第4話
「兄上……」
そう呟きながら遠くなっていく馬車を見つめるのは、ヴァルの弟であるルクス・フォン・フレイムだ。
彼は兄のことが好きだった。けれど周りの人間が自分ほど兄のことを好きではないのだということもわかっていた。
小さな頃に自分に優しくしてくれていた兄はいつしか、変わってしまった。
嫡男の地位を振りかざして好き勝手に振る舞うようになり、周囲の人間は皆彼から離れていった。
けれどルクスはそれでも、ヴァルのことを信じていた。
きっといつか、彼が元のように優しい兄に戻ってくれると信じて。
(兄上は……変わられた)
ここ数日――ヴァルが廃嫡を宣告されてからというもの、彼は人が変わった。
今まで怠惰に過ごしていたのがまるで嘘であるかのように精力的に動き回り、商人相手にも交渉を行い、そして両親や自分とも気安く話をしてくれるようになった。
そこにいたのは瞳の濁った怠惰な悪徳貴族のヴァルではなく、理知的で誰よりも賢い兄でであった。
かつての聡明な兄が、帰ってきた。
他の誰に言っても信じはしなかったが、ルクスだけはそれを確信していた。
――否、そう感じていたのは、彼一人だけではなかった。
「行ったか」
「父上……」
スッと音もなく現れたのは、フレイム家当主であるマガツ・フォン・フレイムだ。
ヴァルの出立の場にも姿を見せなかった彼は、既に誰も居なくなっている街道の轍を、じっと見つめていた。
彼もまた、ヴァルの変化を如実に感じ取っていた人間の一人であった。
「今の兄上なら、本当に……ダート大森林の開拓を成功させてしまうかもしれませんね」
「……ふっ、さすがにそれはお前の買いかぶりだろう。だがもしかしたら……とそう思わせる何かが今のあいつにあるのは、認めざるを得んな」
ヴァルは農作業のために必要となる鉄製の農具を買い集めていた。
今後ダート大森林内で自由に行動ができるようにならなければなんの意味のない物資だ。
今の彼はそんな無駄な出費をするようには思えない。
つまりヴァルには、算段があるのだ。
今まで歴代のフレイム家領主が開拓を断念したあのダート大森林をなんとかしてみせるための算段が……。
(兄上……兄上が特大の成果を持ってくるのを、僕は今か今かと待っております)
物言いたげな父に断りを入れてからルクスはこの場を去る。
兄はこう言っていた……次に会う時には、手合わせをしようと。
であればその時に無様を晒すことがないよう……自らを鍛え上げなければ。
「――魔眼、解放」
屋敷の裏の修練場で、ルクスは己の魔眼を発動させる。
彼が見つめた巨大なコンテナが、ゴッという鈍い音を発しながら空へと打ち上がった。
ルクスが視線を上げれば、音を発しながら更にベコベコと凹んでいき、そして太陽と重なった時点でそのまま内側から破裂し、爆散した。
「……ふうっ、やっぱり消耗が激しいな」
涼しげな顔でそう呟いたルクスは、また新たなコンテナへと視線を向ける。
魔力を込めることで対象を破壊する魔眼――歴代最強を謳われた二代目当主が使ったという『破壊の魔眼』を、彼は有している。
ルクスはこの力を鍛え上げることこそが、強くなるための何よりの近道と信じて疑っていなかった。
ヴァルが動き始めたことは、周囲に少なからぬ影響を与え始めていた。
けれどその変化が一体何をもたらすのか……それは未だ、神すらもあずかり知らぬことであった――。
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