第19話


【sideララ】


 私の出身の村は、ウェスペリア王国とその隣国、クライリシュ帝国のちょうど間に存在していました。互いの国の開拓村がぶつかり合う地域にありました。

 開拓村というのはとにかく色々なものが足りません。


 ですが片田舎の開発程度に国からまともな援助が出るはずもなく、結果として国は関係なく、開拓村同士で仲良くなっていったそうです。


 常に争いをしている王国と帝国でも、こんな風に手を取り合うことができるのです。

 そして開拓村間での間で人材が行き来するようになり、自然とそういう関係になる人達の数も増えていきました。


 私の髪は白と黒の二色です。

 これは二つの国の人々の特徴なんですよ。


 ですが仲がいいのはあくまで開拓村だけの話。

 両国の仲が悪くなっていく中で、ある日私達の村は帝国兵達に焼かれました。

 なので両親も兄も、既にこの世にいません。


 私は奴隷として帝国に連れて行かれそうになっていたところを、ウェスペリア王国の兵士達によって助けられました。

 ただ命は助かったものの、成人したばかりの田舎の村娘の私にまともな仕事なんかあるはずがなりません。


 おまけに私のこの金の髪も問題でした。

 戦争が始まり帝国憎しの感情を持つ人が多い王国で、帝国人の特徴である金髪を持っている私は疎まれてばかりいたのです。


 そこを拾ってくれたのが、ヴァル様です。

 ヴァル様はある日、喫茶店でいつものようにいびられながら働いていた私を見て、声をかけてくださりました。


「おい、そこのお前」


「は、はいっ、なんでしょうか!?」


 声をかけられた相手は、明らかに身なりの言い吹くに身を包んだ少年でした。


 私は以前、両親から貴族について聞いたことがあります。

 平民と貴族とはまったく別の生き物だ。

 お貴族様には関わるな、命がいくつあっても足りないetcetc……。


 身分の違いを理解しながらおっかなびっくり答えるのが、当時の私の精一杯でした。


「この店には何度か来たことがあるが、お前が入れた茶だけ明らかに美味い」


「あ、ありがとうございます」


 村を出てから、誰かに褒められたのはこれが初めてでした。

 なのでたとえそれが貴族のおぼっちゃんのものであっても、心が少し温かくなりました。


「この店より良い待遇を約束してやる。俺のところに来い」


「……へ?」


 返ってきたのは、予想外の言葉でした。

 少し悩みましたが……私はその申し出を素直に受けてみることにしました。


 当時雇われていた喫茶店で、私は先輩から同僚から虐められていました。

 そして店長もそれを見ない振り……というかなんなら時折参加までしていました。


 そのくせ薄給で、クライリシュの混じり者を雇っているだけでありがたく思えとなんならずいぶん上から目線。


 そんな職場で働くくらいなら、私のことを褒めてくれた貴族様のところで働く方がマシなように思えたからです。

 その選択が、私の運命を大きく変えました。


 そして私はフレイム家のメイド見習いとして、雇われることになったのです。


 フレイム家での暮らしは、今までのものと比べれば天と地ほどの違いがありました。

 というか、村で暮らしていた頃よりはるかにいい生活と言わざるを得ませんでした。


 個室が与えられ、三食まかないが出る。

 そして残業などもないというホワイトな職場。

 にもかかわらずお賃金は高く、みるみるうちにお金が貯まっていきます。これには目がお金マークになるのもやむなし。


 幸い私は仕事はできる方だったので出世も進んでいき、将来はヴァル様おつきのメイドとして期待されるようになりました。


 そんな私に対しては当然やっかみも多く、何度か陰湿ないやがらせを受けたこともあります。


 けれどそういったことをした者達は皆、数日もすると屋敷から姿を消していました。

 一体誰が、混じり者である私のために骨を折ってくれていたのか、考えるまでもありません。


 ヴァル様はとてもお優しい方です。

 ……いや、この言い方は正しくないかもしれませんね。

 ヴァル様はとても厳しい方です。他人にも、そして自分にも。


 私が働き始めて何年か経つうちに、ヴァル様は以前と比べて憮然とすることが多くなっていきました。

 私には、海よりも深く広いヴァル様の内心を推し量ることはできません。


