第14話


「えっと……それじゃあ次の挑戦者!」


「お前行けよ」


「はぁっ? お前が行けって、さっきまでの威勢はどうしたんだよ」


「それはこっちのセリフだっつうの」


 今の残虐な殺戮ショー(未遂)を見たからか、獣人達が全体的にそわそわとしている。

 だが自分もあの攻撃を食らうのは勘弁と思ったからか、誰も前に出てこようとしない。


 まあ実力はこれで見せられたかと一人納得していると、壇上に一人の人影が。

 誰かと思えば、銅鑼を置いて剣を手に持つニーナだった。


「ヴァル殿の魔法の実力は、皆の五感に焼き付けることができたと思う。そこでできれば次は接近戦の腕前の方を見せていただけたらと思うのだが、いかがだろうか?」


 ニーナの声に、たしかにという声が上がる。そして先ほどまでの静けさがひっくり返り、再び喧噪が戻ってくる。


(獣人においては白兵戦の強さも重要視されるのだ。といっても魔法の腕があるヴァル殿には必要もないといえばないのだが……受け入れてもらうための土壌作りと思って、素直に受けてくれると助かる)


(ああ、わかったよ)


 ひそひそと耳元で呟いてくれたニーナの配慮に溢れた言葉には感謝しかない。

 なるほどたしかに、基本的に魔法を使わない獣人の社会では、魔法よりも純粋なパワーの方がわかりやすく強さとして受け取られてるということなのだろう。


 そういうことならば俺としても戦うことはやぶさかではない。

 それに……。


(俺は近接戦闘も、嫌いじゃないからな)


 チャキリと腰に提げていた剣を構える。得物の差を考えて、以前拾ったミスリルではなく鋼鉄製の剣だ。


 こちらのしっかりとした構えを見て、ニーナがほぅと感嘆の息をこぼす。

 そして、両者の剣が交差する。


「はあっ!」


「ふっ!」


 剣と剣が激しくぶつかり合って火花を散らす。

 ニーナの斬撃の延長線上に剣を置き、その攻撃を流しながら反撃の機会を窺わせてもらう。


(レベルは20前後ほどか……いくつかスキルを使っていることを考えても、かなりの逸材だ。レベルを上げればまだまだ伸びるだろう)


 レベルアップに伴い、俺は魔法以外にもいくつかスキルを習得している。

 その中には当然近接戦闘用のものもあるが、今回は使わないことにした。


 現在の俺とニーナの間にはかなりのレベルギャップがある。その上でスキルを使うというのはあまりにもアンフェアだ。

 純粋な剣技だけで相手をすれば、その分相手の地力というものが見えてくる。


「なかなか……やるなっ!」


「そちらこそ! ヴァル殿がこれほど戦えるとは、思っていなかったぞっ!」


 ニーナの剣はこちら側を一刀で切り伏せる剛の剣だ。

 相手からの攻撃を食らうのも気にせず、肉を切らせて骨を断つようなかなり荒々しい剣技だ。


 恐らくは魔物との戦いがメインである恵みの森だからこそ、このような技術体系が発展していったのだろう。


 俺の手首の動きに機敏に反応する様子は、恐らく何らかの感覚強化系のスキルを使っているのだろう。

 視覚と聴覚の鋭さが並外れている。


 素の敏捷が高いからか、反応もかなりいい。

 レベル差の暴力でスピードに勝っているから翻弄できているものの、同じレベル帯まで来られたら俺はついていくだけで精一杯だろう。


 剣も力任せに山刀を叩きつけるというわけではなく、足技や視線を使ってのフェイントなど様々な要素も組み合わさっている。

 彼女を鍛えれば、かなり優秀な戦士になるのは間違いない。


 レベルが上がり新たなスキルを使いこなせるようになれば、接近戦に関しては俺に比肩するだけの逸材になり得るかもしれないな。


 だがそれはまだまだ先の話。

 今の俺には先のことを考えられるだけの余裕があるからな。


「ぐううっ!?」


 ニーナの攻撃をいなし、その隙を見て腹へ蹴りを入れる。一瞬息を止めた間に強かに手元を打ち付ければ、彼女の手からぽろりと山刀がこぼれ落ちた。


 数分の打ち合いで刃こぼれができている鉄剣の切っ先を、ニーナの首筋へと当てる。

 彼女はふぅとため息を吐いてから、両の手を挙げた。


「完敗だ……まさか近接戦ですら、足下にも及ばないとはな」


「勝者、ヴァル殿なのです!」


 戦士長であるニーナを立ち合いで真っ向から打ち負かしたことで、観戦していた獣人達からおおっと声が上がる。


 それを聞いたニーナはゆっくりと立ち上がると、睥睨するように周囲を見渡した。

 彼女の全身からはオーラみたいなものがあふれ出していて、明らかに一人だけ世界観が違っていた。


「見たかお前達! ヴァル殿は魔法を使わずともこの私を倒すだけの実力がある。彼に率いられることを不服と思う者は、今すぐ私の前に出るがいい! そのそっ首を叩き落としてやる!」


 ニーナが凄みながら剣をステージに突き立てれば、先ほどまで威勢良くはしゃいでいた若衆達も、難色を示していた老人達も、皆一様に言葉を失っていた。


 だが先ほどまでよりも明らかに俺に対する視線が好意的になっているのがわかる。

 ナナが言っていた力がある者が歓迎されるという獣人の文化も、間違いなく事実なのだろう。


 彼らにとってニーナとはそれだけの力を持つ戦士であった分だけ、インパクトが大きかった……という感じだろうか。


 一気に静まった会場の中、ずっと沈黙を保っていた観客の中の一画から声が上がる。


「いいじゃないか。群れを率いてくれる強い雄は大歓迎さ」


「まったくうちの男達は本当に、肝っ玉が小さいやつらばっかりで困ったもんだよ」


 そこにいたのは事態を静観していた奥方達だ。

 中には反対していた戦士達の嫁や娘達もいるのだろう、何人かは明らかに気まずそうな顔をしていた。

 女性というものの強さを改めて理解した気分だ。


「それでは改めて……我々カイオウの氏族は、ヴァル殿に従うのです! 異論がある者は改めて前に出るといいのです!」


 ナナとニーナ、そして奥方達。彼女達を前に再度前に出て文句を付けてくる者は、一人として現れなかった。


 そして最終的には皆が俺の参加に入ることを認めることになる。

 こうして俺は無事獣人達を己の傘下にまとめることに成功するのであった――。

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