さな卵形の硝子を握りしめて歩き出す。


「愚か者が」


 パーシヴァルの本質は、冷徹極まるものである。自身の一等大事なものを傷つけ、挙句奪い取ろうとした者を、安らかに逝かせる訳が無かった。

 故に政近には、死して尚見続ける悪夢の魔法を掛けていた。

 何よりも辛かった瞬間、死にたいとすら思った時の記憶。そういったものを永遠に見続ける魔法。しかし、目を背ける事の出来ない魔法を。


 声帯が潰れたのか、来る時にも通った廊下の真ん中辺りで、絶叫は聞こえなくなった。

 そこで彼は、今一度握りしめていた硝子を顔の前に持って来る。


「迎えに来るのが遅くなって……すまないな」


 後悔と愛しみの目で、改めて見た硝子の中では、桜の花びらがたくさん降っていた。

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