 けれどヴァル様が追い詰められ、悩み、いっぱいいっぱいになっていることが、短くない期間を共に過ごした私にはわかりました。


 メイドの仕事は、完璧にできるようになりました。

 けれど私はヴァル様のために何をすればいいかは、まったくわかりませんでした。


 ですから私は彼の後ろに居続けようと決めたのです。

 これだけが今の私にできることだと信じて。


 たとえそれがヴァル様の評判が悪くなり、廃嫡されることになっても、私だけは彼の味方でいようと。


 私はただ、側に在り続けました。

 周りの人達はそれを、批判しました。

 けどそれが間違っていたのかどうかは、こうして皆様の前に彼が立っていることを見れば明らかであるように思うのです。


 ヴァル様はある意味では、たしかに厳しいお方です。

 けれどその厳しさは、他人にだけ向けられるものではありません。


 ヴァル様は本当はとてもお優しい方です。

 私の目が曇っているのでなければ、ナナ様やニーナ様はそのことを理解しているように思えます。

 ですから皆様にはぜひ、ヴァル様の下で頑張ってもらいたいのです。








「「「……」」」


 私の話を聞いた獣人の皆様方は何も言わず、ただジッとその場で立ち尽くしておりました。


 けれど彼らの目には確かな光が宿っているように思います。

 彼らはそのまま頭を下げ、私に農業の話を続けてくれるよう言ってくれました。


 うん、やはりヴァル様のご威光は素晴らしいものです。

 まったく、ご当主様もヴァル様を廃嫡なさるだなんて、なんと見る目がない。

 ヴァル様はこんなに素晴らしい方だというのに。


「では、今日はこれくらいに……」


「た……大変だッ!」


 私が今日の分の授業を終えようとしたタイミングで、里の中に突如として叫び声が響き渡ります。

 急ぎ農地の予定地を出て声の出所の方を見てみれば、そこにいるのは全身を武装している戦士の方でした。


「また……またダート大森林から魔物がやってきやがった! 狼の群れだ!」


「詳しく聞かせてください」


「うおっ!?」


 避難勧告をするために里の中を回っているという兵士の方から話を聞き、私は思わずため息をこぼしてしまいました。


 どうやらヴァル様に従うのを良しとせず、自分達でダート大森林で魔物を狩ろうとした者達が、魔物にやられて返り討ちにあってしまったようです。


 その首謀者は昨日いの一番にヴァル様に突っかかっていたあの青年です。


 しかもしっかりと後をつけられたせいで魔物達に里の場所を知られしまい、そのせいで魔物が既に里の近くにまでやってきてしまっているのだとか。


 まったく、度し難いバカもいたものですね。

 ……おっと、いけません。つい毒舌が出てしまいました。


「フォレストウルフ……緑色をした狼ですか?」


「いや、違う。銀色の巨大な狼で、それを率いてるのは金色の更にでけぇ狼だ」


「妙ですね……」


 このダート大森林で短くない時間を過ごしている私は、当然出現する魔物に関してもしっかりと情報を持っています。


 ですが戦士の方から聞いてみたところ、頭の中に疑問符が浮かびました。

 彼が言っている目撃情報に該当する魔物が存在していないのです。


 私の脳裏に、ヴァル様が以前言っていた言葉が浮かびました。

 北や東にあるという、今だ謎のヴェールに包まれている魔境。

 ひょっとすると此度の魔物は、そこから流れてきた個体なのかもしれません。


 私は戦士の方に案内を頼み、急ぎ魔物がやってきているという場所へと向かいました。

 するとそこに居たのは……。


「GRAAAAAAAAAA!!」


 たしかに言われていた通りの巨体を持つ金色の狼と、それに付き従う銀色の狼達でした。

 そしてやはり、彼らにはまったく覚えがありません。


 見れば既に満身創痍の戦士達と、それを助けようと狼達の下へ向かおうとしている別の戦士達。

 恐らくやられて死にかけているのが、ヴァル様の偉大さを知らずに勝手に森に出て行ったバカ達でしょう。


 けれど仮にとんま達であっても、彼らがヴァル様の領民であることは事実。

 今後は悔い改めて、ヴァル様のために生きてもらいたいものです。


「援護します! 皆様は彼らの搬送を!」

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