11.学校に来ていない、ねいろちゃん

「みなさんこんにちは! 中等部生徒会長の、雨宮みかるでっす! 演劇部による、先日の文化祭での劇、ロミオとジュリエットの大成功を祝しまして、生徒会よりお知らせがあります! そ・れ・は!」

 せとの乱闘(?)さわぎから2日後。

 私は、体育館の壇上の上で、声を張り上げる。

 生徒はもちろん、普段はみんなの前で教鞭をとっている、先生たちまで。

 桜望中の、みーんなの視線が、私だけに集まる。

 全校生徒・150人の前での演説は、生徒会長になった1学期こそ緊張していたものの、今では慣れたものだ。

「我らが桜望中の校長先生・陽月ケン校長先生の娘さんが、先日、赤ちゃんを出産しましたー‼ ケン校長先生と、娘さんの麻衣さん、麻衣さんの旦那さんのケイゴさん、おめでとうございますー! 雨宮みかるが、全校生徒を代表して、祝辞とさせていただきまーっす! ……っという、超超めでたい、お知らせでしたっ!」

 ワーワー! と、体育館が一気にざわつく。

 それもそのはず。

 ケン校長先生の娘さんが、無事に赤ちゃんを産んだって話は、私が今朝、生徒会室のカギを返しに職員室に寄ったときに、他の先生たちが話してるのをぐうぜん聞いただけなんだもん!

 ケン校長先生は、私のこの不意打ちの行動に、びっくりしてる。生徒たちは、

「ケン校長先生、おめでとうございまーす!」

「おじいちゃんだねーっ!」

 と、みんなそこここで盛り上がっている。

「うー、ごほんごほん。どうどう。……生徒諸君よ、ありがとう。娘も喜ぶだろう」

 ケン校長先生はそう言って、少し照れながら、生徒たちをなだめた。

 へへっ! ケン校長先生、みんなに言われてとまどってる感じだけど、『おじいちゃん』になるんだ!

 じゃあ、奥さんはとうぜん、『おばあちゃん』だよね。

 家族が増えるって、いいなぁ。

 ケン校長先生、幸せいっぱいだっ!

 そしてその後、生徒会長としての短い演説を終えた私が、あとは先生の演説にまかせて、体育館のソデにはけていくと。

「みかるさん、粋なサプライズでしたね」

「とても格好よかったですわ、みかるさん」

 一心くんとゆゆりんが、ほほえみながら私に笑いかけてくれた。

「えっへへ、ありがとう♡」

「みかる、ケン校長先生の娘さんの話なんて、どこで知ったんだ?」

 同じくソデにいたせとが、私に問いかける。私はせとに、今朝のことを話した。

「……へぇ」

 すると、せとは、なぜかしばらく黙ったあとで、

「……みかるのそういうとこ、オレは、……っ、その」

 と言いよどんだ。

「へ? なに?」

 私が不思議に思って首をかしげると。

 一心くんがとなりから、ひょいっと現れて言った。

「僕が代弁しましょうか? 『みかるのそういうところが、オレはす……」

「ゴルァーーーー! 一心!」

 わわっ! せと、先生に思いっきりニラまれてる!

「なんですか? 僕は、みかるさんのそういうところが、すばらしいなって思ったから、てっきりせともそう言いたいんだと思って、言ったんですが」

 大声を張り上げるせとに、メガネをかけ直しながら、まゆをしかめてメイワクそうにそう返す一心くん。

 せとは、「〜〜〜〜っ!」と、手のひらでおでこをおさえて、なんとも言えない表情でうめいている。

 はええ?

 な、何言ってんの、せとと一心くん……。

 ゆゆりんは、なぜかクスクス笑ってるし!

 壇上に近い、前の方に座っている生徒たちには、私たちの声が少し聞こえたようで、

「生徒会! うるさいぞ」

 と、先生に小声で注意された。

 ……っと。

 演説を終えたケン校長先生が、私を手まねきしてる。なんだろ?

 とことこと、ケン校長先生のところまで歩いていくと。

「……雨宮みかる、あとで校長室に来なさい」

 ケン校長先生に、耳打ちでそう言われた。

 ってどえ⁉ 校長室⁉ ふえぇーっ(泣)

 校長室に呼び出しなんて……また勝手なこと(さっきの演説のことだよ)してって、怒られるのかなぁ〜。

 少しだけ、ユーウツな気分になる私。っと。

 ん? 今、確かに。

 ケン校長先生が、ニヤッと口のはしを吊り上げて、笑ったような……? ……見まちがいかなぁ? ケン校長先生、シワが多いからわかんないや。

 ◇

「失礼しま」

 校長室のドアを、ガラッと開けた瞬間。

「本当ですか⁉ その生徒会長さん──雨宮みかるくんに頼べは、ねいろはまた、学校に来られるようになりますか⁉」

 わわっ! 耳に入ってきたのは、大人の男の人の、大声。そして、なぜか私の名前。

 その声にびっくりして、私が中に入れずにいると。

「……ああ! キミが雨宮くんだね? 大声出してすまない! びっくりさせちゃったかな? さっきの演説、素晴らしかったよ!」

 私に気づいた男の人が、振り返ってそう言った。

 ん? この男の人、さっきの私の演説を聞いてくれていたのかな?

