20〈肥田慎二〉は考える
幡ヶ谷にあるマンションの自室で、樫井真央の事を考えていた。
俺は樫井真央が
部署が違って話す機会が無かったけどずっとずっと真央を見ていた。八ヶ月前に遂に真央が自分と同じ専門設計部に配置転換されて天にも昇る心地だったのに、配属された初日から真央は
「知ってますけど?何ですか急に」
と疎まし気な目で見られてしまった。弓削のせいだ。
肥田は長身で体躯は細く、長く伸ばした前髪を掻き上げるのが好きだった。切れ長の一重と相まって佐々木小次郎の様な印象を相手に与える、と自分では思っていて、好んで女子社員の前で其の仕草をした。彼の謎の美意識から醸し出されるナルシスト感は昔から女性に敬遠される原因になっていたのだが本人には知る由もなかった。
兎に角、こんなに格好良い俺を差し置いて弓削なんてオッサンに気が行っている真央の美に対する見識の低さに苛ついてしまうのだ。この俺を苛つかせると云う事実が更に苛つきを増す原因になっている気がする。
あの程度の女が。
真央は代田に住んでいる。ある日の帰りに後を付けたらあいつ、社のある三軒茶屋から30分以上平気で歩き続けるから少々参った。雨の日に尾行した時は電車を乗り継いで帰ったから
賃貸情報サイトで確認したら、キャトルセゾン代田の間取りは1Kだったぞ。居室は12帖と広めではあるけど玄関ドアを開けたら廊下兼キッチンがすぐ目に入るタイプのアパートだ。
周りの環境も四季を感じる優雅な生活をする立地じゃ無いし、意味がわからんな。
そんな真央の部屋は一階で、しかも角部屋だったから窓から中を伺うのは容易だった。出窓に掛けられた赤いブロックチェック柄のカーテンの隙間から、水色のソファに寝そべってタブレットを見ている真央がバッチリ見えた。手の動きから言って電子書籍を読んでいる風だったな。あの日の真央の部屋着は薄いブルーで艶のあるシルク地のキャミソール一枚にショートパンツの出立ちで、おいおいそんな格好では変態に侵入されて襲われるんじゃないかと心配になった。ショートパンツの裾から伸びた、少し褐色味のある真央の太ももが放つ健康的な色気を浴びて俺のように正気で居られる男ばかりとは限るまい。ああああ、あの日俺の携帯の画像フォルダは存分に潤った。
肥田はあの日の事を思い出しながら、画像を見ようと携帯に手を伸ばした。
《ヴィ・ヴィ・ヴィ》
丁度そのタイミングで携帯が振動し、画面に見慣れないアラートが表示される。
『内閣府より緊急のお知らせ』
「あ?」
『内閣は一部地域に非常事態宣言を発令しました。対象の地域は以下の通りです。東京都全域、大阪府全域...』
「何だこれ?」
『以上の地域の方は生命の危険があります、決して外出をしないで下さい』
一通り目を通した肥田は口角を上げて微笑んだ。
肥田は自分を佐々木小次郎に
クローゼットの
何処か遠くでサイレンが鳴るのが聞こえる。《スゥ》と流れる冷たい風が髪を揺らし、心地良い。
「真央に会いに行こう」
その顔には邪悪な笑みが貼り付いていた。
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