檻の内側

私の家は、古くから続く名門——九条家。

 その名は気高く、周囲に畏れと尊敬を抱かせるけれど、私にとってはただの檻だった。


 父は常に厳格で、母は冷ややかだった。

 笑顔を向けられた記憶は、ほとんどない。

 食卓に並ぶ料理は豪華絢爛でも、そこに温もりはなかった。


 ——「薫子。九条家の娘として、恥ずかしくない振る舞いをしなさい」

 ——「泣くのは醜い。失敗は許されない。完璧であること、それがあなたの価値よ」


 幼い頃からそう言われ続け、私は完璧な人形を演じることを覚えた。

 表情を整え、言葉を選び、姿勢ひとつ乱さない。

 そうすれば、父と母に叱責されずに済むから。

 褒められることはなくても、否定されないだけで安心できた。


 でも——そんな生き方は、外の世界では異端だった。


 聖グレイス学園に通い始めた時、最初は皆が私を「美しい」と言った。

 けれど、それはすぐに「偉そう」「気取ってる」「近寄りがたい」という囁きに変わった。

 誰も私に触れようとせず、ただ遠巻きに見て、陰で笑う。


 机に落書きがされる。

 教科書がなくなる。

 体育の時間にはわざとボールをぶつけられる。


 そんなことがあっても、私は声を上げなかった。

 だって、弱音を吐けば父に叱られるから。

 「恥さらし」と蔑まれるから。


 だから私は笑顔を貼り付けて、何もないふりをした。

 どれだけ孤独でも、泣かなければ存在を保てる。

 そう信じていた。


 ……でも、本当は怖かった。

 暗い部屋で一人きりになると、胸の奥が締め付けられるように痛くて、息ができなくなる。

 「私は本当に生きているの?」と問いかける夜もあった。


 ——そんな時だった。


 中庭でまた同じように囲まれていたあの日。

 私は心の奥で「もうどうでもいい」と思っていた。

 どうせ誰も助けてはくれない。

 いっそ、このまま壊れてしまってもいい。


 そう思った瞬間——彼女が現れた。


 桐嶋鈴華。


 迷いもなく、私に手を差し伸べてくれた人。

 鋭い視線で周囲を追い払い、それでいて優しく私を見つめてくれた人。


 その時、初めて胸の奥が熱くなった。

 張り付けた笑顔じゃなく、本当に涙が出そうになるのを必死でこらえた。


 彼女の手は温かかった。

 私の手は氷のように冷たかったのに、彼女は少しも躊躇わなかった。


 ——ああ、この人さえいれば。


 その瞬間、私は悟った。

 この人だけは絶対に手放してはいけない、と。

 この人を失えば、私はもう生きていけない、と。


 だから、私は決めたの。


 どんな手を使っても、彼女を私のものにする。

 たとえ誰に疎まれようと、拒絶されようと。

 彼女だけは、絶対に離さない。


 ——桐嶋鈴華。

 あなたは、私のすべて。

 もう、逃がさない。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


おもしろいと思ったらいいね、ハートお願い致します!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る