 男の人は、スーツ姿の、笑顔がとても優しげな人だった。

 不思議に思っていると、ケン校長先生が、

「ふむ。雨宮みかるよ。こちらは、武藤ねいろさんのお父さんだ」

 と、男の人を私に紹介した。

「ねいろちゃん……」

 つぶやいてから、私ははっとした。

 ──武藤ねいろちゃんは、色白でとても華奢だけれど、ピアノがすっごーく上手な女の子。

 ピアノのコンクールで、何度も優勝したことがあるらしいって、ねいろちゃんと同じ小学校だったまゆうちゃんが言ってたな。

 私のとなりのクラスの友達だ。

 でも、ただの友達じゃないよ。

 ……ねいろちゃんは、なぜか1学期の5月から、ずっと学校に来ていない。

 そのせいか、みんな、中学生になってすぐに学校に姿を見せなくなったねいろちゃんのことを、『なんか知らないけど、暗いよね』っていう風に言ったりしてる。

 私は、暗いとかは、ゼッタイ思わないけれど……何か悩んでるのかな? 悩んでるんだとしたら、もっと頼ってほしいな、ってひそかに思ってる。

 こんなときに話を聞いてあげられるのって、やっぱり友達だと思うから。

 どんなに頼りなくたって、私は、悩んでいる友達がいたら、少しでもチカラになってあげたい。

 そういえば、ねいろちゃんは、保健室にはたまに来ているんだって、せとが言ってたな。

 ただ単に、学校がキライなのか、それとも誰か、イヤなこと(悪口とか)を言ってくる友達がいるのか……。

 理由はわからないけれど。ねいろちゃんは……いわゆる『不登校の子』なんだね。

「ありがとうございます。えっと、ねいろちゃん、元気にしてますか?」

「家に引きこもって、ピアノばっかり弾いてるよ」

「あの、私に……?」

「実は、ねいろのことを、陽月校長先生に話したら……不登校の生徒を再び、学校に来られるようにするのも、キミの仕事だっておっしゃられてね」

 ええっ? ねいろちゃんをまた学校に来られるようにするのも、私の仕事ぉ⁉

 私、ねいろちゃんとは、入学式の時に、ほんの少しだけ話しただけなのに! ケン校長先生の方を見ると。

「そうじゃ。雨宮みかるよ。お前の仕事だ」

 って、有無を言わせない感じで、うんうんうなずいているし! そんな、無茶苦茶だよ!

 ふつうこういったことは、スクールカウンセラーさんとか、学校でなんとかするもんじゃないの?

 私は、ただの生徒会長ですからっ!(泣)桜望中って、やっぱり無茶苦茶だ!

「みかるくん──どうかな? うちのねいろを、学校に、もう一度戻してやりたいんだ」

 真剣な表情の、ねいろちゃんのパパ。

 で、でも。私は、なにをすればいいの?

 一瞬、「そんなの無理です、できません」って、答えかけた私だったけれど。

 うーっ! こんな瞳で頼まれて、断るなんて、そんなことできないよ……。

 ねいろちゃんのパパ、さっき私をパッと見たときとは全然ちがう、すごく困った表情だし。

 私は、学校全体を良くする、生徒会長だもん!

「わかりました。私、必ずねいろちゃんを、再び学校に来られるようにしてみせます!」

「ふむ。雨宮みかるよ。それでこそ生徒会長だ」

 意気込んで、そう宣言した私に、うんうんとうなずくケン校長先生。

 うぐぐ。なんか、やっぱりちょっと、なんとなくなっとくできないところはあるけれど……。

「じゃあ、明後日の土曜日に」

 とりあえず、悩んでいる(かもしれない)ねいろちゃんに、会って話を聞くべく、明後日の土曜日、ねいろちゃんの家をたずねる約束をした。

「ベーカリー『三日月』のパンを買ってきて、用意して待ってるよ」

 にこ、と笑ってそう言う、ねいろちゃんのパパ。

 えっ⁉ ベーカリー『三日月』のパン⁉

 その単語を聞いた瞬間。私の目が、キラキラ輝いて。脳内が、勝手に暴走を始める。

『説明しよう! ベーカリー『三日月』とは、ミシュラン2つ星を獲得している、みかるの地元では知らぬ者はいないとうわさの、超☆大人気・連日大行列のできるパン屋さんなのだ!』

「必ず行きますっ! いよーっし! 待っててね、ねいろちゃん!」

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